㉕ 掛け違いと誤算





 ぐごごご。


「ちぃっ、火矢なんぞで無理やり叩き起こしたからハイミンの覚醒に乱れが出てんな。

 ・・・ってオイ、ルマっ! いい加減起きろっ!」


 愛すべき甥っ子の後頭部を殴りつけておきながら運ぶのが面倒になったダジュボイ。

 その隣を歩くシクロロンは今にも泣き出しそうに、そのまた脇をゆくハクは今にも笑い出しそうに叩き起こされるルマを眺めている。


 キビジ以下の『フロラ』はいかんともしがたいその光景を遠目に見るばかりだ。


「おふ・・・ククク、何がどうなったかは知らないが観念したようだな。

『フロラ』兵がこの狼藉の証人となれば『ファウナ』のシクロロンよ、和平を望むお前も屈するしかないだろう。


 ふん、語り部候補どもはお前たちの手勢に連れて行かれてしまったようだがな、ハイミンの御前に運ばれたのなら手間が省けるというものだ。ククク。」


 目はかすんでいてもその企みと成功に微塵も揺らぎはなかった。


「あの、ダジュボイさん・・・」


 そんな悪そうな顔でクククと笑うルマを横目に、先頭をゆく囚人服の男にシクロロンは不安を覚えて声を掛ける。

 ダジュボイが今さらルマにに協力するとは思えなかったが『ファウナ』と『フロラ』の和平交渉は別にハイミンの前に出なければできないことではない。


 といって今ここで再開させても先刻の通り平行線を辿るばかりとなれば知恵のあるダジュボイに従うより他しようがなかった。


「心配するなシクロロン、まずはこいつらの目を覚まさねば。

 理想にせよ空想にせよ、まず「叶わないという現実」を呑ませなければいたずらに手を伸ばすだけでハナシにならねぇ。


 そしてシクロロン、ルマ一人を説き伏せたところでなんの成果も挙げられんぞ。

 相手は今ゾロゾロとついてきてる数百の『フロラ』兵全体なんだからな。」


 一人に比べて数百人というのは途方もない労力を求められそうだが、一つの理想や一つの作戦のために動いている「一つの」組織と捉えれば相手にできないわけでもない。


 それぞれに理念や信条はあれども、たった一人の旗頭に従ってきたのだからシクロロン単体であっても影響を与えることは不可能ではないのだ。


 ただしそれには相応の説得力をもつ因子が欠かせない。


「まぁどーあれこうして『フロラ』がボクらを襲って来ないというのも奇跡といば奇跡ですからねぇ、少なくともシクロロンさんの先の寸劇は彼らの中に意味を残してるんでしょうよ。

 そうそう、奇跡といえばあのハイミンはしゃべることができると聞いているんですがホントでしょうかねぇ? 『ファウナ』が統治した時にボクはいなかったのでマユツバなのですが。」


 ハクとしてもダジュボイという老人が信頼に足る存在だと思えてきたのだろう、まだ距離のある丘の頂までに抱えていた疑問を片付けたかったようだ。


「オマエもシオンにいたんだから聞こえていたはずだ。声というのか音というのか、耳ではなく体で感じる巨大な「声」を。


 オレみてぇな一般民には無理だが音を変えたり操ったりできる〈音の民〉や〈木の契約〉を交わしたユクジモ人には対話ができるらしいな。ここにその能力がある者はいないがルマの揃えた候補には混ざってるんだろ。

 そいつらを使えば証明できる。このバカがどれほど下調べもせず無謀をやらかそうとしてるかがな。」


 あぁーあの声かー、と麓で聞いた不思議な声を思い出す。

 さすがに何を話していたかまでは聞き取れなかったもののその神秘体験はそれだけで「ハイミンが話せる」という事実を納得させた。


「くどいなダジュボイ。我らは遠き先祖を同じくするユクジモ人だぞ、ハイミンが協力せぬはずがない。魂までファウナ人に毒されてはそんなことさえも頭をよぎらぬか、ククク。」


