とある戦争屋と勇者と魔王の旅 ~世界の命運は3人にかかっている!
牟川
プロローグ
「ここが、ラバノンという都市なのか。やはり魔族連中が多いようだが、襲ってくる気配はないようだな」
ここは、魔王領の都市ラバノン。
勇者一行は、度重なる困難に立ち向かい、やっとの思いで魔王領内に踏み込んだのであった。
目的は魔王討伐。
それが、勇者に与えられた使命である。
ところが、ここで勇者は絶望することになるのだった。
「まあ、殆どの魔族は一般市民だしね。襲って来るなんてありえないわ。ふふ。むしろ貴方は、私たちを警戒するべきだったのではないかな? 」
パーティメンバーの1人である女魔法士が、そう言った。
「へっ? 」
勇者は、仲間たちが意味のわからない冗談を言ったのだと思ったので、そんな声を出してしまった。
パーティメンバー全員が、突然それぞれの武器を取り出し、勇者にそれを向けてくるのであった。
勇者が仲間だと思っていたパーティーメンバーは皆、魔王の手先だったのだ。
「お、お前ら……。お前ら、全員魔王の手先だったのかよ! 」
「まあね。でも兄さんが間抜けなおかげで、こっちも助かったわ」
しかもその1人には、勇者の妹も含まれていたのである。
妹も、勇者のパーティメンバーだった。
「ディ、ディアナ、まさかお前も……なのか? 」
と、勇者は恐る恐る訊いた。
「そうよ。私はこの旅が始まるずっとずっと前から、魔王様に忠誠を誓っているの。決してお金で釣られたとか、脅迫をされているとかではないわ」
実の妹からの残酷な告白。
勇者の心を壊すには、充分すぎるものだった。
絶対悪とされている魔王を倒すという使命を、誇り高きものと思っていた勇者にとっては、それは当然なのかもしれない。
「ど、どうして。まっ、魔王に忠誠って……そんなの信じられない」
勇者は震えた声でそう言った。
まだ、まだドッキリか何かそういう類のものなのかもしれないという僅かな期待と希望が勇者にはあったのだ。
もちろん仮にドッキリのようなものであったとしても、勇者は妹たちと仲を修復することは容易ではない。彼にとっては絶対悪である魔王の手先のふりをした時点で、妹や仲間たちとの絆や信頼といったものが壊れたのだと感じているからである。
しかし、現実は違うのだ。
勇者にとっては一番最悪と考えていること、それこそが現実なのである。
「兄さんには悪いけど、これからは牢獄での生活になるわね。ところで前々から魔王様を絶対悪だと思っていたみたいだけど、その考えやめてくれない? とてもムカつくから」
妹を含め仲間だったはずの者たちに身体を拘束されたことで、勇者はようやく現実を知ったのだった。
こうして、勇者は魔王の手先によって捕らえられ、牢獄に幽閉され、心を病んだ。彼の心が晴れるのは幾分かの月日が経った後、≪ある男≫が彼に接触する時を待たなければならない。
そして彼の心が晴れる時、彼は全てを思い出すのである。
※
私は今、アリバナ王国にやって来ていた。
このアリバナ王国は【西方大陸】又は【魔族大陸】と呼ばれる大陸にある国の1つであり、その王都アリバナシティに私はいるのだ。
とある大衆酒場で、私はある人物と会っていた。
「中々、司祭の服が似合っているじゃないか」
私は隣に座った彼にそう言った。
彼は黒髪の角刈りに、司祭の服を着ていた。背丈は私よりも少し高いくらいで、恐らく175㎝ほどか……。
因みに髪型は私も彼と同じで、髪の色はブラウンである。
酒場とは、本来司祭の職にある者が訪れるべきではない場所だとは思うが、私はそんなことは知ったこっちゃない。どうせ、教会は酷く腐敗している組織であるので、今更気にする必要はないからだ。
だが、司祭の服装のままで酒場にやって来るのは如何なものなのか。案の定、酒場の客たちがジロジロと見ている。
「カルロさん。司祭の服が似合っているなどと冗談でも言わないでくださいよ。司祭なんて、やりたくもないのですから」
彼は小声でそう愚痴る。
彼の職業は服装のとおり、一応は司祭ではある。しかし彼はこんな職に就きたくもなかったはずだ。私はそう思っている。
