第17話:契約の代償

 俺の言葉にオルガは気を悪くするでもなく、「よいぞ。なにを知りたい?」と言ってベッドに腰をかけた。


「さっきのワーちゃんの話だよ。なんで知ってんだ? お前と契約する前の話だぞ」


「そりゃあ知っているとも。スーちゃんのこともな」


 オルガは驚く俺の顔を見ながら「クククッ」と笑って話を続けた。


「言ったであろう? 我と魂を一つにしたと。なぜ我がパスを使わずに平然とお前の世界の言葉を話せていると思う?」


 オルガは指先でトントンと自分のこめかみをつついた。


「記憶と知識の共有じゃよ。お前が思い出したくない記憶──つまり秘めている記憶は我でも見ることはできん。ただそれ以外の記憶なら見ることができる。お前はもう少し記憶と精神の戸締りをちゃんとしたほうがよいのう。そんなんじゃ簡単に精神を汚染されてしまうぞ? まあそう言うても、我が見たのはここ最近の記憶のほかにお前の根底にある知識──この世界の常識やこの国の言語を知るにとどめているがの。我はまだ無知ゆえお前の持っている知識がどこまで正しいものなのか判断できん」


 俺は神殿でのことを思い出した。


「つまりそれが本来の契約ってことなのか……?」


「そうとも言える。まあ魂を一つにしたと言ったとおり、より深いところで繋がっていると思っていればよい。お前のよく知る契約は、言ってみれば肉体を一つにしたというべきじゃな。ただ、記憶は魂の器に宿り自己を形成するが、学んだ知識は肉体に宿る。お前のよく知る契約でも言葉を話せる者はいよう」


「まあよくわかんないけど話はわかった。じゃあ俺の意思に関係なく現れているのも、つまりその契約が原因というか……まあそういうことなんだな?」


「理解が早くて助かる」


 オルガが笑みを浮かべる。それを聞いた俺は内心血の気が引いた。


 これはマズい。非常にマズい。


 つまりオルガは俺が一人でエロ本を嗜んでいるときも突然隣に現れるかもしれないし、今後彼女ができてイチャつきたいときも突然真顔で隣に現れるかもしれないということだ。


 はたしてそんな面倒な放浪者ワンダラー──もとい、少女につきまとわれている俺に、彼女なんてできるだろうか……?


 否、できるわけがない。


「……なるほど。オーケー、話はすべて理解した。母さんに相談して近々オルガの部屋を用意してもらおう。納戸を綺麗にすれば部屋として使えるはずだ」


 そう言うとオルガは目を輝かせた。


「なに!? それは願ってもないことじゃな!」


「だろ? そのかわり家の中でのルールを決めよう。お前が自分で出てくるときは必ずその部屋にでて、突然目の前に現れたりしないこと。できるか?」


「場所さえ覚えれば問題なかろう。必要以上に離れた場所にでるのは無理じゃがの」


 一難去ってまた一難。でもまだなんとか解決できそうで俺は安心した。




 …… ✂︎ ……




 話し合いのあと、オルガは姉貴と母さんと一緒に買い物に出かけた。


 放浪者ワンダラーのくせに俺とそんなに離れて大丈夫なのかと心配したけど、深いところで繋がっているためどんなに離れてもパスが切れることはないそうだ。ただ俺の体に出入りするときは近くにいる必要があると言っていた。


 契約の違いなのかはわからないけど、こんな俺にでもわかるくらいには胸の奥に大きなマナを感じる。オルガが何事もないようにこの地上を歩けているのは、パスを通じてこのマナを消耗しているからに違いない。


 部屋で一人になった俺は、オルガについての情報を集めた。


 本人を前に調べるのはさすがに気が引けるけど、やはり自分がどんな放浪者ワンダラーと契約したのかはどうしたって気になる。


 放浪者ワンダラーのことなら人工石のデータバンクを見るのが手っ取り早いけど、ヴァンパイアの登録は見当たらなかった。


 モンスター図鑑を調べてみると、ヴァンパイアと思わしきモンスターの報告がいくつかあがっていた。画像を見ればどれも凶暴そうでもっと野生味あふれる姿をしている。事実、その気質は極めて攻撃性が高いと記されていた。


 オルガはサポーターなんだよなあ……。


 検索ワードを英語にすると、いろんな記事のなかで1件だけ天然石の放浪者ワンダラーでヴァンパイアと契約したという人の記事を見つけることができた。


 イギリス人の探索者シーカーらしく、異世界で撮影したと思われる写真には小綺麗な服を着た大男のヴァンパイアが写っていた。『ヴァンパイア《ファング》』という種族らしい。