 どこまでもどこまでもヤなヤツでゆくルマもダジュボイの行動には細心の注意を払っているようだ。

 つまらない挑発にも乗らず、ルマたち『フロラ』にとって有利となるハイミンをダジュボイが目指すにはそれなりの考えがあるからだろう。

 ルマとしても今はそれを見定めることにだけ集中していたかった。



 ぐごごご。



「おーっしゃ見つけたぞこんちくしょうっ! エレゼっ! キペと小娘をさっさと返せぇぇっ!」


 胸にリドミコを、背にタチバミを連れて駆らせたタコ馬からアヒオが声を張り上げる。


 ハイミンの根の前でイカ馬を下りたエレゼは感心したようにニヤリと笑い、追いかけてくるカクシ号とこちらへ上ってくるシクロロンたちを見下ろすばかりだ。


「ちょい待ちなアシナシサンよ、あの男はあー見えて元は「狩り屋」だったってーぜ?

 オレが見てくるよ。なんかあったら「暗足部の理」に従ってボロウやら総長サンやらを導いてくんな。「次期部頭」の呼び声も高かったあんたの方が窮地の指示は的確だろ?」


 自分を「アシナシ」と呼ぶのだから様々を調べた上で委ねてくれているのはわかる。

 だがなればこそ尚のこと信を置いてくれる者の危険を見過ごすことはできない。


「タチバミ、おまえさんのことはよく知らないがエレゼをどーにかできるわけじゃないんだろ、放っとけるかよ。

 ・・・しかしなんなんだエレゼの目的は。それがわかんなきゃ手の打ちようがないじゃねーか。」


 こちらの相談に耳を傾けることもないエレゼはパシェを背負うキペを傍に置き、アヒオたちとの距離だけは保って何かを待っているようだ。


 おそらくは、ハイミンの覚醒を。


「心配どうもさん。ボロウもさっき言ってたんだが旧暗足部ってのは情にモロいのが多いんだな、かはは。

 おおかた裏切りに回った連中も止むに止まれぬ理由で謀反を起こしたんだろ。死んだのは部頭ひとり、ってのはせめてもの手向けだったのかもなー。」


 急展開に気もそぞろだったがそれだけはガツンと胸を掴んだ。


「おい初耳だぞっ!・・・あ、いや、すまない。

 手に掛けられた仲間は・・・死んだモンだと思ってたからよ。」


 部頭ひとり、そう切り捨てられることに憤りは感じたものの、裏切らなかった仲間が今もどこかで生きていると聞けば救われるものがあった。

「止むに止まれぬ理由」もリドミコのいる今となっては怒りひとつ湧き出てもこない。


「ふむ。話の腰を折って悪いがあの語り部、もしかするとハイミンを娘に移すつもりかもしれんぞ。」


 太腿の辺りからなんか偉そうな声がしたなと思って見遣れば、そこには腕組みをしてもう本当に偉そうにしているリドミコが顔を上げている。


 まだ慣れないタチバミは困惑を隠さなかったがアヒオはその続きを待つ。


「ったく常識ってないのかよ。語り部ならなんでもアリか? 詳しく話せ、リドモドキ。」


 常識的で穏やかな生活から一歩出ると、そこには見えなかった、あるいは隠されていた事物の敷き詰められた世界が待っている。


 見ようともしなかったハルトたちの実態や〈契約〉といったマユツバの風説には特にたくさん巣くっているものなのかもしれない。


「長くなるので簡潔に話そう。四人の語り部もしくは四体のメタローグと四種の〈契約〉には関連がある。


 まず〈契約〉を結ぶことが宿主に潜在する能力を呼び覚ますことは知っているな?

