③ 原理主義と改浄主義






 その後グダグダと日々は続き、ぱつーろくの解除された〔らせるべあむ〕の研究がジラウ博師監修のもと着々と進められていった。

 そうした中、「分析に必要な知識は運んでこなければ」とモクはスナロアの元へ旅立つことにし、赤目たちも「まだ実用段階じゃない」と〔らせるべあむ〕を帯びずに匪裁伐のため村を出ていった。


 かちゃ。


「キツくないか、テンプ?・・・よしっと。

 あ、先生、さっきモクさんからヘクト蟲が来てました。テンプが受け取ったんですけど、これは先生にだけ秘密で渡した方がいいかなって。」


 伝え蟲を掛け合わせて作り出された生命力の強い「ヘクト蟲」はたった一匹で大容量の記録/再生ができると一時期もてはやされたものの、他の生き物に食べられても誰かに盗まれても損失が大きいためやがて廃れた種の蟲だ。


「ありがとう。・・・すまないけどテンプさん、ちょっと外してくれるかい。」


 きれいな包帯に取り替えられたテンプはまだ慣れない眼鏡を掛け直して、はい、と従う。


〔らせるべあむ〕の一件で視力が著しく衰えていたが体や顔の腫れはずいぶん引いたようだ。


「え? ・・・あの、俺は?」


 今ではジラウと離れるよりもテンプと離れる方がずっと不安を覚えてしまうベゼルに、珍しく厳しい目を博師は向ける。


「きみがいいんだよ。」


 では、と戸を閉めるテンプの足音が遠ざかると、そこは村の穏やかな静寂に包まれる。


「・・・あの、モクさんはなんて?」


 普通の伝え蟲より寿命の長いヘクト蟲の最大の特徴である[鍵音]を鳴らし、ジラウは手の平に包んで耳に当てる。

 蟲笛や音拾いでは引き出せないよう自由な音で「刷り込み」ができるのも高値で取引される理由だった。


 その再生を聞き終えるや否や、いつも朗らかなジラウから怒りのようなとげとげしい緊張が伝わってくる。


「・・・ねぇベゼル。今さら恩着せがましい、と訝るだろう。なんで自分が、と困惑するだろう。嫌だ、そう思うだろう。


 ・・・でも、やってほしいことがあるんだ。


 ぼくと血縁もなければ、この村以外での接点はきみを助けたあの時だけだから。

 そして何より、きみはぼくが知りうる解古学やモクさんの知る「カラカラの教え」にも知識が及んでいる存在だから。


 ベゼル、きみはぼくよりまだ若いけど、ぼくよりずっと優秀だ。おだててるんじゃない。素直にそう思うからこそ、きみを選ぶんだ。・・・手を、貸してくれないか。」


 いつもなら村の外まで走り出すような褒め言葉も、厳めしい空気の中ではその正しい色はほどかれなかった。

 しかしだからといってそれが恩師の頼みを拒む理由になりはしない。


「・・・〔こあ〕とか〔ろぼ〕とかのことですか?・・・いや、とにかく俺は先生が求めるんだったらなんだってやります。」


 赤目、コリノ、モク、ジラウの四人が極秘で何かをしているのは知っていた。ベゼルに知られていることも彼らは分かっていたのかもしれないが、敢えて首を突っ込むことはなかったのだ。


「そうか。が〔こあ〕であることまで解っていたんだね。さすがベゼルだ。・・・でもね、それもあるけどこれはもっと大きな話に発展しかねない秘密なんだよ。

 ぼくやモクさん、赤目くんもだが、求めているものは同じユニローグという存在であることは知っているだろう?

 そして・・・詳しい話はいつかまたにさせてもらうけど、ぼくらはユニローグへ至る鍵となるいくつかの推論に到達したんだ。


 ナコハのことは話したことがあるね。ここから離れたぼくの村で神像や霊像を作っている[打鉄]屋のヒトだと。そのヒトやその家系と、ぼくら解古学の知識が触れ合うことで至った推論なんだよ。


