⑨ ボロウ・タチバミの参戦と戦況





「うわああっ!」


 ひゅーん、どーん、と足元に投げ飛ばされてきた岩の破片がスネを打つ。

 装衛具を纏っていなければ肉を掠め取られていたかもしれない。


「おーおーこりゃ空まで目を配らなねーとマズいな。割れ石の弩なんてモン『ファウナ』は備えてたのかよ。・・・キペ、大丈・・・っとっ! 

 そろそろ身をかがめて走れっ!『フロラ』から見りゃおれたちは『ファウナ』の暗足部だからなっ!」


 ごつごつした粗い粒子の「割れ石」は当たっても外れても握り拳大に砕けて辺りに飛び散る岩石だった。イガイガした表面が防具に守られていない箇所に当たれば衣服もろとも肉を抉る威力がある。

 固まった敵の戦力を削ぐにはうってつけだ。


「え、あ、はいっ!・・・あっ! アヒオさんあっちから――――」

「ぬあぁっなんだそれっ! 赤沙袋だっ! キペっ、散れっ!」


 ひゅーん、と大きな布袋が目の前で『ファウナ』を押し始めている『フロラ』の一陣目がけて飛んでくる。

 まだまだシクロロンたちの姿が確認できない中で二手に分かれるのは避けたかったがアヒオの指示に委ねるしかなかった。


 どおーんっ。


「くぅっぷ・・・あふ、うわ・・・」


 そこでぶふぁっと破裂する赤茶色の煙から身を引きながらも、目の中にわずかに入った赤沙を涙で流す。


「いてて・・・アヒオさ・・・くぅ。・・・パシェ。・・・パシェっ!」


 幸い後引く痛みからは逃れられたとはいえパシェやシクロロンはおろかアヒオの姿さえ見当らない中――――


「退けえええっファウナ人っ!」 


 ザクザクザクとそこへ土を蹴る音が近づく。


「うわあああっ!」


 と驚きながらもキペは一握りの砂を拾い


「逃げるなァっ!」


「ごめーんっ!」


 投げつける。


「くぉ・・・・な、こ、ファウナっ!」


 謝りながらというのが新鮮だったのだろう、男はぶんぶんと棍棒を振り回すだけになる。

 とはいえそんな幸運に浸る余裕もないキペはまた一握りの砂を掴んでとにかく走った。

 遠巻きにパシェたちを見つけて近付く計画も、視界を遮る赤沙と土煙で変更を余儀なくされてしまっていたのだ。


 こうなるともう、戦火に飛び込むしか道はなかった。


「パシェ、待ってて・・・パシェええええっ!」


 声を張れば人目を引くのはキペでも予想できる。

 それでも大人の自分ですらこの危険度なのだ。もしこんな前線にパシェが出てきていたらと考えるだけでいてもたってもいられなかった。


 そこで、


 ずどん。


「あふんっ・・・あ・・・あ・・・」


 割れ石でも飛んできたのか、編み金服だけの腰に突如激痛が走る。


「コソコソと何の用だ暗足部っ? まあいい、ここで眠れっ!」


 膝をついて振り返るだけのキペにユクジモ人が大槌を構えて突進してくる。


「はあ・・・っくっ! このおっ!」


 ぶん、とそこで砂を投げつけるも、それは顔には届かなかった。

 距離が遠かったのだ。


「ハハハ、弱いなっ! それで終わりかファウナ人っ!」


 手練の兵でないとわかった男は引き攣るキペの顔にいたぶる悦びを見い出す。


「くっ・・・こ、このおっ! このおっ!」


 手近にある砂を握っては投げ、握っては投げ、キペは最後の抵抗を続ける。


「このおっ!・・・このおっ!」


 大男はそれを楽しむように胸で受けてゆっくりと近づく。


「無様だなファウナ人。死んで後悔しろ。」


 そう呟くと大きな木槌が振り――


「助け・・・るんだっ!」


 上がるその瞬間に痛む腰を痛ませながら倒れるようにキペは大男の足元に滑り込む。