 そしてそれらを順序どおりにこなしていけば〔魔法〕のような力を手にできることも。だがそれは宿主に多大な肉体的負荷を与えることでもある。


 それゆえ語り部は通常では得られぬ膨大な知識を手にするのと引き換えに、それ以降〈契約〉できぬ体にされてしまうのだ。

 みすみす重複〈契約〉の副作用で死なれては困るからな。だからあの語り部は〈音〉以外の能力の覚醒はもう不可能となっている。


 しかしその脇で背負われている娘は事情が違う。


 我々やムシマの男、ハウルドの鉄打ちを押し倒してでも奪いたかった存在、ともなれば何かを秘めているのは明らかだ。

 そしてあの語り部がサイウンを殺したとあればメタローグを何かに利用しようとしていることも考えられる。


 一方、「メタローグであるハイミンを亡きものにすること」が目的ならわざわざあの娘や鉄打ちを率いずとも他の手を考えるはず。


 導き出せる結論としては、資格を備えたあの娘を強引に「ハイミンの語り部」へ仕立てるつもりだろう、ということだ。


 ただあの鉄打ちを手駒に加えたのはよく解らんな。〈木の契約者〉としてハイミンの仮構帯で有利に事を進めるためだろうか。」


 四つのメタローグと四種の〈契約〉の関連について詳細はまだ不明でも、メタローグから語り部と認められるにも仮構帯が用いられることはなんとなく理解できた。


「よいしょっと。ずいぶん気になることを言うね不思議なお嬢さん。

 おれも仮構帯に入ったことはあるけどよ、あれは《膜》みたいな菌界があって初めていざなうことができる世界じゃないのかい?


 ハイミンの周辺にしても移動するファウナ系のメタローグにしても「所有の菌界」を持っているようには思えないんだけどな。」


 そこへ追いついたカクシ号からひょいと飛び下りたボロウがそのまま話に加わる。


 キペとパシェを人質にしたエレゼが動かない今、ヘタに仕掛けるより出方を待ち、情報の整理を急ぐ方が賢明だった。


「ハイミンについては我々も知らない。しかし体に響かせる「声」を操れるのだから我々の師・大白鴉メル同様、一定の距離にあれば仮構帯へと導くことができるのだろう。


 そもそも神殿前だけでなく《ロクリエの祈り》のような菌界を介して我々第八人種が体内に侵入するのはひとえに、メタローグのような画期的な接触方法が選べぬからだ。」


 便宜的な「声」を持たない第八人種だからこそ雨に風に怯えてまでひと所に集まり菌界を形成し、生き延びる道を模索してきた。

 もし第八人種が「声」のような力を手にしていたのなら、ヒトビトの中に彼らは蔓延し亜種の第八人種と凌ぎを削って宿主たちを次々と滅ぼしていたはずだ。


 繁殖を目的とせず、世に「ただ一人だけの語り部を誕生させるため」に仮構帯を用いるメタローグだからこそ、そのような特化した能力が与えられているのかもしれない。

 もしくは、その逆か。


「まぁ結局おれはよく分からんかったがとにかく、あのエレゼがキペたちを使ってなんかしようって企んでるんだろ?


 んでもおれが知りたいのはそれがもたらす影響とキペたちの安全についてだ。

 エレゼが例えば不老不死になったってそれでキペたちを何事もなく返してくれるんなら阻むつもりはない。無理に取り返そうとして傷つけられるよりはマシだからな。


 それについてはどーなんだ? 誰でもいいから答えてくれ。」


 流れはある程度掴めていてもアヒオにとって語り部だの〈契約〉だのといったものは取り立てて興味を引くものではない。

 また、ハイミンを目の前にしてなおリドミコの中の第八人種が接触を持とうとしていない以上、優先順位はキペ・パシェの保護になる。


「ふぅ、なるほどね。あ、でもそれに答えてくれそうなヒトがじきに上ってきますよ。」


 膠着状態の続くそこから振り見ると声を張れば届く距離にダジュボイたちも上ってきていた。

 急いだ追いかけっこもゴールが開かれなければ誰ひとり到着できないのだから。


「それを待つべきか、それとも我々で強制的にハイミンを起こすか、迷いどころだな。」


 ん、なに言ってんだ、みたいにブツブツ呟くリドミコを見下ろしてハッとする。


「あ、そーいやウィヨカが言ってたな。おまえさんも語り部なら起こし方くらい知ってるんだろ?


