第28話

 今までならばスリラリアという名前はただの負債でしかなかった。

 その名前を聞いて、好印象を持つ人間はいなかっただろう。


 獣の森に面した、北の寒い地方。

 治安維持の為に常に兵士をおく必要があり、金ばかり必要な土地。


 しかし、それはスリラリアの人間達の尽力によって変わった。

 大きくないその土地は相変わらず農業は向かない。

 何とか作り出した冷害対策用の農作物達も、自給をまかなうのがやっとだ。


 ──けれど、今スリラリアは魔獣を狩ることによって莫大な利益を生み出していた。


 冷害対策の農作物だって、私は大したことはしていない。

 だが、魔獣を狩ることによって生み出した利益についてはさらに運が見方したというべきだろう。

 何せ、魔獣を狩れるようになった要因、その武器を生み出したのは元々スリラリアにいた人間。


 天才があの辺境の地に生まれていたという幸運のおかげなのだから。


 私はただ、彼から教えてもらう幸運を持っていただけにすぎない。

 ただ幸運だとしてもスリラリアは発展し。


「さすが豊穣の女神。貴女様なら女性初の領主というのも納得です!」


「……私はただ、女王陛下から命をうけただけですので」


「女王陛下からそんな熱いご信頼を……! 私、感激いたしました!」


 そんなスリラリアを手にした私の方が、マキシムより媚びを売る相手だと貴族達は判断していた。


「この……!」


 そんな私に対し、マキシムは憎しみのこもった目を向ける。

 明確に私を敵と判断した目を。


 今更すぎるその態度に、私が呆れを抱いていることにも気付かずに。


 あえて私は真っ向からマキシムの視線をうける。

 マキシムは知る由もないだろう。

 そんな怒りの何倍も、私はマキシムに怒りを抱いていたことに。


「……っ!」


 ただ真っ向から見返された、それだけでマキシムがひるむのが分かる。

 その顔にはそんなことされるなんて、と雄弁に書いてあり、その事実がなおさら私の心に呆れを生む。

 本当にマキシムは私の事を見ていなかったのだと。

 その気持ちが伝わった訳ではないだあろうが、マキシムの顔に再度怒りが浮かぶ。


「いい気になるなよ、ライラ……! ここに宣言してやる! お前がこの様な暴挙にでるというなら、ドリュード伯爵領はスリラリアと断絶する!」


 会場に別のざわめきが広がったのはその時だった。

 それも当然だろう。

 スリラリアが独立しても、ドリュード伯爵家とは隣接している。

 そのドリュード伯爵家が断絶するといえば、スリラリアがこのままでいられるかどうかなど分からない。

 その事くらいは理解できていたのか、私をみるマキシムの顔に浮かぶのは勝ち誇ったような表情だった。


 ただ、マキシムはもっと理解すべきだった。

 マキシムも理解できることが、私に理解できない訳ないと。


「おっと、聞き逃せ無いですね」


「……え?」


 その事を私の代わりに教えてくれたのは、招待席に座っていた男性だった。

 その姿を見て、マキシムが呆然と立ち尽くすのが分かる。

 そんなマキシムに、にっこりと笑いながら彼、公爵家当主アルダム・バルダリアは告げる。


「誰の許可を得てそんな勝手を強行するつもりですか?」


「何、を……」


「ここに宣言しましょう。スリラリア領の後ろ盾は我がバルダリア公爵家であることを。──スリラリアを害する気なら、我が公爵家を敵に回す覚悟で来なさい」

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旦那様、離縁の準備ができました 陰茸 @read-book-563

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