 ユニローグが〔魔法〕の力を与えてくれるとはぼくらも思っていない。

 でもそれを「手にする」ことがもしできたら、示すことができたら、あっと言う間にヒトビトを狂喜させ、あるいは惑わせてしまうことはきみでも予想がつくはずだ。


 我々の築いてきた歴史が我々を越えた歴史に覆されてしまうし、その混乱は解古学だけにとどまらず、教会、神殿、教皇以下統府にまで波及してゆくはずだからね。


 そうなれば内輪モメなんて整った構図と均衡は一気に瓦解して内乱に突入するだろう。


 きみたちのようなヒトを蔑ろにするわけではないけど、今はこれでも平和な方なんだよ。組織はまがりなりにも直立しているし、武力行使もまだ小規模だとさえ言える。

 でもわかるね、この膠着状態を打破するためには覇権を掌中に収められる「大逆転の一手を狙うしかない」と各組織は共通してそう認識している。


 ユニローグとは敬虔でない者であっても、イモーハ教太陽信仰/月星信仰問わず、原理主義/改浄主義問わず、そしてカラカラの教えの徒であっても問わずに跪かせることができる「至高の禁忌」なのだから。


 だから慎重に、しかしなるべく急いで暗々裏に『カラカラの経典解識班』はユニローグ到達、あるいは奪取、保護へと向けて走ってきたんだ。


 でもね、どうやら『解識班』の内部で不穏な動きが見られるようになったらしい。

 今のところ核心部分に近付いているのはモクさんとスナロアさんだけのようだけど、はっきり言ってここまで関わったぼくにも、なんとなくは解ってしまうんだよ。


 それは勿論モクさんには伝えてある。答え合わせはしないままね。でも、この「秘密のやりとり」がもう一つの証明になっていることは明らかだ。


 つまりぼくやモクさん、赤目くんやコリノくんたちの知識や技術を上手く組み合わせるだけで、「秘密にしたいものが見えてきてしまう」ということなんだよ。


 ・・・ふう。長くなってしまったけど、ぼくはそれを一つにまとめて隠した。

 赤目くんにその手掛かりは預けてあるけど、場所は教えていない。そしてきみにも教えない。


 誰かが知ってしまったら・・・ぼくらのように狙われるだけだから。


 だから、きみの頭で考えて、そして導いて。」


 ヘクト蟲が伝えたのはたぶん、身の危険に関する警戒をさらに促す内容だったのだろう、

 ジラウは諦めたような、すこし疲れたような目でベゼルを見つめた。


「・・・そんなに危なっかしいものなら―――」


 捨ててしまえばいい、手放してしまえばいい、その一言が、言えるはずもない。

 ヒトを束ねられるかもしれない奇跡の産物だからではなく、その人生を賭け、長い間重ねてきた努力と苦心の末に見出せた活路は、追い求めてきた者たちの夢であり希望だから。

 それをなげうつことは、そこへ歩んできた己をなげうつことと同義だから。


「学者の性、ってヤツなんだ。でもね、その存在の大きさを、意味の重大さを度外視して見つけることだけ考えているわけでもない。願わくはスナロアさんやモクさんのような徳のある人格者に手にしてほしいとは思うよ。