 ・・・って、そーいうことか。


 それにもなんか背負うモンがあんのな。」


 メタローグにより語り部と認められた者であれば他のそれとも対話ができるからだろう、呼びかけの合図や休眠からの覚醒を促す手立ても伝えられてはいた。

 しかしそんな方法を知っており、覚醒したハイミンに用事のあるエレゼが働きかけないのは理由があるはずだ。

 そしてそれに頭がゆくからこそ、リドミコの語り部も手をこまねいているのだろう。


「友人や親戚の起床を手伝うのとはワケが違う。

 無理に起こしてその仮構帯に潜り込めたとしても、無事に脱出する前に世界を眠りに閉ざされればそれで終わりなのだ。


 メタローグとは確かに生命ではあるが、機能でもある。


 無闇に人為でその均衡を崩すには危険が伴いすぎる存在だな。」


 そうなのだ。


 メタローグの仮構帯を拓ける語り部が好き勝手に侵入できるのであれば、知識と知恵と威厳を携え王国のひとつでも容易に築けたことだろう。

 単純であることの危険を回避するため、物事は複雑に絡み合わねばならないようだ。


「あーもーホントややこしーな。オレたちもアシナシサンと意見は同じだし息子さんはちょっと借りたいだけなんだけどよ、エレゼがすんなり貸してくれるかが疑問でね。

 ま、パシェは問答無用で返してもらうがな。ったく、ホントなに考えてん――――」



 ++・め・めにな・まし・か、はいみん++



 そこへ突然、かすれるように、しかし湧き上がるように「声」はこだまし、島じゅうの者たちの動きを再び止める。



 ++・・・うん。おはよう、おとのたみうぃよか++



 覚醒の周期が近かったこともあり、数日前に初めて名乗った話者の名前をハイミンはきちんと覚えていた。



 ++はいみん、じかんがありません。たんてきにおうかがいします、ゆにろーぐは、どこにあるのですか++



 この問答が場にいるすべての者に筒抜けなのは百も承知だ。

 それでも尋ねるのは、たとえ場所を特定されたとしても《ロクリエの封路》がある限り侵入を防げるからであり、それを攻略できる手段をウィヨカたちが持っているから。



 ++ゆうよがないのはわたしもおなじようだ。うぃよか、ゆにろーぐはあるよ。ふれられるばしょ、かんじゆくさきにね++



 誰もがすくんだように動けないでいるのはその衝撃的な告白のためではなく、ハイミンの荘厳たる気配が支配する時間に呼吸しているからだろう。



 ++わからないわ、はいみん。でも、あるのですね++



 さまざまな〈契約〉の能力同様、〈音〉を遥か彼方まで送り飛ばして受け答えをする作業に体の負担が軽いはずはない。

 ウィヨカの言う「時間がない」は、風読みジニや他の組織の動向もあるがこの「そうんど・かんねぃ」が行使できる体力的な限界も含んでいる。



 ++うまれるもの、そして、よみ、がえるも、の++



 その語尾のたどたどしさに悪寒を覚え、ハイミンの周りに集まった者たちは打ち合わせたようにその幹を見上げる。

 そこにあったのはわずかに焦げた跡と、燃水らしき液体の染みた跡だった。



 ++どうしたの、はいみんっ!++



 燃水と思われていたものは親火性の腐蝕剤だったのだろう。降り掛けられた部分は青白く輝く幹を容赦なく溶かして腐らせていた。



 ++まもるため、いき、てきた。わた、しのゆう、しゅうなか、たりべは、こ、んなことも、よきして、いたよ++



 巨大な神木といえど、それは老木。

 体積に対してその腐蝕が些細なものに映ったとて回復に希望は見出せなかった。



 ++まって、はいみんっ! せめて、あなたのかたりべのなをっ!++



 イモーハ教の神に姿はない。


 そのため偶像を求める民衆は拝もうと思えば拝みに来ることのできる、見ることのできる、在ることの実感できるハイミンを生き写しとして捉えていた。


 神の代わりのものの死に、うろたえない者は多くない。



 ++うぃよか、たのしか、ったよ。でも、すこし、つかれた++



 マズい、と思うエレゼも体がうまく働かなかった。

 この呪縛とも呼べる神域の時間くらい語り部の特質で乗り切れるとタカを括っていたのだ。


「は・・ぐ、ハイ、ミンっ! まだ、まだボクの用は済んでないのにっ!」


 それでも誰より呆けた状態から脱するエレゼは余韻の覚めやらぬ中、その幹を辿り背に担いでいた錘絃を掻き鳴らす。


「ハイミンっ! ボクはっ! ボクはまだっ!」


 バファ鉄製の絃に指も、抱える胸も痺れたが、ここでハイミンが眠ってしまったらもう本当に二度と目を覚まさないかもしれないから。


 死んでしまったら、もう二度と仮構帯を拓くことができないから。


「ハ、ハイミンが、殺された・・・?」


 ようやくエレゼたちに目が届くところまで上ってきたダジュボイが、力なく言葉をほどいて立ち尽くす。


「誰が・・・どうしてなの?」


 和平交渉がどう、という問題ではなかった。

 ひとつの希望が殺されたのだから。


「ククク。し、死のうが・・・死のうが枯れようがその姿を掌中に収めればユクジモの結束は確実っ! 花樹医法の者を連れてくれば処置はできるっ! 

