⑳  狩り屋と虹目





「んきゃああああああっ!」


 なんだ、と扉を開け放つモクに倣い、スナロア、タウロ、マガーと続いて外へ飛び出す。


「うるさいなあ。静かにしようねぇ、キミ。」


 拓けた草むらではノルを脇に抱えた男がニヤニヤとこちらを眺めていた。

 そしてそれを囲むように数人のコネ族の男たちがいる。

 ノルを守ろうとしたのか、サノマトはその異質な空気を纏う男の前で倒れていた。


「ノルっ、サノマトっ!」


 頭に血が上ったタウロは目をこれでもかとひん剥きそこへ駆け寄る。


「あー、来ないでくれるかい。この子ら殺しちゃうよ?」


 短く刈り込んだ髪ににょきりと突き出ているのは、通常では考えられないほど動物並みに伸び上がった「角」だった。


 そして甘ったるいしゃべり方とは裏腹に、その男が手にしている穴の空いた長剣からは不気味な音が鳴り続けている。


「なんの用だ。子に刃を向け無辜の行脚信者を脅すとはずいぶん心根の曲がった者のようだが。」


 毅然と前へ出るスナロアがタウロを諫めながら声を張り上げる。

 信者だからといって危険がないわけではない。

 そして、自分の身を守るのも信者の修行のひとつでもある。


「うるせーっ! オマエがあのフラウォルトを逃がしたんだろーがっ! こんなチビまでかっさらいやがってっ!・・・それともオマエがそそのかしたのかっ、このクソガキめっ!」


