~龍村功の逡巡~

  

 ちょっと待て。

 来須、俺に回すな、俺に!

 おれはブログなんて持ってないぞっ。

 と、夜中にひとり声をあげるのは馬鹿らしいな。

 ふと冷静になって、来須の書評ブログから目をはなして嘆息した。

 来須のそれはSFとファンタジー系小説のレビューがメインだが、たまにこういう日常雑記もおざなりに掲載されていた。一方、メイン記事のほうは、さすがと褒めておくが、一週間に二回くらいの更新とそれなりの数があるためけっこうな充実具合だ。ネタばれもないし多様な読みへの配慮も行き届いてバランスがよく、かつ笑えるものは笑えるように、泣けるものは泣けるように文体に硬軟取り混ぜて紹介しているところもサーヴィス精神にあふれた立派なブック・レビュアーだ。

 それと比べると俺のメディアマーカーはつまらない。完全に読み終えた本の備忘録と化している。要点はまとまっているが芸がない。

 さて、そういう無駄話は横におき、来須のはなしだ。

 彼女は、付き合ったり別れたりをくりかえして大森(おおもり)匡(たすく)と結婚した。別れたりと言ったが、世間でいうところの「破局を迎えた」というようなことでは決してない。大森の転勤や来須の異動で一緒に暮らしていない状態になっただけで、あの二人は大学二年生のときからずっと同棲していたのだ。

 俺は大森と親しくないので確証はないが、彼ら二人が別の男女と付き合っていた形跡は見当たらない。じっさい、来須の口から他の「男」の名前が出たこともない。まあせいぜい、友人の浅倉悟志くらいなものだ。

 そういえば、いつだったか深町さんがたいそう申し訳なさそうな顔をして尋ねてきたことがある。彼女は大学の先輩で、来須や浅倉や俺の「大将」だった。だからというわけではないのだろうが、たいていのことは自分で考え、自分なりのこたえを持ち、なにかを尋ねるにせよそれなりの当たりをつけてから訊いてきたのだが、そのときは違った。

 

 ねえ龍村くん、こんなこと隠れて他のひとに聞くのって下品っていうか、すごく下世話でいやらしいことだと思うんだけど、ごめんね。さっきみんなで話してたとき、来須ちゃん、付き合い始めの言葉なんておぼえてないって言ったよね? あれ、ほんとだと思う? あ、あのね、べつに彼女がウソついてるとかそんなふうに思ってるわけじゃないんだけど、照れ隠しなのか聞いたらそうじゃないって言うし、じゃあ、そうじゃないならどうやって付き合ってるんだろうって不思議で……。

 

 俺は、本人にちゃんと訊いたらいいじゃないですか、とは言わなかった。

 深町さんは基本、なんでも直接体当たりなひとだからだ。いっそ潔すぎるくらい直球タイプなので、すでに来須には食い下がったのであろう。

 そして、俺の頭にはそのときの来須の苦笑が浮かびあがる。

 たぶん来須は「なんとなく」と答えたはずだ。けれど、その「なんとなく」の詳細な経緯を深町さんに説明し、納得してもらうには困難を極めるに違いないと判断したに違いない。

 ロマンチックラブ・イデオロギーに毒された深町さんのような女性には、成り行きで・どちらともなく・なし崩し的に・いつの間にか、などという交際は有り得ないのだろう。無論、こんなことを思っていることが知れたら深町さんにしこたま罵倒されるのであろうが。そして、彼女の反論にいちいち全て対抗言論を用意できてもいるのだが。

 そこまで考えて、こんどは俺が苦笑した。

 あのころと違い、深町さんも少しは自覚ができて、徒に自分を曝け出したりはしないかもしれない。大学を卒業して十数年がたった。あれからの年月、絹のように獰猛な心性をたもったままで生きてはいけなかったはずだ。麻のようにぞんざいに扱われても平気なほど強くはない。木綿のように誰かの身に添うのは容易にできるくせに、いかにも柔らかく滑らかでありながら、ひとの思うままになるには我が強い。

 俺は、彼女のそういうところが好もしく、茉莉に対するそれとはまったく違う意味で、つよく魅かれていたのも事実だ。

 誰しもが弱く、それでいて強い。そう言われればそうだ。それを否定するつもりは毛頭ない。だが、そういう「事実」なり「客観」なりをひとまず擱く、擱くことに能う情動を「恋」と呼ぶ。

 而して彼女を恋うていたと言えばこれまた嘘になりそうで、つまりは名付しがたい感情をこちらに喚起させずにはおかないひとであった。と記すくらいでちょうどいいやもしれん。

 むろん、こんなことが知れたら本気で眉を逆立ててまくしたてられるのは百も承知だ。だが今はこの身も蓋もない無礼な物言いを許容する怠惰に身を任せ、かつ長年にわたる己の不甲斐無さを呪いつつ、自己嫌悪と諦観に揺すぶられメールを打った。

 彼女に、この不安定さがそのまま伝わることを祈り。

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