 それでも、数多の欲に染まる手はひっきりなしにユニローグを渇望しているんだ。ぼくらの望むとおりに事が運ぶかは疑問だよね。


 ぼくらに何かがあったら、力でねじ伏せ奪い取る組織があったら、きみはこの秘密から逃げていい。他へ漏らさなければ、去るといい。

 力に溺れる時代ならばどんな崇高なヒトに託したとしても力で奪われるだけだからね。その時は、きみが自分で判断してほしい。


 ・・・ぼくのいない世界で、ぼくと繋がらないヒトの中で誰かにぼくの意志を継いでもらうとするなら、ぼくは迷わずきみを選ぶ。恩着せがましいけど、敢えて問おう。


 ベゼル、きみはぼくに忠誠を誓うかい?」


 かたん、と立ち上がり、椅子に腰掛けるベゼルを見下ろす。

 偉ぶった振る舞いなど今の今まで一度として示したことのないジラウが、そこで完全な主従関係を求める。


「はい。もちろんです。もとより俺は、先生に救われた命を生きてきたんですから。」


 そしてあの時と同じよう、今度は勢いで膝を付いたなんて思わせないほどゆっくり、確かに、左手を胸に当て右手を頭に載せ、頭を垂れる。


「ありがとう、ベゼル。

 ・・・。


 ナコハの[打鉄]は素晴らしい。ロクリエの魔法使いの像なんて特にさ。一度彼女の作品を見せてあげたいよ。」


 ん?と思ったが、そのまま聞き流した。

 答えを教えないと言ったジラウの、がやり方なのだろう。


「ではベゼル、他言は無用に。そうそう、今日あたり新しい賛同者が・・・」


 こんこん。


「お話中すみません、ジラウさん。ジニさんがお連れさまといらっしゃいました。」


 地下研究室から離れていたテンプが戻ってきてそう伝える。

 この村の民ではなかったが、匪裁伐に出ている赤目から信頼されているジラウが今、実質的な責任者だから。


「噂をすればなんとやらだね。わかった、いま行くよ。・・・間に合ってよかった。」


 その言葉の意味もベゼルにはわかった。

 ジラウに認められ、託されたその高揚感が体じゅうを駆け巡っていても冷静さは失わなかったようだ。


「お久しぶりですねえ、ジラウ博師。あなたは確か、ベゼルでしたかね。こちらもお久しぶり。」


 シム人シュキム族の小柄な男がニコリとする。


「ええ、お久しぶりですジニさん。そういえば風読みさまの従者になられるとか。切れ切れの風の便りですが耳にしましたよ。おめでとうございます。・・・そちらは?」


 神殿によって一、二人ほどいる従者から読み手が抜擢されるというのが慣例だ。

 そんな中ジニの布教行脚の功績が認められたのだろう、現・風読み従者への推奨を神官関係者からもらっていたらしい。


「あ、はい。わたしはホニウのニナイダ、ロウツという者であります。迷いはありますが、ジニさまの口添えを得てこの村の長とお話をさせていただければと思い馳せ参じました。」



 好感の持てる背の高い片目の男はそう言い、ジラウとベゼルに会釈する。


「赤目くんはまだ帰っていませんので、そうですね、彼の屋敷でひと休みなさいますか? 明るい部屋ではありませんけど。」


 さ、きみ、と旅の者たちの荷を持ってあげるようベゼルに促し、四人は鍵の掛かっていない赤目の屋敷へと歩いていく。

〔らせるべあむ〕や〔こあ〕のある地下研究室は人目を避けた小屋を入り口としていたため、ジニもロウツもジラウとベゼルがせいぜい与太話でもしていたのだろう、としか感じてはいなかったようだ。


 がちゃん。


「やはり相変わらず暗いですねえ。本当はこうした所にいるべき者なのに先陣を切って出て行くとは。ふふ、赤目には頭が下がります。」


 ジラウもベゼルもジニと会うのは久しぶりとはいえ「久しぶり」と声を掛け合うほど親しくはなかった。以前ほど訪れなくなったスナロアの方がよほど会った回数が多いくらいだ。


「なるほど。主な用件は「匪裁伐」についてということでしょうか、ロウツくん?」


 へ?と驚きを顔に出してしまうベゼル。

 それでも部屋が火燈りに沈んでいるからか誰にも悟られずに済ませられた。


「・・・はい。あの、失礼ですがジラウ殿、あなたは? ジニさまの話では解古学の研究者と伺っていますが、やはり・・・」


「ただの学者」が村の長の代理を務められるはずもない。

 そんな疑問に至らなかった自分の盲点がベゼルの胸をちくりと刺す。


「きみ、水を持ってきてもらえるかな。・・・ふふ、大丈夫。彼もこの村の一人ですから、然るべき守秘にはきちんと対応できます。もっともロウツくん、あなたが聞かれたくないというのであれば別ですけど、あまり選り好みは勧めませんね。」


 指示されたベゼルは隣の部屋の水桶から人数分汲んで持っていく。音や匂いだけではなく、歩いたり触ったりした記憶を写像として組み立てる脳が発達しているラグモ族にはそれくらい朝飯前だ。


