僕のモテテクニックを見とけよ!
婚活パーティーのタイムスケジュールはリストランテ・ナナミでの会食の後、フリータイムとなって商店街を散策することになっている。参加者にはリバーウエスト商店街の地図が渡され、その地図にマーキングされた地点に別れて行動する。マークは川端書店、
会食が終わったら放蕩息子先生に一旦参加者側から離れてもらい、書店のサイン会用に設けられたスペースで来店した者たちにサインと握手をする。その際に先生の書籍化されている本が渡され、金券一枚と交換で先生がその本にサインをする。会場で渡される先生の本は春海が用意したもので、そうなると500円のチケットだけでは費用オーバーとなってしまう。元より婚活パーティー自体が儲け度外視の企画で、春海もそこに賛同してのことだったが、さすがにそれは悪いと商店街の会費からオーバー分を補うという大悟の提案を、春海は放蕩息子先生とお近づきになれたことが自分への果報だと言って自腹を切ることを譲らなかった。見た目はおっとりしているが、芯はしっかりしていて頼りになる存在だ。機嫌さえ損ねなければ、だが……。
川端書店のイベント内容に満足した大悟たちは、次に南から北へと商店街を突っ切り、アーケードを北に抜けて突き当りにある
リバーウエスト商店街の全長は200メートルもなく、一般的な商店街の粋を出ない。シャッター街化している各地の商店街に比べるとまだまだ開けている店の率は高いが、それでも約50店鋪分ほどあるテナントの、五、六軒に一軒はシャッターが閉まったままで、その率は年々多くなっていた。アーケードの半透明の屋根の向こうに広がる空はすでに紺色を濃くし、昼間の湿気の高い熱気が屋根に覆われた下の通路に溜まっている。生温い風に吹かれながら、商店街を突っ切る三人に、あちこちからお疲れさんと声がかかる。ガラガラとシャッターを下ろし、各店鋪が店じまいする時間帯だった。
声をかけられる度に纐纈が片手を上げ、遊説している政治家みたいにお疲れさんと返しているが、声をかける者のほとんどは大悟か硯徳を見ていた。世話役の
「スズちゃん今日は来んかったね。これ、持って行きなさい」
そう言って手に持ったビニール袋を差し出しながら声をかけてきたのは、
「おお、これはこれは、わざわざどうも」
ビニール袋を纐纈が受け取ろうとするのを、玉恵はサッと引っ込める。
「あんたにあげるんと違うわ」
纐纈の手がスカッと空を切るのを見て、大悟がプハッと息を吹いた。口を尖らせる纐纈を横目に、硯徳がいつもありがとうございますと言って袋を受け取る。硯徳が食事当番の時は必ずこの白井豆腐店の豆腐を味噌汁に入れるのだが、店に買いに行くといつもタダで持たせてくれる。一丁百円のこととはいえ塵も積もれば山となるわけで、最初の頃は硯徳も払うと言い張っていたが玉恵も頑として金を受け取らず、今ではその好意に甘んじている。
「ばあちゃんとこの豆腐、相変わらず美味いなあ。さっきナナミで頂いたよ。協力ありがとね」
大悟が頭を下げると、玉恵は何の何のと手を振る。そして、
「明日は
と、頭を下げ返した。息子の明は父親譲りの職人気質で、口下手で無口なのが災いしてか、五十を過ぎても独身を貫いている。そんな明を婚活パーティーに誘ったのは硯徳だった。パーティーの目的の一つは商店街の高齢化事情を何とかすることで、硯徳の頭に真っ先に浮かんだのは白井豆腐店の現状だった。
「ばあちゃん、任せといてよ。明さんにいいお嫁さん見つけてみせるからさ」
硯徳が思ったことを、大悟が口にしてくれる。明は参加者最年長で、条件的には厳しいかもしれないのだが、硯徳は自分のことよりも何とか明をサポートできないものかと考えていた。
玉恵おばあちゃんと別れてアーケードを中程まで進むと、先程打ち合わせをしていたリストランテ・ナナミが営業に入ったのが戸口の明かりから伺えた。今日の営業は婚活パーティーの打ち合わせのために開店を遅らせてくれていたのだ。
「スズー!」
ナナミの隣りの店から声が上がり、一人の男の子が駆けてくる。
「よし来い!」
