不測の事態 ⑤
「れい、りゅ……さま」
息がしづらい状態なためか切れ切れに聞こえる晋以の声。
話すのも苦しいだろうに、彼は「ははっ」っと笑い言葉を続ける。
「この様に、助けにくるなど……よほど気に入っていると、見える」
「……そうか、お前は陛下子飼いの暗殺者だったな」
晋以の言葉には応えず、令劉は淡々と話す。
ちっと舌打ちが聞こえ、忌々しげな声が絞り出された。
「このままくびり殺してやりたいが、こんなところで殺せば陛下に不審を抱かれかねない」
「では、どうします……? このまま、生かしたら……私は、その間者があなたの
令劉の意思一つで殺されてしまうかもしれないというのに、晋以は楽しんでいるかのように笑う。
しかも番という言葉が出たということは、晋以は令劉が吸血鬼だと知っているのだろうか。
「儀国に、捕らわれた……哀れな吸血鬼殿。……その者が死ねば、あなたは永久に捕らわれ――ぅぐっ!」
「黙れ」
哀れみすら浮かべた目で見下ろす晋以の首を令劉は怒りの感情のまま締め付けた。
物理的に黙らせられた晋以は苦しげに呻くのみ。
「……私が吸血鬼だということも知っているならば、吸血鬼の能力に催眠術があるのも知っているのだろう?」
(催眠術? そのような能力もあったの?)
明凜は驚くが、令劉が血を吸っていた女官はまるで操られている様に指示に従っていたことを思い出す。
忘れろという言葉通り、本当に忘れたのか後になっても血を吸われたなどという話が聞こえてくることがなかった。
「完全に忘れるよう強く掛けると精神にも異常が出るが……すでに異常なお前ならば大した問題ではないだろう」
感情を無理矢理抑え込んでいるような声の後、令劉は口から泡を吹いている晋以を床に落とす。
「ぐはっ! かはっ!」
咳き込む晋以の胸ぐらを持ち上げ、今度は令劉の方が晋以を見下ろした。
持ち上げられた晋以は流石にもう余裕の表情ではなくなっている。
憎々しげに令劉を見上げ、「このっ!」と腕を動かす。
「くっ」
何をしたのかまでは見えなかったが、令劉が僅かに呻いた。
大丈夫なのかと心配になったが、彼はそのまま晋以の目を見る。
目が合ったのか、晋以の目が見開き瞳孔が開くと、そのまま腕がだらんと落ち大人しくなった。
「くっう……」
晋以を離した令劉は、呻きながら左腕から何かを抜く。
抜くと同時に床へと落とされたそれが小刀だということと、香ってくる血の臭いで刺されたのだと分かった。
「っ! 令劉様? 大丈夫なのですか!?」
晋以はもう動かないと見て、明凜は令劉に近付く。
ぶらりと下ろされた左手からは、ぽたりぽたりと赤い雫が落ちていた。
「それは私の台詞だ、明凜……すまない、もっと早く来られれば良かった」
「十分早いので大丈夫です。それより早く手当をしなければ!」
彼の止まらぬ血に焦りを覚えた明凜は、令劉の右腕を掴みとにかくこの場から離れようと引く。
人ならざる者だとしても、血を流しすぎればやはり死んでしまうのではないだろうか。
このままの状態で無事でいられるとは思えず、恐ろしくなる。
(嫌、令劉様がいなくなるなんて嫌)
先ほど晋以によって与えられた恐怖よりもそれは恐ろしく、明凜は必死で令劉の腕を引く。
そんな、今にも泣きそうな明凜を令劉は引かれている腕で優し抱き締めた。
「私は大丈夫だ。それよりも、お前が無事で良かった……」
心の底から安堵するような囁きに、明凜は胸がいっぱいになる。
助けてくれた。
嫌悪と不快感しかない晋以の手から助け出してくれた。
抱き締めて来る令劉の腕は、晋以とは全く違い、優しく、温かく明凜自身を求めてくれている。
心地よい腕に、素直に嬉しいと思った。
「だが、確かに手当はせねばならないな。とにかくこの場を離れよう」
「……はい」
抱きしめる腕が緩められたことに少し寂しさを感じながら、明凜は頷いた。
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