「なっ? 動くなファウナぁぁぁっ!」


 そして


「パシェがっ! パシェが泣いて待ってるんだっ!」


 装備の隙間に薄く覗く足首へ指投げ刃を思い切り突き刺す。


「ああああっ、こ、おまえぇぇぇっ!」


 ただ、怯みはしたが木槌は振り下ろされる。


「へ?・・・え? え?」


 それを避けきれるだけの間隙はあったが恐怖と痛みがブリ返して足がすくんでしまう。

 走れなかった。


 だから。


「ぬあああっ、ごめんなさーいっ!」


 そう懺悔の雄叫びを上げると前のめりのまま地面を蹴ってでんぐり返しをする。


「ぬぁんだとぉぉぉっ?」


 その後ろでずどーん、と大地が鳴らされるともう今度は必死になってキぺはぐるんぐるんと転がっていった。

 振り見て確認する余裕などとてもじゃないがなかったのだ。


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」


 そう言いながら信じられないスピードでキペはゴロゴロと転がっていく。

 腰が地面に当たると多少痛かったが走るよりはずっと楽だった。


「なにぃっ!・・・ちょ、待て・・・・でんぐり返しが、速いな、ファウナ人・・・」


 そして足首に刃を立てられた男は骨まで達していたその刃を抜くこともできずに足を引き摺るだけだった。


 そこで。


「ぬおおおうっ! なに遊んでんだキペっ! さっさと立てっ! 来るぞっ!」


 ゴロゴロゴロゴロ、と加速していたキペを掴んでアヒオが立ち上がらせる。

 五歩も歩けば武器を交える戦士たちにぶつかるほどそこは密集した戦地だった。


「はふ、・・あ、アヒオさん・・・ってて。いましたっ?」


 引き続き背を曲げて走るアヒオについてゆくキペ。

 痛みはあったがさっきほどではなかった。改めて覚える緊張やアヒオのいる安心感が痛みをごまかしてくれるのかもしれない。


「ここじゃ何にも見えないな。ひとまず丘に登るぞキペ。

 ・・・しかし戦場ででんぐり返しして生きてるヤツって初めて見るな。」


 闘うのに忙しい戦士にとってでんぐり返しをしている者は敵でもなければ味方でもないのだ。

 頼られないぶん、相手にもされない。ただ、「奇をてらって隙を作る」という意味では確かによく出来た暗足部員だ。


「・・・アヒオさ・・・あ、あれが、ハイミン?」


 ヒトが指先ほどに小さく見える距離にありながら、その丘の上にそびえる純白の神木は両手でも覆えないほど大きかった。


「だな。だがおれたちには関係ない。」


 その巨樹を目指す一団の先頭に乱れた様子は見られなかった。


「・・・え? あ、そうか、なんかこの先は『フロラ』ばっかりですもんね。」


 てっきり先頭には駐在していた『ファウナ』守護部がいて、次に攻めてきた『フロラ』、そして挟むように追加の『ファウナ』がいると思っていた。


 しかし通り過ぎてきた『ファウナ』が守護部だったのだろう、ハイミン死守という目的においてこれほど『ファウナ』が劣勢だとは想像していなかったのだ。


 さておきハイミン付近に『フロラ』がいるとなればそれはつまり。


「ちっ、なら戻るぞキペ。この先にその小娘はいない。」


 荘厳な巨木に背を向けるのはためらわれたが目的は別にあるのだ。

 キペはアヒオに倣い、またふもとの戦場へと引き返すことにした。


「見つけたぞおおおっ! 暗足部うううっ!」


 とそこへ砂を撒いて眩ませた棍棒男が目ざとく見つけてこちらへやってくる。

 今度は仲間を四人も連れて、だ。


「おーなんだキペ、この短時間でどんな恨み買ってんだよ。

 ・・・ったく、逃げ・・・ちょ?」