「んきゃあっ!」


 がずん、と重くノルの頭が鳴ると


「・・・・と思うな・・・」


 モクの奥歯が砕けるほど鳴る。


「赦されると思うなあっ!」


 そう吠えるとスナロアの制止さえ振り切ってコネ族の男に突進―――


「だから動かないでって言ったじゃないか。」


 ――したところへ穴あき長剣が振り下ろされる。


 そこへ


「んなろーがぁっ!」


 すかさずタウロが小石を投げつける。


「っと。余計なコトしないでくれるかい?」


 しかしそんな意表の一手もツノ男は難なくかわす。


「うぉ・・こ、なんだおまえらはっ!」


 モクに張り倒されたコネ男たちも混乱したのだろう、後ずさりしながらも声だけは張って身構えていた。


 ともあれこうなればツノ男からノルとサノマトを取り返すだけとなる。


 思いのほか根性のあるモクと暑苦しいタウロにとってもはやコネ族やツノ男が来た理由もその目的も必要なかった。


「ったくうるせー外野だな。オイ、それよりツノ。ガキに手ぇ出してんじゃねーぞ。」


 遠巻きに五、六人控えるコネ男たちの狙いは部屋で休んでいる罪人なのだろう。

 そこは理解できたが、気になるのは手が込みすぎている点だ。


「狩り屋のセンセー、やっちまってくださいっ!」


 とめげることなく見事な脇役精神で声だけは威勢良く投げつける。ツノ男も失笑だ。


「ハっ、狩り屋だぁ? コネ族たー肌が合わねぇと思ってたがそこまで根腐れしてんのかよ。」


 目の前のツノ男は金品で命を奪うことを生業とする者らしい。


 だからこそ、なぜそこまでしてあの罪人を殺そうと、あるいは取り返そうとしているのかが解らない。


「ん、一人分の約束じゃなかったかい? まあ後で上乗せしてくれるんなら構わないけどねぇ。

 あとさ、フラウォルトとかハルトとか蔑称はやめてくれないかな。・・・頭に来るんだよ。」


 ニタニタと笑いながらもコネの男たちに放つ言葉には高圧的な濁った色が見えた。

 その男自身もハルトと謗られ蔑まれた過去があるのだろう。


「タウロ、モク、少し落ち着きなさい。

 ・・・狩り屋の者、私は行脚の途にある信者スナロア。その子たちを放し、この乱行の説明を聞かせてもらおう。」


 ツノ男を囲むように立つタウロたちは武器らしいものなど持っていなかったが、決然とした姿勢は一筋縄ではいかないことを物語っていた。


「ヤだね。それより罪人はどこだい? ま、その部屋の中なんだろうけどさ、面倒だから連れてきてくれないかな? いやならコレを殺すだけだよ。」


 ぶぅぅん、と不可解な低い音の鳴る長剣をうずくまるサノマトに突きつける。

 当の本人はその恐怖に声さえ出せずに震えるだけだ。


 そこへ。


「くっくっくっく。」


 ざわざわと奥の茂みから怪しさしかない笑い声を響かせながら、新たにやたら背の高い男が一人歩いてくる。


「かっかっかっか。」


 何の余裕なのか、何の喜びなのかはアレだが、とにかく偉そうにコネ族の男衆を蹴散らしてそれはやって来た。


「がっはっはっはっ! 手を借りたいほどの危機だってんなら助けてやるぜ。兄貴、毛。」


 蹴り飛ばされたコネ族はもう信者を信じられない模様。

 やさしい者ばかりの信者とはいえ、そうじゃない者もいるのが現実だった。


「か、・・顔じゅうトンガリ・・・なぜおまえさんがこんな所に? 水の神殿で別れた時にはロメンの村へ向かうと・・・」


 何がなんだかさっぱりなタウロとツノ男も、そのスナロアの顔のまるい部分をくまなく尖らせたような顔の男が信者用の衣を纏っていることは判別できた。

 そしてスナロアの側に立つ仲間が一人以上増えたことは理解できた。


「ふーん、仲間とか呼べるんだねぇ。連れ手をどこに隠しているかは知らないけど丸腰の信者がいくら増えても状況は変わらないよ。

 さ、早く連れてきてくれないか。それが済めばキミたちに害は与えないから。」


 突如現れたスナロアのダークサイドみたようなユクジモ男に、しかしツノ男はチラとも目を配らない。


 さすがに場慣れしているのだろう、猛獣が飛びかかりでもしない限り人質の二人から簡単に視線を反らすことはなさそうだ。


「ダジュボイ、引き返しなさい。おまえまで巻き込まれる必要はない。


 それと狩り屋の者、きみはそれでも玄人のつもりか。連れ出したければ己の力でやるといい。

 それとも・・・ふくく、恐いのか? 丸腰の信者と職人、医法師相手に?


