第35話  安土山に城を築く

明けて天正四年一月一日、岐阜城では例年のように年賀の出仕が行われていた。

その場で、改めて信長は、皆に新しい城を近江の地に築くことを宣言した。


「織田の家督は、信忠に譲る。予は天下人として帝をお支えするために働く所存である。そのために、これまでも清洲、小牧、岐阜にて城づくりを行ってきたが、これまでにない新しい城と新しい町を築くこととした」


「その地は、近江である。近江の地は、国の中央に琵琶湖という大きな湖を抱えと扶翼な土地に恵まれた豊な地、風光明媚な国である。街道・海道が集まり、多くの商人たちが行きかう。岐阜にも近く、京にも近く、格好な場所である」


「これまで、岐阜から京へと幾度となく往還を続けてきたが、六角が支配していた豊浦庄常楽寺に宿したおりに、六角の観音寺城の麓にある目加田山を見た。三方を海に囲まれ南に大きく開けた地は地相が良い。予はここに城を築くこととした」


「城の名は、麓に古くからこの町にある名、安土とする。普請奉行には丹羽五郎左衛門に申し付ける」と、一同に向って一息に話した。


「ありがたき幸せ、命を懸けて、全う致しまする由にて、この五郎左にお任せくだされ」と丹羽。うなずく信長。つづけて、


「城は当代随一にして、天下無双でなければならぬ」


「作事は岡部がよかろう。全てまかせろ。山じゅうに近江の諸寺院の石工を召し寄せ累々と石懸を巡らせそれを盾となせ」


「そして山の頂にはこれまで誰も見たことのないような、高い天主を立てる。坂本やらどこやらにあるような陳腐な矢倉ではない。あのようなものを天主とはよばせないようなものだ」と息を撒く


「天主には、後藤を呼び寄せ金銀、青丹に飾り立て、一官に瓦を葺かせ、狩野か描く襖絵で部屋、部屋を埋め尽くし、遠く明の皇帝の宮殿とも思えるような塔をつくる」と付け加えた。


一同は、どのようなものか、想像もつかず、目を白黒させるだけであった。

しかし、まだ話はこれだけではなかった。


「予は、この城に天子様をお呼びする。室町が3代にわたって執り行った行幸をお願いすることである」


「これにより我が国の内外に、信長以外の者はおらぬという事を知らしめることができる」


「さてさて、皆の者、用意は周到か。いずれそちらも天子様の侍従となることであろうよ。そのためにはこの信長のために働け。よいか」と、一同はさらに開いた口がふさがらず、沈黙の時間が続いた。


「では、よろこびを祝して、みなのもの盃きを」と、にやにやした顔で、後ろの方から声をかけたのは秀吉であった。


またお前かという顔をしながらも喜ぶ信長に一同は、盃を上げて飲み干した。


そして、安土山の普請がその月の中ごろから始まった。

まず、山の木々を切り取られ材となすべく麓の町に運び込まれた。


麓には六角時代から続く、佐々木庄と豊浦庄という二つの荘園が存在しており、そこの名主で材木を扱っていた木村次郎左衛門が取り仕切った。


山から降ろされた樹木はすぐに製材に回され、建物の作事に入った。

最初に作られたのは信長の下屋敷である。山麓に作られた信長の下屋敷は、それだけでも守護所となるほどの大きな書院造の屋敷であった。


二月二十三日に信長はここに移徒した。

それにあわせて、信長の馬廻の者共も山下町に土地が下され、各々で屋敷普請を行うことが命じられた。


そして、その完成を祝い、褒美として丹羽には名物の周光の茶碗が下された。


四月一日からは、山全体の普請が始まった。

築城に当たってもっとも大変な作業は、縄張りによる普請である。


これまでにない大規模な城、その土台である普請をすべて石懸りで行うことには、この時にどこにもその類がなく、その技術はもとより、その縄張りをどうするのかが、最も大切な案件であった。


信長は毎日のように現場に立ち、直接その指示に当たっていた。城の全体像は信長の頭の中にしかない。


自ら考える城を具現化するため、尾張・美濃・伊勢・三河・越前・若狭、畿内の諸刻、京、奈良、堺の人工、大工をはじめとするすべての諸職人が集められた。


石懸に使う石は、安土山のものだけでは足りず、近くの観音寺山、長命寺山、伊庭山、沖島などから引きずり降ろされた。その数、三千ほどの大石である。

これを船や陸路を使い安土山に運び入れて宛てた。


これら石奉行には、西尾小左衛門、小沢六郎三郎、吉田平内、大西などに命じられていた。


ただし、安土山を見下ろす観音寺城はその防御的機能を残すため、信長は石を降ろすことを許さなかった。


大石は、昼夜を問わず、麓から山頂へと向かう石引道を、多数の人工が大綱を以てひきあげるという作業が続いた。


とくに、鮑石という巨大な名石は、秀吉、滝川、丹羽らの配下が一万ばかりで引き上げようとしたが三日三晩もかかっても登がらなかった。


石の下敷きになるもの、引き上げた石が転げ落ちるなどのことを繰り返しながら、次第に城としての体裁が外から見ても判るようになってきた。


その姿は、遠くからでも見え、突如として現れた巨大な要塞に町の衆も目を見張るばかりであった。


安土で築城が始まったという話を聞いた天皇は、

「どうして信長は京に来ないのかと、朕を遠ざけておるる」と、公家たちに吐いた。


「信長に京にも屋敷を設けるように申し伝えよ」ということになり、信長にそのことが伝えられた。


申し渡された信長は、ひとまず安土山の築城は、信忠に任せることにして、京での屋敷建設のために洛中へと向かった。それは、四月晦日の事であった。





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