 そうグチをこぼす間もなくずどーん、と逃げようとした先に『ファウナ』の割れ石が投げつけられる。

 開けた場所だけに見通しはいいが、逃げ隠れするには最悪だ。


「なんで石がこっちにくるの? 『ファウナ』から見たら僕ら、仲間でしょ?」


 追いかけてくる五人のユクジモ人はキペたちを囲むように広がって丘を駆け下りてくる。


「とりあえず逃げるぞキペっ!」


 そうして蛇行しなければ飛んでくる割れ石からも身を守れないキペとアヒオはつかず離れず一心に疾駆した。


「来るなユクジモ兵っ! ったく、身軽なだけ分があるが完全に目ぇ付けられちゃかなわねーぞ。」


 砂を撒くにも指投げ刃を投げつけるにしても緩やかな下りでは急にぴたんと立ち止まれない。また闇雲にちょっかいを出せば空中への注意も反れる上スピードも落ちる。

 今はただ、どこか隠れられる場所まで突っ走るしかなかった。


「ちょこちょこちょこちょことっ! ふんっ、ええええいっ!」


 ばきんっ、と鈍い音がすると後ろから棍棒の切れっぱしが飛んでくる。


「はい?・・・キペ、ヤツら飛び道具を手に入れやがったぞ。

 ったくしょーがねえな、おれがオトリになるから先に行――――」


 どーん、と今度は駐留していた『ファウナ』の小屋の扉が降ってくる。


「なんだそれっ!・・・ちっ、『フロラ』にかっぱらわれたのかっ?・・・くそっ!」


 とまた続いてどーん、どーんと投げられそうなものはなんでも投げられてくる。さらに後ろからも腕当てやら拾った小石やらがびゅんびゅん飛んでくる。

 立ち止まって投げていないため威力もコントロールも構えた弓ほどではないが、といってなんてことないと看過できるものでもなかった。


「アヒオさんっ、あっちの藪に行きましょうっ!」


 右も前も広々していて前線からも離れてしまったキペたちは白壁に止まるハエのように目立っていた。

 指差す藪はといえばまだ遠かったものの、辿り着けなければ無事ではすまない。


「よし、今度こそおれがオトリに・・・」


「投網よう――――いっ!」


 そこで一番出遅れている棍棒へし折り男がそう声を張り上げると、キペたちの右に左に追いついていたユクジモ人二人がゴソゴソやりながら網を取り出す。


「マズいっ、キペっ!」


 逃げる方も追う方も足が鈍ってきていた中、男たちはこれが最後の踏ん張りと思い切ってキペたちへ網を投げる。


「あわわっ、アヒオさんっ!」


 両方向から放たれる網はしかし、逃げるキペたちを追いかけるようにして広がり寸でのところで、


「むにゃんっ!」

「うわあぁっ!」


 捕まる。


「よしっ! もう逃げられんぞ暗足部っ! 貴様らには吐いてもらわねばならんことがあるからな・・・はあ、はあ。・・しかし何をしにこんな表舞台へと出てきたんだ。

 まあいい、こいつらを縛り上げろっ!」


 こんな状況にも慣れているアヒオは冷静に指投げ刃を取り出すも、すっころんでしまって余計に纏わりついてしまう。


「くそっ! キペえっ!」


 そこへ追いついたユクジモ兵が網を手繰りながら迫り寄る。

 がんじがらめの手足ではもう抵抗することすら叶わなかった。


「アヒオさんっ! ちょ、いててて・・・」


 近くに『ファウナ』はいない。

 いても仲間として助けてくれない。


「殺すわけにはいかんがな、咲ほどの礼はさせてもらうぞ。」


 絶体絶命だった。

 棍棒を投げ尽くしたユクジモ男はその拳に怒りを握らせ、網にかかった魚のようなキペへ振りかぶ――――



 どどどどどど・・・・



「なんだこの地響きはっ!・・・まさかルマ様っ?

 ハイミンが、我らが神木ハイミンが起き―――」


 ずだーんっ!