 ふくくくく、狩り屋と聞いて気圧されてしまった自分が恥ずかしい。ふくくくくくく。」


 ダジュボイもモクも目が点になる。

 スナロアの挑発など今まで耳目にした試しがなかったのだ。


「ふーん。キミ、結構ムカつくね。仕事終わったら個人的に殺してやろうか。

 ・・・あは。なんちゃって。ばあーかっ!」  


 えいっと振り上げた長剣はスナロアではなく足元のサノマトを的にしている。


「こんの外道がっ!」

「ぬおらぁぁーっ!」


 とまた飛び出すモクと同時に動いたのは顔から性格までとんがり果てているダジュボイそのヒトだ。


「ぬおらぁぁーっ!」


 そして駆け出す瞬間に掬い上げた砂をツノ男に投げつける。


「くっ!」


 するとさすがにその距離からの攻撃を想定していなかったツノ男は防御と攻撃の判断に誤差が生まれて手許が狂う。


 だから。


「痛いもじゃあーっ!」


 振り下ろされた長剣からサノマトを張り飛ばしたモクに激痛が走る。


「くそっ! ジャマなんだよっ!」


 わずかだが目に砂が入ったのだろう、それには構わずツノ男はぶんぶんと長剣を振り回して岩棚へと歩く。

 視界を奪う作戦が功を奏したものの肝心のノルは小脇に抱えられたままだ。


「オイ大丈夫か毛っ? しかしコレはどうなっ・・・ちょ、オイ職人っ! オマエなに考えてんだっ!」


 サノマトを張っ倒して救ったモクを拾うダジュボイの視線の先には、ツノ男へ敢然と立ち向かうタウロの姿があった。


「タウロ、よしなさいっ!」


 もう手を伸ばしても届かない先にいる無謀な鉄打ちにスナロアも呼びかける。


 恐怖に震えて泣くこともできないノルは心配だったが、本物の狩り屋を前にして闘いの素人が成せることなど知れていた。


「おいツノっ! ノルは関係ねーから放せバカヤロウっ!」


 苛立ちに血走らせた目で怒鳴りつけるタウロの手には、武器と呼ぶには余りにかよわい手槌があるだけだ。

 しかしそれを見止めてもなおツノ男は怒りを露にして進み続ける。


「ジャマばっかりするんじゃないっ! くそっ、どいつもこいつもジャマなんだよっ!」


 狩り屋の名を前にして、歴然とした武器のレベル差を前にして立ち向かってくるタウロたちの姿勢こそが何よりの挑発だった。


 恐れられる存在であり、誰をも屈服させられる存在であり、その心すらも支配できる力を持った存在であるはずの自分が見下されているようにしか思えなかった。


「よーツノ、そりゃバファ鉄製だろ? かはは、特注品のその長剣、悪ぃが目障りなんで壊さしてもらーぜ。

 へへ。覚悟しろよ・・・・・・・ほんどりゃあっ!」


 おまえ何アホなことしてんだ、と誰もが口を半開きにする中


 大きくもなければ長くもない、使い込まれた手槌だけが時を進む。


 そして、



 からるりりりりりぃーーーんっ!

 


「なん・・っ!」


 ぐしゅぐしゅぐしゅ、と長剣が崩れる。


「あ・・・ぐ・・・」


 折れるでもなく砕かれるでもなく、まるで砂に還るように粉と舞ってそれは弾け散った。


 と同時に、同属共振動で放たれる裂砕音れっさいおんを間近で受けたタウロが崩れ落ちる。


「ふん・・・・ぐぁ・・・・・・・・・・・・・・はぁっ! 

 くそっ。・・・くそっ!」


 だがそれでも踏み止まるツノ男のそれはまさに悪魔の形相だった。

 本来ならばタウロ同様、倒れて意識を失うほどの衝撃にもかかわらずその狩り屋は穴という穴から血を流しながらも立っていたのだ。


 気力にせよプライドにせよ、心が肉体を支配した結果としか言いようがない。


「どう・・・なったのだの? なんだったのだ、今の音は?」


 そこが室外であったこと、タウロたちと離れた場所であったことが「その音」の直撃を緩和させていた。


 それでも突き破るような耳鳴りとグラグラくる平衡感覚の麻痺、神経系の過剰反応による頭痛や吐き気はもれなくモクたちをも襲っている。


「・・・鉄打ちのタウロですらああなるというのに・・・何が・・・何が狩り屋の者をここまで駆らせるというのだ。」


 倒れたタウロに構うことなく、ツノの狩り屋はこちらへ歩く。

 使えなくなった武器を捨て、新たに脇差を引き抜き、血の流れるも構わず男は歩く。


「さ・・・どいてくれるね? 今のでキミらがボクの敵になることは証明された。この子を殺すのもためらう理由がなくなったってことだよ。」


 もう、どうすることもできなかった。


「オイ待てツノ野郎――――」

「いい、ダジュボイ。・・・もう、いい。」


 ただ立ち尽すしかできなかった。


「ふん、無抵抗の不服従かい? 美談にして語り継いだらいいさ。

 はっはっはっは。その末路が「殺害の黙認」だったとね。


 しょせん信者風情にはこの程度のことしかできないのさ。神徒になったって・・・誰もボクらを救ってはくれなかった。・・・そんなものだ。」


 みじろぎもしないスナロアの脇をそう言い残し、ツノ男が過ぎる。


 その時。


 か、たん。


 ゆっくりと、しかししっかりと岩棚にはめ込まれた扉がツノ男の到着より早く開く。


「キミか。・・・王斑・・・そうか。」


 醜く体じゅうを覆う黒い斑を隠そうともせず、タウロからもらったズボンひとつで虹目の罪人が後ろ手に扉を閉める。


「・・・ノル。もう、笑える。」


 目は閉ざしたまま、驚異的な回復を見せた男はそう言って口元を緩める。


「狩り屋のセンセー、気をつけてくだせーっ! ヤツぁ妙な〔魔法〕を使いやがふ・・・」


 助言しようとしたのがすごく気に入らなかったダジュボイにコネ族の男は蹴り飛ばされる。大柄のダジュボイは特別鍛えたわけではないのだが、小柄な者の多いコネ族にしてみると大人と子どもくらい筋力差があるのだ。