 ククク、そしてこの狼藉がファウナ人によるものであることは明白っ!

 ククククククっ! 独立への戦はもう、なんぴとたりとも阻止できんぞっ!」


 何かが弾けてしまったのかルマは高らかに笑い、そして両手を広げる。


「よし、ならば蟲使いっ! 急ぎ本部へ放ち花樹医法の者をこちらへ遣わせよっ! 伝令役っ! そなたらは至急、枢老院へ向かい事の経緯を伝えてまいれっ!


 ぬふ、ぬふぁははは、ファウナ人っ! 墓穴を掘ったなっ! 


 たとえハイミンが枯れ朽ちるのならそれが故に我らユクジモ人は団結するのだっ! 

 そして貴様ら『ファウナ』も統府も打倒するっ! もう引き返せにゅう――――」


「ピンチをチャンスに」式で勇み出るも、やっぱりそういうトコが気に入らないハクにキビジは蹴り飛ばされる。


「黙らないと今度は刺しますよ?・・・さて、と。我らが総長さんはどうされますかねぇ。」


 だんだんと現実に頭と心が帰ってくれば、今度は『フロラ』に取り囲まれている事実が絡みついてくる。


 コレが駄目ならアレを理由に戦へ持ち込む、そう逃げ回るルマたちを追いかけて進むしかないシクロロンにはどう足掻いても分が悪かった。


「・・・それでも、変わらないわ。


 犯人を探す必要はあるけど『ファウナ』と『フロラ』の和解とは無関係だもの。

 それと、ダジュボイさん。今まで協力して下さってありがとうございます。


 でもここからは私たちの、いえ、私の責任で片付けなければ・・・」


 今ここで突き放しておかなければシクロロンとハクの巻き添えを食うのは目に見えてる。

 捕らえた上に協力までさせたダジュボイをこれ以上巻き込みたくはなかった。


「悪ぃなシクロロン。オレとしてもここまで首突っ込んどいて危ないからハイ逃げますとはいかねーんだよ。

 和平交渉はお預けになるがまだ大事な仕事が残ってんだ。付き合ってもらうぞ。」


 声も縮こまるシクロロンを庇うように毅然とした口調でその前に歩み出る。


 ハイミンを前にして覆したかった形勢逆転の一手は無残に葬られてしまったようだが、その続きが、まだ続くその先がダジュボイに希望を見せていた。


「フン。いったい何ができるというのだ老いた信者風情にっ! この圧倒的な戦況が理解できなくなったか? 

