第10話

「何を、考えているのですか?」


 何とか絞り出した私の声はかすれていた。


「何を言っている? 何も考えていないさ、私はただ一般論を言っているだけなのだから」


 それに対するマキシムの声は楽しげでさえあって、私は理解する。

 ……本当にマキシムは何も考えていないことを。


 それは初夜式の準備にどれだけ時間がかかるか、なんて常識の話だけでは無い。

 どれだけ自分が致命的な選択の岐路にあるか、マキシムは一切理解してなかった。


 ガズリアの危険性も。

 ここで公爵家の怒りを買う想定も。

 失敗した時にどれだけ大きな被害に遭うのかということも。


 その全てをマキシムは考えていない。

 その上でただ、私を脅す手段として有効だと思ったからガズリアと手を組んだ。

 そう理解した上で私は受け入れられなかった。


 ……そんな幼稚な理由で、全てをぶちこわそうとする男が私の夫であることが。


「ガズリアが私達を狙うと、どうして思わないのですか……?」


「ん? 何を言っているそんなことあるわけないだろうが」


 そう告げるマキシムを見て、私ははっきりと確信し絶望する。

 本当にマキシムは何も理解していないと。

 ガズリアが復権次第私達を狙わない訳がないのだ。

 ……なぜなら、ガズリアを失脚させ、現公爵家当主アルダム・バルダリアを現地位につけたのこそ、私、ライラ・ドリュードなのだから。


 冷害に至る前、バルダリア公爵家では魔獣暴走が起こった。

 今までおそれられつつも盤石だったガズリアの権力にひびが入ったのはその時だった。

 そしてそれにつけ込み、アルダム・バルダリアはガズリアを失脚させた。

 その裏に私が教えた冷害対策の作物による利権と名声があったのは社交界においても公然の秘密とされている。

 ……そもそも、豊穣の女神という私の名前も、アルダムが全てが終わった後に冷害対策の第一人者として私の名前を出したからなのだから。


 ──そして、そんな私をガズリアが見逃す訳がないのだ。


「そんなことでごまかそうとせず、早く答えを聞かせてくれ!」


 ……けれど、前のめりに私によってくるマキシムは何も理解していなかった。

 ただ、鼻息荒く私に詰め寄るその姿を見て私は理解する。

 本当にマキシムは自分のことしか考えていないのだろうと。


 もしガズリアが復権すれば、あの男を打倒するために必死にあがいてきた全ての人間の苦悩を否定することになることに。


 ──私は腐っても公爵家の人間だ。そして公爵家の人間には命の全てをなげうち、民を守って獣の森と戦う義務がある!


 かつて、私に宣言したアルダムの言葉がよぎる。


 ──俺達が死んでも、あんた等はただ笑うんだろう? こんな地獄の様な森の横で過ごす日々をお前達は知らないくせに!


 そして、スリラリアで子供達に言われた言葉も私の脳裏によぎる。

 公爵家と同じく獣の森に接しながら、誰にも守ってもらえないと叫んでいた彼らの言葉が。


 その全てをマキシムは知らない。

 ガズリアが復権して彼らがどれだけ苦しんでも、マキシムは気にも市内だろう。

 ……けれど、私は知っているのだ。

 彼らの苦しみも、どれだけ必死にあがいてきたかを。


 鳥肌が全身にたっている。

 マキシムにさわられると考えるだけで拒絶する自分がいるのを感じる。

 この上、初夜式などまさしく死ぬ方がましな苦しみだろう。

 でも、私は知っているのだ。

 本当の地獄のような苦しみを味わってきた人間達がいることを。


 ──そして、彼らを守るためなら何でもすると私は決めていた。


「どうか、ガズリア殿に関わることはやめてくれませんか?」


「ほう。何が言いたい?」


 こわばる口元を何とか隠す。

 青ざめた顔を精一杯楽しげに見せながら、私は口を開いた。


「お受けします。だから、危険なことはやめてください。──初夜式を行いましょう」

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