「ふん、〔魔法〕ねぇ。・・・あるのなら見たいものだ。

 ・・・見たいものだっ! 

 乱れた世を治めた「ロクリエの魔法使い」のような力があるなら示してみろよっ! 

 ・・・あるのなら、あるのなら見せてみろ罪人っ!」


 何にそんなに激昂したのか、それとも不意を衝こうとしたのかツノ男はそう怒鳴りつけると、すん、と身をかがめてノルを放り脇差を虹目に突き上げる。


「これが罪ならば・・・わたしは、どう贖えばいい。」


 腹の前で翳した虹目の左手に、突き抜けた刃は見当らない。


 代わりにあるのは脇差のつばで粉々に砕けた赤い錆鉄の砂。


「・・・くそっ!」


 それに怯むことなくツノ男は胸元から新たに短剣を取り出し首に斬りつける。


「なんだっていうんだっ!」


 それも虹目の左手に砕かれると、腿に備えた指投げ刃に手を伸ばす。


「もうよせ。」


 ツノ男の俊敏な動きにまるで追いつけないほど緩慢だったが、虹目はそう漏らし左手を額にそっと翳す。


「もう・・・よしてくれ。」


 それは不思議な左手でツノ男を殺すためのメッセージではなく、単に「やめてくれ」と制止するために翳したものだった。


「・・・なん・・・なんだって、いうんだよ。」


 たぶんそうなのだろうと理解するツノ男はだから、もう動くのをやめた。


〔魔法〕なのかどうかは判らなかった。


 ただ、自分ではこの男の命は奪えないと気付いてしまったのだ。


「ナニやってんだ狩り屋ぁーっ! テメー仕事しろよーっ!」


 もう本当に何をするか読めないダジュボイから遠く離れた所より憎しみを込めて罵倒が飛んでくる。


 それでも、ツノ男は動かなかった。


 心の中の大事な芯を折られてしまったように。


「オイどうなってんだ兄貴・・・そこのコネ男は「魔法使い」か?」


 いたたた、と足をさするモクを立たせると、ダジュボイは倒れたタウロを背に負って戸の前の二人に近づく。


「・・・コネ族の彼らは、その「不思議な左手」を恐れたということか。 


 落眠薬か何かで眠らせ岩に縛り付けることができたとしても、確かにこれほど悪魔じみた力を持った男とあっては簡単に処刑もできなかっただろう。

 呪い、などといったものが彼らの頭によぎるのは当然であろうし、そうなればきみを殺すには部族外の者に託すのが道理。


 ・・・切ないな。

 罪と罰、過ちと戒め。


 彼らには彼らの理屈があり、その無知が招いた過ちにせよ、知らぬことをどうして罪と責めることができるだろう。」


 虹目の男が「そう」用いるかどうかは別として、その左手は凶器になる。


 体のグロテスクな斑も虹色の目もさることながら、そのはっきりとした「凶器」に怯えれば、あるいはこの仕打ちも部族を守るための苦肉の策だったと云える。


 それがどんなに拙く軽薄な裁断であっても、判断するべき情報が乏しい者たちなのだ。

 行脚するスナロアや医法の知識を持つマガーにとって手の届くものであっても、彼らにとって虹目という存在は「未知の危険」でしかない。


 殺そうとした「罪」、しかしそれは無知であるが故の「過ち」。

 そんな言葉で片付けてしまってよいのかすらも、スナロアにはわからなかった。


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