 ククク、もはやどんな奇策を弄しようとお前たちの不利に微塵も揺らぎはないのだからなっ!」



 どかどかどかどか・・・



「くっくっくっく。言ってくれるじゃねぇーかルマ。

 ・・・毛だまり野郎は大したこたなかったがな、くくく、アイツの「娘」は別モンか。」


 そこへハイミンの地鳴りとは異なる音が猛スピードで丘を駆け上がってくる。


「なにっ? どういうことだダジュ――――」


 澱んで沈んだ空気はこれでフリダシ以前に引き戻される。


「「あーっはっはっはっ! あーっはっはっはっはっ!」」


 ハイミンの死よりもずっと、重くて辛くて悲しい別れがすぐ傍で言い渡された。


 それでも、うずくまって嘆くだけではどんな空白も埋められはしない。


 それを吹き払うために、託された願いを貫くために、いじけたい自分を跳ね飛ばすためにニポは笑う。


 そして、笑っているうちにそれはそれで楽しくなってきて本格的に笑ってしまう。

 それがニポだ。

 ザ・不謹慎だ。


「なんだぁー? 酔いどれ半裸かよ? ったく毎度毎度いちいちうるせーやっちゃなぁ。

 ってかあのデッカイのは動かなくなったんじゃないのか?」


 もう質問の嵐。


 こっちはこっちでまるで反応のないキペ・パシェをどうするかで滞っていたものの、バカ笑いと遠慮のない地響きのおかげで大切にしてもいい何かが吹っ切れたようだ。


「なっはっはっは、さすがニポだな。おおかた伝通管をヤシャ‐コマからコマ‐ヒマに繋げたんだろがよ、なっはっはっは。もうなんかおもしれー。」


 そこらじゅうに張り巡らされていた緊張の糸が片っ端から引き千切られる。


 その切れっ端にふれて笑い出すタチバミをよそに、冷静なボロウは素早くカクシ号によじ登る。


「「ちょっとごめんよテンプ・・・

 ニポっ! 聞こえるかっ! とりあえず『フロラ』を蹴散らしてくれっ!」」


 その動揺は『フロラ』の戦意まで目覚ましてしまった。

 しかしダイハンエイとカクシ号が仲間のボロウたちには始まりの合図にしか聞こえない。


「バカなっ、こ、ダジュボイっ、これはどういう――――」

「くっくっく、オイ英雄様も形無しだなルマっ!


 タチバミ、アシナシっ! イカタコ馬を持って来いっ! テンプっ! パシェたちを回収しろっ! ハクっ! シクロロンを連れてこっちだっ! んでルマっ!」


 丘の斜面から頂へ、ルマ・シクロロン組、カクシ号・アヒオ組、エレゼ・キペ・パシェ組と並ぶラインにダジュボイが声を飛ばす。

 そしてやっぱり甥を殴りつけて気絶させる。殴る時はいつも後頭部だからだ。


「たっはっはっはっは、あのじーちゃんは将軍かよっ? タチバミ、おまえさんあっちのイカ馬頼むわ。んでとっととシクロロンたちを拾って逃げるぞっ!

 ほれバッタもん、おまえさんはおれにしがみつけよ。」


 乗ってきたタコ馬にアヒオとリドミコが、エレゼを乗せていたイカ馬にタチバミが走る。


「「あーっはっはっはっ! あーっはっはっはっはっ!」」


 まだまだ笑いながら『フロラ』の間を駆け回って士気を挫くダイハンエイはなんとそのままハイミン目指して直進してくる。


「うお、ちょ、また暴走かニポっ?

 ・・・ったく、息子さんっ! あんたもいい加減目ぇ覚ませっ!

よく聞けよ、あんたの弟さんがこの島に来てんだよっ!」


 イカ馬へ駆け寄りキペに怒鳴るタチバミ。


 最も忌避すべきエレゼがハイミン覚醒を諦めてこちらに戻る体勢にある今、イカ馬とキペ・パシェを同時に奪取するのは難題だった。


「・・・お、とうと?」


 そこらじゅうでドカドカ鳴り、再戦を始めたように声が音が響いてもなお心が虚ろなキペにはそれがうまく届かない。


「寝ボケてんじゃねーぞっ! あんたそれでもジラウさんの息子かよっ!

 ジラウさんはあんたを自慢して、ハユって弟はあんたの力になりたくて『スケイデュ』に行ったんだぞっ! てめーの周りを見渡してみろっ!」


『スケイデュ』の動向を探って収集した聞き齧りの情報だったが、今はハッパを掛けてでもキペを起こしてこちらに走らせなければエレゼと闘うことになる。


 乗り込んだイカ馬の足でも振り切れるかどうかなのだ、タチバミとしてもジラウとハユの名前の力に賭けるしかなかった。


「ジラウ・・ハユ?・・・は、ハユっ! ハユ? 痛っ! あ、あ、パシェ。」


 さすがの轟音に意識を取り戻したパシェが負われた背からパコンとキペを殴る。


「さんしたぁ、・・・・・・・・・・・・・・・はしれぇいっ!」


 霞む目の先から走り来るタチバミと近づくニポのバカ笑い。


 こっちに来るならこっちも行く。


 それだけことだが、それこそが正解だった。


「「こらニポっ! 君は『フロラ』を・・・もうっ!