「「あーっはっはっはっ! これを待ってたんだよっ!」」


 そこへ味方のピンチを心底期待していたらしい女の声が楽しそうにうれしそうに空に響く。

 ただ残念なことにユクジモ男のパンチはしっかりキペの胸当てをへこませていた。


「んんっぐっ・・・ニポ・・。」


 しかし漁れたての魚よろしくよがるだけのキペとアヒオを確認すると、ダイハンエイはさらに加速して迫りくる。


「な、なんだっ、あの妙に速い鉄巨人はっ!」


 見たこともない巨大な鉄の塔みたようなモノがこちらへ向かって突進して来るからさすがのユクジモ男も驚くしかない。


「おいっ、オレたちは退くからなっ!」


 となれば網を投げた者、キペたちを捕まえた者たちも言葉一つを置いて逃げるだけだ。


「待てっ・・・く、ファウナ人めっ!」


 そうして一人残されたユクジモ男もキペを吊るしたまま歯噛みするばかりだった。


「「チペえええっ! ちょっと待ってろおおおっ!」」


 大切な仲間、彼女にとっての「家族」のためにニポは声を嗄らして遠く吠える。


 だが、ダイハンエイは合体の際、三体の「手」にあたる部位を結合させて固定させているので「手」が無かった。

 つまり、拾えないのだ。


「むきゅんっ、こら前歯っ! こっちゃ動けねーんだから来るんじゃねえっ!」


 助けに来たが急には止まれないダイハンエイ。やむなくぎゅるん、と進路を変える。


「こ・・こ、これで勝ったと思うなよおおおっ!」


 とはいえさすがにこれは勝てませんと悟ったのだろう、大きなユクジモ男は向こうの彼方へ駆け出していった。


 当然だが『ファウナ』にこんなとっておきがあったとは思いもよらなかったはずだ。

 そしてこんな「巨人」が加勢した以上、いったん体勢を立て直して作戦を練らねば『フロラ』の優勢が崩れるのも時間の問題となってしまう。


「よ、っと。」


 とそこへスピードの落ちたダイハンエイから見慣れないチヨー人がリドミコを抱いたままキペたちの前に現れる。


「動かないでね。あ、ふふ。君も手伝ってくれるのか。ありがと。じゃ、そっち持って広げてくれるかな。」


 見知らぬ男はしかし何重にも絡まった網を広げてナイフでそれを切り刻む。それを手伝うリドミコはといえばタイミングを合わせて広げた箇所を金色の長髪男に送っていた。


 ダイハンエイから出てきたのだから敵ではないのだろうが、リドミコの対応からすると仲間とさえ言える存在なのかもしれない。


「あ、どうもありがとうございます。あの、ところであなたは?」


 自力で脱出しようとしたアヒオはさらに絡まっていたので後回しにされ、素直に巻かれていたキペは切れ端を払ってそう尋ねる。


「おれはボロウ。中にタチバミという男もいるけど君たちの敵にはならないよ。・・・よっ、と。これでそちらさんも大丈夫だね。


 さて、こちらも一つ答えてもらいたい。さっきニポにも君のことは聞いたんだけどちゃんと確認したいんだ。

 君はジラウ博師の息子さんだね? そしてタウロさん、ナコハさんの血を継いだ、ローシェの冠名を持っている。・・・違うかい?」


 面目なさそうなアヒオがすらりとしたボロウに礼を言う。そして降りてきたリドミコを抱きしめる。


「えと・・・父さんは、ジラウという名です。解古学をしていたのも知っています。

 ・・・でも、ローシェって屋号はそう名乗るよう言われてただけだから、持ってるとか継いだとかってコトはわかりません。」


 せっかく助けてもらったのに喜ばせることのできない返事だけが口を伝って、それがなんだか申し訳なかった。


「嘘はついてないみたいだね。ニポの言ったとおり素直なヒトだ。