「まあ、あんな連中など崇拝したくないしな」
「ええ。それは当然ですね。本来は、僕ではなくエナモンの奴が司祭になっていたはずなのに」
と、司祭も頷きながらそう言った。
教会が崇拝する対象は、とんでもない醜悪な連中だ。だが、それを民衆たちは知らない。教会の巧い洗脳政策によって、騙されているためである。
「ところで、さっき言ったことは本当なのか? 」
「ええ。面白そうだったので、貴方も勇者の同行者として指名しておきました。よろしくお願いしますね」
全く迷惑な話だ。
私の長期休暇の最後の期間を、このような形で潰されるなんて。
「いやお前ね、大切な残り少ない休暇を潰されたんだけど。どうしてくれるの? 」
本当にどうしてくれるんだよ。
「いやあ、勇者のお守をして案外良いこともあるかもしれませんよ? 」
馬鹿なことを言うんじゃない。
「物凄く迷惑なんだがな? 」
本当に迷惑極まりない奴だ。
全くもう、嫌になるね。
「ではお詫びに、ちょっとした情報を」
司祭の声は一段と小さくなる。
「なんだ? 」
「近々魔王軍がプランツ王国を攻めこむみたいなのですよ。ですので、投機目的に色々買っておくと良いかもしれませんね」
魔王軍がプランツ王国を攻め込むだと?
一体どのような理由で攻め込むのだろうか?
プランツ王国は魔王領と国境を接しており、またアリバナ王国の隣国でもある。プランツ王国が陥落すれば、次はアリバナ王国の番かもしれない。
ともかく、彼の言う通り色々と買い込んでおくか。とりあえず、贔屓にしている商会に武器を買い占めしてもらうよう頼んでおこう。
「そうそう。近々ロベステン鉱山に調査へ行くことになっておりまして、良かったら西ムーシ商会の当主に、武器の買い占めをするよう伝えておきますけど、どうします? 」
流石は、気の利く奴だ。
「ああ是非とも頼む」
「かしこまりました」
そして私は、懐から10枚の紙を取り出したのであった。
「グランシス商会の約束手形だ。決して着服するんじゃないぞ? 西ムーシ商会のプランツシティ支店に、買えるだけ買っておいてもらうよう言っていてくれ」
「わかりました。ではお預かりします」
司祭が、約束手形10枚を受け取ったことも確認したし、そろそろ休むとしようか。
「さて、そろそろ私は宿に戻るよ」
そう言って、私は自分の分の代金を机に置く。
「そういえば欠席裁判の件は、もう聞きましたか? 」
「いいや?」
「無罪になりました」
「それは良かった」
長い裁判もこれで終わりか。
予定通り、無罪のようだ。まあ、敵だった連中も殆どが無罪なわけだし、ある種の取引関係にあった結果だ。本当に私が無実かと言われれば、それは甚だ疑問である。
ともかく、私は大衆酒場を後にした。
「痛っ! ……くそ、毒か!? 」
大衆酒場を出た瞬間、首筋に痛みを覚えたのである。
何か細い針が刺さったかのような痛さである。直感的に私は毒針による攻撃だと判断した。
「くそ誰だ」
私は痛みを感じる場所に軽く手を触れると、案の定その部分には縫い針のような針が刺さっていた。
今のところ毒による作用は感じない。
しかし、遅効性の毒かもしれないので念のため解毒魔法を発動した。その間も周囲を見渡したものの、怪しい人物は見当たらなかった。
このような大衆酒場の目の前での犯行だ。堂々と犯行に及んだ後、走り去っていくというパターンがもっともシンプルだろう。
だが、このパターンだと顔が割れる可能性が高い。
その他のパターンとしては、物陰からの犯行だ。或いは、あくまでも単なる通行人のように装い近づき、一瞬で実行する。その後は、また通行人を装って去っていくというものだ。
「仕方ない。宿屋に戻るとするか」
これは暗殺だ。
しかし私は生きている。
よって暗殺は失敗したのである。
ともかく、暗殺未遂の現場となったこの場所にずっと残っていれば、暗殺者にチャンスを与えることになる。だから私は宿屋へ戻ることにしたのだった。
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