纐纈が屈んで手を広げたのをヒョイと避けると、男の子は硯徳に突進した。ちょうど股間の当たりに男の子の頭がぶつかり、硯徳はおふっと変な声を上げる。バツが悪そうに立ち上がる纐纈の前から、小太りの男性が近づいてきた。ナナミの隣りのおもちゃ屋ミヤワキの店主、
「今日は
「いやいや、翔はうちにも普段よく遊びに来てくれるから、全然大丈夫」
ナナミの息子、翔はいつも店が落ち着く9時前くらいまで学習塾で硯徳が面倒を見ているのだが、今日は打ち合わせに出るために健太にお願いして見てもらっていた。ちょうど店を閉める時刻となり、健太は翔を伴ってナナミに寄るところだったのだ。
「健太さん、明日はよろしくっす!」
大悟が声をかけると、健太の顔に緊張の色が走る。健太は三十路半ばの独身で、彼も明日の婚活パーティーの参加者なのだ。
「あ、ぼ、ぼ、ぼくなんて、参加して、ほ、本当に、大丈夫、なのかなあ?」
急にどもり出した健太の肩を、大悟がぽんぽんと叩く。
「健太さん、気楽に気楽に!あんまし重く考えずに、楽しもうよ」
健太はカメラが趣味で、主に珍しい鉄道をカメラに収めるいわゆる撮り鉄というやつだ。趣味に没頭するあまり女性との付き合いは疎かになったらしいが、女性の前に出ると途端にどもることもその一つの要因に思えた。普段は大悟たちを相手にどもることはないのだが、婚活で女性と話さなければならないことを今から意識してどもり出したのだろう。彼も、硯徳が何とかサポートしたいと思っている参加者の一人だった。
「スズばいばーい」
翔が硯徳に手を振りながら、健太に連れられてナナミに入っていく。二人を見送っていると、大悟が急にわははと笑い出した。
「ん?どしたどした?」
訝しげな顔を向ける纐纈を大悟は指差す。
「それにしても、シャチョウってさあ、子どもからお年寄りまで漏れなく人気ないっすねえ」
自分が笑われていると分かった纐纈はみるみる顔を赤らめる。
「うるさいうるさい!僕は年寄りやガキンちょに興味ないんだよ!女の子にモテさえすればそれでいいんだ!」
「おおー!言ってくれるじゃないっすか〜!じゃあ明日はお手並み拝見っすね」
「おお、僕のモテテクニックを見とけよ!」
大悟が纐纈を呼ぶシャチョウという言葉には、敬意よりも揶揄の色合いが濃い。大悟が纐纈のカップリングする率が低いと見ていることは、硯徳も手に取るように分かった。
「だいたいシャチョウはさあ、お客さんを前にしても高飛車過ぎるんすよ。もっと平身低頭にしないと、評判悪いっすよ」
ちょうど纐纈の店の前を通りかかり、大悟がすでにシャッターを閉めているその店に視線を走らせながら、年下を諭すように言う。
「僕の店にあるもんはね、見る人が見ればその価値が分かるんだよ!その証拠にちゃんと食べていけてるんだから、君にとやかく言われる筋合いはない!」
纐纈の性格からして素直に大悟の言うことを聞くわけがないのだが、「纐纈商会」などといういかがわしい屋号を目にしながら、硯徳には彼の言うことにも一理ある気がした。硯徳自身は纐纈の店で買物をしたことはなかったが、水醐堂の真ん前に店があるのでよくその前は通りかかる。さすがに店が客で溢れかえっているなどという状況は見たことないが、それでもポツポツと人が訪れているのはよく目にしていた。
「よー!遅かったじゃん」
やがて水醐堂の重厚な門構えが見えてくと、夕闇に染まった黒い門扉のシルエットの前で動く人影がある。冬星が門から出て手を振っていた。
「おおー!トウセちゃん、日に日に女っぽい身体つきになってるのがシルエットでも分かる……」
纐纈が言い終わらないうちに、スパーンと小気味いい音が鳴る。冬星が手に持っていたピンク色のスポーツチャンバラ竹刀で纐纈の頭を打ち据えたのだった。
「よおセクハラ親父!あんたも日に日にエロくなってくなあ」
イテテと頭を擦る纐纈に眉を潜ませながら、大悟と硯徳は、いちいち第一声で女性たちを怒らせて回る纐纈のテクニックとやらで、明日空滑りしまくる予感に苦笑するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。
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