 ・・・それともう一つ。これはいま確認できないけど、君は今も《オールド・ハート》を残している?」


 背中に現れる斑なので自分で見えないぶん、はっきり言えないキペに代わってアヒオが答える。


「ある。カーチモネの風呂場で見たからきちんと断言できる。

 ・・・おまえさんにも〝色〟が見えるなら信じてもらえるはずだぜ?」


 ボロウの静かなまなざしと言動、ニポを起点とした「赤目の村の出身者」を考慮すれば〈色の契約者〉であっても不思議ではない。


「そうですね。・・・しかしまだまだ現役といったところでしょうか、「アシナシ」さん。

 ふふ、そう勘繰らないで。


 あらかじめ言っておくと、おれたちは知の根・ウセミンの元で働いています。ヘンな探りを入れるつもりであなたを調べたわけではありませんよ。」


 暗名が出た途端に睨みつけたアヒオへ事情を説明するボロウ。

 穏やかに目を細める仕草は争いを望まない旨を示していた。


「「長話は後にしてくんなっ! こっちゃウチの部下の安否が掛かってんだっ!」」


 おっといけね、とボロウはキペたちを促しダイハンエイにしがみつく。


「ニポっ! ニポ、聞こえるっ? 丘の向こうは『フロラ』のヒトしかいなかったよ。もし麓のどこかに隠れてるんじゃなきゃ、もっぺん前線に戻らないとダメだっ!」


 背中のはっちによじ登ったキペは声を掛ける。

 見落としたとは思えないものの、ここにいないかはきちっと見定めなければならない。

 キペとニポが戦地に赴いた理由はただ、パシェ救出の一点だったのだから。


「んーおかしいねえ、あたいらも見てきたんだけ・・・避けろっ! ダイハンエイっ!」


 まだまだ止まない戦の猛るを横目に進めば歓迎とばかりに弩から割れ石が投げ飛ばされてくるのは自然だった。


「うああっ! あぁ、あの弩はなんとかした方がいいですよね、アヒオさん。」


 そこでもうぶらんぶらんになっているキペがリドミコだけはダイハンエイの中に送り込めたアヒオに意見を仰ぐ。

 自分たちの安全の確保はパシェを見つける以前の話だ。


「だな。小娘捜索はニポに任せておれたちはあの厄介な投擲機を黙らせるか。『ファウナ』からでもこのダイハンエイは敵に見えるんだろーしな。けけ。

 とりあえず『フロラ』に乗っ取られた方は後回しだ。『ファウナ』側ならなんとかなるだろ・・・行けるよな、キペ。」


 戦闘経験がゼロのキペに片目を瞑るアヒオ。

 あんた暗足部だったんだから一人で行ってなんとかしてよ、と言えるはずもない。


「ですよね。はは・・・はぁ。じゃっ! 僕、行ってくるからねニポっ!」


 なおも怪しすぎる巨人には『フロラ』からも『ファウナ』からも攻撃の手が向けられていた。せめてどちらかを片付けなければ捜索さえ覚束ない。


「アシナシさん、おれも手伝わせてもらうよ。こっちとしてもみすみすジラウさんの息子を危険に晒すわけにはいかないんでね。」


 戦陣を掻き回すようにパシェを探すダイハンエイから飛び下りたアヒオたちに続き、先ほど会ったばかりのボロウが後を追ってくる。


「んお? いや手伝ってくれるのはありがたいんだがな、おまえさんそんな恰好で防備はいいのか?」


 すったったった、と走るアヒオたちへ素早く合流するボロウに装備らしい装備は見あたらない。


「おや、忘れな村の出身だってことを失念してないかな? ふふ、おれには「痛み」がないんだよ。気にしないで。それより攻撃に躊躇してくれてる今のうちに走らないとね。」


 ダイハンエイに驚き石や矢を投げつけていた歩兵たちはといえばそこから出てきた三人が自分たちに仕掛けて来ないこと、うち二人が暗足部の装衛具を纏っていることに戸惑っているようだ。