「さ、どうぞ。」


 あくまで下仕えのようにジラウと距離を取りながら各人に水を配り、ベゼルもジラウの隣に腰を下ろす。


「これはどうも。しかしどうしましょうかねえ。浄化寄りのロウツは赤目に話すつもりでココへ来たのですが。」


 そこでググと顔をしかめていたらしい。

 テーブルの下でそれをたしなめるジラウの手がベゼルの腿をぽんぽんと叩いた。


「またジニさまは意地の悪いことを。

 ・・・確かにわたしはここへ来られる神徒モク、神徒スナロアとは異なる改浄主義に重きを置いていますが、まずはその一般的な先入観の誤謬を正したいと思います。


 この村へ入り、そして、ベゼルくんと言いましたね、あなたを前にするからこそきちんと説明しなければ、と席を同じくした時より思っていました。


 おそらく「改浄主義」と呼ばれる考え方で最も嫌忌されているのは、人種・部族差別を是認しているかのような姿勢でしょう。

 もちろん中には優等部族・劣等部族と名付けて分け隔てる不逞の輩がいることは否定しません。そしてそういった者たちが長らく改浄主義の神徒として居座ったせいでこのような語弊を招く結果になったことも事実です。


 しかし、中にはわたしのように生まれや育ち、その姿かたちで分けるのではなく、咎ある者、害なす者を、まっとうに暮らす民衆と区別し「浄化」の対象として対応すべきと考える者もいるのです。

 今のわたしはただのいち信者に過ぎません。しかしこの「新たな改浄主義」を旗に掲げて広めようと言ってくれる者が多数あります。


 無論そこには有史以来の命題、「罪と過ち」「罰と戒め」の峻別のため、基盤となる法を築かなければならないでしょう。


 とはいえ一介の信者であるわたしには旗を上げるせよ、統府へ上るにせよまだ迷いがあります。わたしの周りに集まる者たちが支援してくれることは大変うれしく、心強くは思うのですが、わたしはもうすこし広い世界を望みたい。


 ・・・この村に住むヒトたちに悲しい過去があることは耳にしています。

 しかし彼ら――あなたもでしょうか、ベゼルくん、あなたたちに苦しみを与えた者は未だ「戒め」すらも受けてないのが現状。その中には当然、厳「罰」を下して余りある者さえいることでしょう。


 ヒトの心の自浄作用を看過はしません。とはいえ全幅の信頼を置くにはあまりに粗末だと思うのです。


 この村が疲れ、傷ついた者を守り休めることのできる場所であっても、外へ出ればまた同じことが繰り返されるかもしれないのです。


 なぜっ!・・・咎なき者が心を潰され、それを哂いながらやってみせた者が未だ裁かれないのか、わたしは甚だ疑問に感じるのです。」


 その熱弁はまっすぐベゼルの胸を強く強く打った。


 統府にせよどんな組織にせよ、手も汚さず「みんな平和に」とだけキレイゴトを並べて面倒な悪と目を合わすことなく、理想とそれについてくる利権にばかり目を向けている現実に辟易していたのだ。


 そして匪裁伐という勧善懲悪を傷ついたこの村の者たちだけでこなさなければならないことにも、こんなにも正義に忠実な徒を「盗賊騒ぎ」で片付け、見習おうともしない統府や世間の民衆にも失望していたから。


 だからか、ロウツの掲げる「新しい改浄主義」というものに自分たちの認めてもらいたかった正義をベゼルは重ねて見てしまう。


「村の民として、その高き志に敬意を表します、信者ロウツ。我が村の長、赤目も同感することでしょう。私にできることがあれば―――」

「きみ、過ぎますよ。・・・すみませんお話を中断させてしまって。

 しかしぼくはこの村とずいぶん長く付き合ってきましたがそのような考えを持つ信者の方にお会いしたことがなかったもので、少々驚いています。」


 遮られたことに、なぜこんな高尚な思想を持つロウツに礼を尽くさせてくれないのか解らなかった。


 ジラウが匪裁伐という歪んだ実態を知っているのなら、いよいよそれを然るべき正しい組織に代行させなければならないと分かっているはずだ。

 非合法に悪を罰しても誰もそれを正義と認めず、事が妙な方向に転がりでもすれば途端に逆賊扱いさえ受けかねないのが現実だ。赤目たちの行為は正しくても、他の誰かや何かが民意を得てやってくれるに越したことはない。


 なのになぜジラウがそれを阻もうとしているのか理解に苦しむところだった。


「なるほど、つまり整合性に不服がある、ということでしょうかねえジラウ博師。

 まぁあなたがそう訝るのも不思議はありませんね、現状の改浄主義に不満があるのなら独立すればいいだけの話。今ここで協力して、差別をいとわぬ現改浄主義にまで力を与えてしまっては少数のロウツたちは権力に抱き込まれるのが顛末でしょうから。