 テンプ、こいつらはぶん投げておれたちで行くぞっ!」」


 りょーかーいっ!とやってずっと抱えたままだったルマ護衛の精鋭たちをあっちに投げると、カクシ号はずんがずんがと陣形を立て直す『フロラ』へ向かう。


「「迎えに来たぜ、チペ、パシェっ!・・・さ、ココでいいんだね?」」


 相変わらず「手」がないダイハンエイは誰も拾うことはできないものの、止まってくれればしがみつける。


 そうしてぎゅるん、と踵を返して止まったダイハンエイからは、質素なマントに身を包む男が子どもを連れてキペたちの前に降り立った。


「へ? なんでカロさん?」

「げ! なんか危ねーヤツっ!」


 水の神殿で〔らせるべあむ〕を突き付けてもジニに「勝てない」と言われた男。


〔らせるべあむ〕自体はまだタチバミの懐にありこそすれ、その甚大な破壊力を今ここで解き放っては人的被害は計り知れない。

 たとえ野放しにできないエレゼを葬るにしても、一発限りの〔らせるべあむ〕を安易に使うわけにはいかなかった。


「ひゃあひぺ、ふぉうふぁいふぉおふふぁ。」


 何か食べながらなのでなんかこう、やるせない。


「あはは、キペちんひさしぶりーっ!」


 きゃはは、とこれまた緊張感のないノルが腹持ち抜群の花餅を次から次へとカロに渡してキペに手を振る。


「あ、うん。ノルも元気そうでよかったぁ。」


 はしれバカもんっ、とすぐに牧歌モードへ切り替わるキペの頭を背中から小突くパシェ。

 そこで、はっ、と花餅を食う黒髪の男と花餅を渡す娘を思い出すパシェ。


「ふぁ、あっ! あのときはほんとうにありがとうございましたぁぁぁーっ!」


 ちゃんと立ち止まって言いたかったそれも、自分で駆らせたキペにより通り過ぎながらのお礼になる。


「ふぁ、ふぃにふぃふぁふふぇふぃいふぁ。」


 もう何を言ってんだかさっぱりわかんないカロを横目に、イカ馬に乗ったタチバミがキペ・パシェを掴んで待機するダイハンエイに送り届ける。


「よぉ息子さん、オレはアシナシサンと一緒にダジュボイサンたちを拾ってくるわっ!

 あんたらはとにかくエレゼから逃げてくれっ!」


 そう言い残し、シクロロン回収に向かったアヒオを追うようにタチバミは丘を下った。


「あ、はいわかりましたっ!・・・あれニポっ、体は大丈夫なのっ?」


 ダイハンエイをよじ登り、はっちを開けてまずはパシェを放り込む。


「ああ、ばっちりさ。」


 見遣れば塩漬けにした花びらの切れっ端と粉砂糖が口の周りをまんべんなく覆っている。

 たぶん、食べたのだろう。

 そしてその腹持ちのいい栄養補給食品はおそらく、『ファウナ』の援軍あたりからくすねてきたのだろう。


 カロがやったかニポがやったかはもう、どうでもいい問題だ。


「オカシラっ、モクとうしゅが、モクのオカシラが・・・

 あ、いや、それよりもさっきのおふたかた、あのかたたちはアタイらを『ファウナ』のきょうかいまでおくってくれたかたがたなんですっ! たすけてやってくだせぇっ!」


 泣きそうになるとべらんめぇ調になるパシェを、そっとニポは抱き寄せる。


「モクじーさんのことはいいんだよ。林に土に還してやったからね。

 あと、あのカロってのとノルってチビは語り部野郎になんか用があるから、ってんで構わなくていいそうだ。恩はあるが野暮なこたしたくないからねえ、あたいらはあたいらでココを乗り切るよ。


 さ、パシェっ! 機能が回復してる動力部と回線の焦点化してくんなっ! 伝通管を無理に繋いでるから配伝調整が偏るんだよっ!


 ・・・・・・チペ。ただいま。」


 おいさー、ともにたやぱねぃを点けたり消したりするパシェが退けて、ようやく二人の視線が重なり合う。


「うん、おかえりニポ。・・・あ、僕は外に出てるね。タチバミさんたちの手伝いするから。」


 にこ、と笑い、にこ、が返される。


「頼んだぜ三下。・・・さあっ、あたいらも出るよダイハンエイっ!」


 そしてぽぎゃーと叫ぶダイハンエイをニポは再び動かし、馬に乗り切れない「仲間」たちを引き上げるためキペははっちから半身を出す。

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