 とはいえ戦地にあって味方でなければ敵でしかしない。

 彼ら『ファウナ』がアヒオたちをせいぜい「逃げ帰ってきた仲間」とでも誤認しているうちに距離を稼いでおかなければ両陣営に挟まれたこの道を抜け切れなかった。


「あの、変なこと聞きますけど、ボロウさんも兵士さんだったんですか?」


 意外に足の速いキペは血の色の過去を持つ二人に遅れを取らずに済んでいる。

 ニビの木を背負って運んだ日々の蓄積が脚腰の瞬発力も確保してくれたようだ。


「んー、そんなところかな。それにしてもキペくん、君がこんな場所に自分から出てくるなんて・・・

 情報では臆病な、といっては失礼か、おしとやかな性格だと聞いていたのだけど。」


 もうすぐ茂みに入る。

 その奥へ設営された監視棟の屋上に投擲機が備えてあるらしい。


「悪いがハナシは後だ。ボロウとかいったな、闘えるならキペの護衛と弩の掌握に協力してくれ。

 それと自分の身の安全もだ。無痛の体なら、なおのことな。」


 目的が監視棟とバレたのか、『フロラ』を追撃する『ファウナ』がこちらへちらほらと指投げ刃や矢を放ってくる。


 暗足部にしては目立ちすぎたのが不審を招いたのだろう、「止まれ」の制止を振り切ったアヒオたちはもう自軍の味方とは思われていないようだ。


「ふふ、感涙モノだなアシナシさん。あなたが部頭なら入部したいくらいだよ。」


 ふ、と笑うボロウに、ふ、と笑うアヒオ。


 かっこいいなぁ、と思うキペも先のボロウの呟きに心が昂ぶっていることにふと気付く。


 ハユが家を飛び出すまでの臆病な自分と、パシェを助けたくて駆け出している自分。

 臆病な自分は嫌いだったのに、懐かしさが燈ると少し、好きになれる。

 そんな余裕さえ、広がり鍛えられた心は抱けるようになったらしい。


「行けるかねぇ・・・ボロウ、キペの後ろに下がれっ!」


 『ファウナ』の門番に瞬間の疑問も抱かせたくないアヒオが指示を出す。


 そして、


「おれたちは暗足部だっ! そこを通せっ!」


 ずんずん突っ走って二階ほどの小さな監視棟の門番に名乗り上げる。

 冷静に考えさせる間隙を与えぬため敢えてスピードを上げて乗り込むつもりだ。


「なんだとっ? なら行けっ!」


 おちゃめな門番は装衛具を纏っていないボロウすらも問い質すことなく道を譲る。

 その前を三人は「大急ぎで大変だよトホホ」とでも言うように当然を装って突破した。


「ありゃりゃ・・・・無事に通れましたね。さすがアヒオさん。」


 味方っぽい暗足部がおおわらわで駆け寄ってくればみなまで聞かずに通すのが人情ではある。

 が。


「ったくなってねーな。おれらン時なら暗足部かそうじゃないかくらいすぐ判ったモンだがなぁ。あとでシクロロンに言ってやんねーと。」


 苦労自慢タイプの先輩っぽくグチる。

 在りし日の『ファウナ革命戦線』に後光でも観ているのかもしれない。

 しかし今はこの幸運を喜んでほしいキペだった。


「門番が一人なら中は手薄だろうね。・・・しかしアシナシさん、あなたほどの腕なら殺さずとも門番の彼を仕留めるくらいはできたんじゃないかな?」


 ボロウの言うとおり棟の中はがらんどうだ。


「・・・暗足部ってのは傷つけるのが仕事じゃない。自分に刃を向けない限りは誰も殺さないし傷つけない、ってのが信条だ。

 けけ・・・捨てられても、染み付いた誇りだけは捨てられねーんだわ。」


 淋しく連ねた言葉に自嘲しながらも、ちょっと得意げにアヒオはそう言って屋上へ続くドアを蹴破る。


「暗足部だっ! 早く兵を退けっ、潜伏してた『フロラ』がこちらへ向かって来るぞっ!」


 真顔で嘘八百。

 直前まで感傷的な話をしていたのでたぶん、元々考えていたものではないのだろう。


「なにっ? 報告ご苦労っ! では我々は先に行かせてもらうっ!」


 それでも淀みなく言い放つから説得力はあったらしい。


「・・・アレですね、『ファウナ』兵ってのは思ったより素直な連中が多いんですかね、アシナシさん?」


 あっという間に『ファウナ』の五人の投擲係は速やかにその場を後にしてくれた。


「う、ん。・・・キペを守るもクソもなかったな。まあいい、これは使えなくしておいて、っと。

 あとは『フロラ』にかっぱらわれた弩を止めればニポたちに危険はないだ――」


 どっかーんっ!


「なんだあれっ! くそ、遠目は利かないんだよな。キペ、ありゃなんだ? 弩の投擲じゃないだろ。」


 弩の部品を外していた手を止めて見遣った先では、動き回るダイハンエイに向け何かが落ちたような砂煙が立ち上がっていた。


「あれもしかしたら・・・なんで? ダイハンエイより小さいけど、あれ〔ろぼ〕ですよっ!」


 キペほどではないながらも目の利くボロウも同じ感想らしい。

 だのでこの三人班の実質的なリーダー・アヒオの意見を仰ぐよう言葉を待った。


「おい嘘だろっ? あのバケモンがまだ他にいるのかっ?


 ・・・はっ! ダイハンエイの中にはリドもいるんだぞっ? とにかく戻ろうっ! ボヤボヤするなキペっ!」


 もういてもたってもいられないアヒオは振り返りもせず階段へと走り出す。


「待ってアヒオさ・・・ん?・・・シクロロン?」


 そこで視界の外れに三頭の馬が島の入り口から駆け上ってくるのが見えた。


「あー、アシナシさんは行ってしまったな。・・・どうしたんだいキペくん。何か気掛かりでも?」


 ボロウは立ち止まり、守るべきキペの視線の先に目を凝らす。


「ボロウさん、あの三頭の馬にたぶん、パシェがいます。僕、行ってきますっ!」


 幸いにして逃れた難をどうとも思わず、またしても戦地を抜ける道へキペは走る。

 まだ争いに巻き込まれていないならなおのこと急いで留めなければならない。


 キペの中にあるのは「パシェを救うこと」、その一念だけだった。


「キペくんっ! おれも行くっ!


 君は・・・君は血が繋がってなくてもジラウさんの息子なんだ。・・・だから君はおれが必ず護るっ!」


 熱く語ってくれるのはうれしいがなぜそんなに手を掛けてくれるのか解らないキペは、はい、とだけ返して駆け出した。

 アヒオは一人でも大丈夫だろう、そう思うことにしてキペとボロウはそれとは分かれる方角へ向かう。 


 ニポにしろアヒオにしろパシェさえ連れ戻せばここから離れられる以上、いま「安全」というものに一番近い位置にいるキペはそれを掌中に収めるしかなかった。

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