 ・・・さてロウツ、ではあなたはどう説きます?」


 試すようにロウツを見遣るジニ。

 この程度の疑念や反駁は想定済みだったらしい。


「あなたが疑問を抱くのはやはり正しいと思います、ジラウ殿。

 しかしイモーハから離れてしまうとわたしの元に集う者は激減するでしょう。矢面に立つ決意がなければヒトの前へは出られませんが、はっきり言ってそうした者を担ぐ民衆には前へ立つ覚悟などありません。

 といってそうした決意なき民衆を束ね、集めなければ「うねり」は決して生まれません。誤解を恐れず言えば、わたしは改浄主義という肩書きを利用するのです。


 そして、あなたたちとてわたしに連なる者たちの多くの声が必要ではないでしょうか。


 今、各地であなたたちに賛同する者が行動を起こしていることはご承知のことでしょう。しかしまだまだ思想は民衆の理解を得られないまま、「小さな暴動が起きた」程度にしか受け取られてはいません。


 わたしたちにとってもあなたたちという協力者が必要ですし、あなたたちにとっても声を膨らませてイモーハ教の名前を添えられるとなればわたしたちを求める理由足りえるのではないでしょうか。


 ジラウ殿、あなたも既にこの『今日会』の参謀と噂され命を狙われる身であることは知っておいでのはずです。


 しかしわたしたちイモーハ教が手を組んだとなればそうそう滅多なことは起こらずに済むはず。そしてここで袂を分かつ結果となったとしても敵対することはないでしょうが、それぞれがバラバラに活動していてはあまりに時間が無駄に掛かってしまう。


 今このときも・・・今、このときも、罪を犯した者が野放しにされているのですっ!」


 ジラウにしたところでその実、反論など砂のひと粒ほどもなかった。

 それでも完全に賛同できないのはロウツの背後に黒く染まる熱意があったからだ。


 熱くたぎる心がヒトを動かすのはよくわかる。それが思いがけないスピードとパワーを備えることがあるのも知っている。


 ただその情熱が加速し続け、歯止めが効かなくなることが恐かった。


 決して若すぎるという年齢には見えないものの、「支援する者たち」にほだされると便宜を図ったり寄り道もしてしまいそうに見えて危なっかしかったのだ。

 寄り道とはつまり、自分たちだけでその理念を唱えていればいいはずなのに、組織を大きくするためとわざわざこうして『今日会』へ出向いてくる、ということだ。


「ふふ、誤解してますねロウツくん、ぼくはただの学者です。確かに深入りしているところはありますが『今日会』においていかなる権限も持っていませんよ。

 ぼくを、あるいはここにいる村の男を説得しても赤目くんが同じ態度を示すかは断言できませんが、赤目くん一人を説き伏せるよりもずっと距離を縮められるとは思います。


 長である赤目くんは強制をしませんからね、地道に『今日会』のヒトたちを口説いていかないとなりませんよ。」


 とはいえそれも時間の問題だろう。

 ややともすれば匪裁伐に乗り気でないながらその正当性に確信を持つ者なら、長である赤目に対するものよりも気楽に熱い視線をロウツに向ける可能性だって垣間見える。


「説き伏せるつもりはありません、ジラウ殿。わたしはただ唱えるだけです。

 ただ唱えるだけで、どれだけのヒトビトがわたしの気持ちを理解するか、この声に応えてくれるのかをきちんと見定めたいのです。この村の声こそが、わたしにとってとても重要な濃度を持っているからこそ目で耳で確かめたいと思い、また、それがまだ得られていないからこそ迷うのです。」


