第5話 第二世代

 航行を続けて一年ほど経過したころ、艦内に大きな変化が訪れた。

 その日、艦内は静まり返っていた。

 人も、動植物も今か今かとその時を待ちわびている。

 やがて、産声が上がった。


「生まれたぞ! 生まれたぞーっ!!」


 歓喜に包まれる艦内。

 この日、宇宙で初めて人類の赤子が出産された。

 文字通り生活圏を宇宙にうつし、そこで新たな世代を紡ぐことが出来る。

 果てしない旅路にも、僅かに希望が見えた日であった。


 人々は熱狂し、踊り狂う。

 飲めや歌えの騒ぎは24時間以上続いた。

 居住区は喧騒に包まれ、誰もが笑顔を浮かべている。


 そんな時、管制室では老人が一人、疲れたように椅子に深く腰掛けていた。


「……ふぅ」


 疲れと安堵が混ざった顔は、いつも以上に老けているようだった。


「キャプテン、何かありましたか」

「ナンムか……お前からコンタクトを取ると言うことは、何かあったか?」

「いえ……何故か、そうしなければならない、と感じたからです」


 それは、恐怖であった、

 今声をかけないと、この老人がどこかに消えてしまうように感じられたからだった。


「なあに、ホッとしたら疲れが出て来ただけのことだよ」


 もう一度、深い溜息を吐く。

 安定航行に入った管制室には最低限の人員しかおらず、静かなものだった。

 目の間に広がっているのは宇宙の闇。その先に見える僅かな恒星の灯り。

 コンソースが定期的にコンディション・グリーンを報告する。


「なあ、AIよ。俺は十分に生きられたかな」


 老人の呟きに、AIは迷うことなく自分の意見を述べる。


「あなたは十分に己の仕事を遂行しています」


 人類初の世代交代型移民宇宙船。始まりのテロリストの襲撃から、一年の間に大小のトラブルは幾つもあった。

 それも『大変だった』と笑い飛ばせるくらいにはなった。


「そうか、ありがとうよ」

「まだまだ、キャプテンには仕事をしてもらわなければならない」

「やれやれ……老人に無理を言ってくれる」



 それから十年、この老人は船の舵を握り続けた。


 その命が尽きて、船のための資源となった日、ジウスドラの生命は皆、涙を流したと言う。

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