 担がれながら邁進するだけの愚者、というわけでもないらしい。

 ジニが見初めるほどの者である以上、ロウツを支持する信者の数はよしみや縁だけでまとまったものではないのだろう。


「・・・そうですか。信者ロウツ、ならば少し村を歩いてみてください。赤目くんが戻るにはまだ日にちが掛かるでしょうから。」


 イモーハの改浄主義一派から勢いに乗り、この村で礼賛でもされようものならロウツを必要以上に肯定する根拠になるかもしれない。


 そう訝りながらも結局のところロウツが「力に溺れずに済むかどうか」をたったこれだけのやりとりで見抜くことなど叶わない。

 しかし事の推移を自分たちが見守ってやれば取り返しのつかない過ちは避けられるかもしれないな、そう、ジラウも思い始めていた。


 彼も望んではいるのだ。

 冠名を持つ者や富を独占する者たちによる腐敗しきった政治と正義の終焉を。


「なら、俺が案内します。」


 そこでジラウへの疑念と反比例するロウツへの期待に胸を膨らませたベゼルが手を挙げる。


「ではそうさせてもらいなさい、ロウツ。私はジラウ博師ともう少しおしゃべりがしたいので。」


 薄明かりに覗く黒目のジニが微笑むようにロウツの背を押す。


「ええ。ではお願いします、ベゼルくん。」


 そんなふうに接してもらったことのないベゼルは得意になり、さ、こっち、とロウツを呼んで外へ出て行った。



 かたん。


「・・・信者ジニ。あなたの目的は何です?」


『今日会』参謀と名指しされるだけあって、ジラウはわずかでも疑わしい部分があればそれを起点に可能性の芽を打算的に摘んでゆく。


「ロウツの社会勉強ですよ。・・・ではダメなんでしょうねえ。」


 水をひとくち含み、こわばった顔でこちらを見つめるジラウに笑む。


「今の社会構造を変えるためには確かに声の小さき民衆の団結や発言は不可欠です。

 しかし信者ジニ、恣意的に乱世へと導いて果たしてあなたの思うとおりに平等はやってきますか?


 体制を覆し、世にも麗しい「革命」の美名の下で変化が起こるとして、その犠牲になるのが汚れた富裕層だけで済むとお思いですか?


 新たな時代の幕開けの、その変遷の中で秩序が乱れれば真っ先に涙を飲むのは力なき者たちではありませんか。


 ・・・力でしか壊せぬ壁があっても、その強大な力の犠牲となる者を出さぬよう道を築くのがヒトの知恵ではありませんか?」


 ジニと距離を置くモクやスナロアから彼の思想は聞いていた。


 体制の立て直しや民衆の意識を翻すには、順当な手段だとどうしても時間や労力が掛かってしまう。一方、少しずつの改善では一進一退の中のおこぼればかりとなり、やがて変革を求める心すら萎えて下火となってしまう。

 歴史的な改革を望むのならヒトビトの声を短期間で最高潮に仕立て上げなければいずれ時の諫めによって半端な達成に収束してしまうだろう。


 ジラウには判らなかった。

「革命」がバラ色の未来を約束すると決まっているはずがないのに、心のどこかでそんな夢物語を信じていたくて。


「なるほど。・・・・・・有史以来、ヒトは大いなる知恵を絞り今へ辿り着いたはず。拒みたくなるこの現在でさえ、無知が築いた歴史ではないのですよ。


 ジラウ博師、歴史の中に知恵はありました。取り上げられたもの、そうでないもの、ねじ伏せられたものも含め、もしかしたら今私たちが頭を捻っている難題にさらりと答えられるものすらあったかもしれません。


 しかし、私たちは頭だけで生きているわけでも理性だけで生きているわけでもありません。そして知識と知恵には限界がある。それが今の、知識も知恵もあった過去から続く今の、私たちの答えなのではありませんかねえ。


 民衆にだってある知恵は、しかしこの現在でどうして統府に届きましょう。役職についてなければ「なかった」ことにされるそれを掬い上げることが誰にできましょう。


 ジラウ博師。ヒトは戦いますとも。

 己を、大切な者を守るためなら、確かな光を掴み取るためなら。戦いますとも。」


 神話に語られる《センサフ》では誰しもが戦ったという。女こどもから老人まで、体に不具合のある者さえ戦ったという。


 そんな体験などないジラウには背筋を伸ばして「違う」と言えなかった。

 戦いたくない者だっている、とは言えなかった。

 言えない自信のなさが、恨めしかった。


「・・・あなたの求める〔ヒヱヰキ〕はここにはありません。ユニローグの手掛かりだって―――」

「構いませんよ。赤目に訊くだけのことですから。」


 ジラウのことなどハナから信じていなかったかのようにジニはそう言ってふふと笑う。


 目の前に大いなる力を熱望する者があるのに、その者は乱世を期待してすらいるのに、ジラウにはどうすることもできなかった。


 たとえこの場でその命を奪ってもジニと同じように考える者がやがてここを訪れることに変わりはないから。


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