 どうやら種族名の隣の『《×××》』という表記はその種族のなかでも異質な存在ということらしい。いわゆる“レア個体”というやつだ。


 見るからに強そうで、気質もやはりアタッカーらしい。


「へー、翠色石グリーンストーンの天然石から召喚したのか」


 天然石の色についても調べてみると、どうやら天然石は内包しているマナ量に応じて、白色石ホワイトストーン碧色石ブルーストーン翠色石グリーンストーン黄色石イエローストーン紅色石レッドストーンと色が変わっていくようだ。


 黄色石イエローストーン紅色石レッドストーンは幻と呼ばれるほど希少なものらしいから、この人が契約召喚に使った翠色石グリーンストーンもきっとおそろしく高価なものなのだろう。


 俺はこのイギリス人を羨ましく思いながらも、あの地獄のなかで見たオルガの《放浪者の記憶ワンダラー・メモリー》を思い返した。


 めちゃくちゃ光っててわかりにくかったけど、特定の色には見えなかったから白色石ホワイトストーンだと思う。あんな感じで紅色石レッドストーンとかが置かれてたら興奮しすぎてショック死するかもしれない。


 天然石はその中にどんな放浪者ワンダラーが封印されているかわからない反面、レアな種族を引くかもしれないというロマンがある。


 オルガは『ヴァンパイア《ブラッド》』というレア個体だし、そういう意味では白色石ホワイトストーンのなかでも当たりの部類に違いない。


 しかしなあ……。オルガもアタッカーなら心強かったんだけどなあ……。


 まあこればかりは巡り合わせだからどうしようもない。


 それに悪いことばかりでもない。オルガは多少癖が強いけど、話せる相手ができたというだけでめちゃくちゃ嬉しい。


 きっと次の探索で孤独を感じることはないだろう。


 オルガのことはわかったけど、直近の問題はその“次の探索”にいつ行けるようになるかという問題だ。


 手元に残ったのは護身用のロングナイフだけ。ワーちゃんとスーちゃんを失い、リュックとその中身も全ロスしている。タクティカルベストと地図も上着含めて下半分がなくなるくらいズタボロになってしまった。


 まあこれらの損失については幽霊ダンジョンゲートという甘い誘惑に乗せられてしまった俺が全部悪い。命が助かっただけよかったと思ってるし、高い勉強代だったと割り切るしかない。


 オルガはサポーターで、ポジション的にはスーちゃんの位置になる。


 つまり次の探索に出るまでに、ワーちゃんのポジションを埋める放浪者ワンダラーの補充と、全ロスしたリュックの中身を補充する必要があるというわけだ。


 これまで稼いだお金で全ロスしたリュックの中身はなんとか揃えることができるけど、アタッカーの放浪者ワンダラーの確保をする余力はまったくない。


「……あれ?」


 そこまで考えて、俺はオルガの持つスキルを知らないことに気がついた。




 …… ✂︎ ……




 買い物から帰ってきたオルガはコンビニで買ったソフトクリームを嬉々として食べながら、姉貴と一緒に映画を楽しんでいた。


 そのあとも俺はオルガと相談する機会を伺っていたけれど、母さんも若い女の子が加わって嬉しいのか、三人で買ってきた服の試着会なんかを開いてワイワイ楽しんでいるようだった。


 まったく割り込む隙がない……。


 オルガと二人で話せるようになったのは、結局当たり前のように四人で夕食を食べ終わったあとだった。


 部屋に戻り、俺はとりあえずいまの危機的状況を説明した。


「というわけで、今後どんなアタッカーを採用すべきか検討したいと思ってるんだよ。だからオルガになにができるのか教えてほしい。あと帰属スキルもな。パスを通しても俺からはお前のスキルが見えないんだよ」


 それを聞いたオルガは「クククッ」と笑った。


「なにを寝ぼけておる。アタッカーならもういるであろう」


「え? だってお前はサポーターだろ?」


「そうじゃが?」


 俺は「じゃあ誰だよ」と言おうとして口を噤んだ。おそろしく嫌な予感がした。


「はははッ、ま……まさか俺ってわけじゃないよな……?」


 オルガは愉快そうに目を細めた。


「お前以外に誰がいるんじゃ?」


「いや待て待て待て! それはさすがに無理があるだろ!? こんな軟弱な俺がどうやってモンスターをハントすんだよ!? 秒で死ぬ自信あるぞ!?」


「クククッ。タカシお前、我を見るように自分を見つめ直してみい。いや、最初は我の見てるお前というものを見せてやる」


 そう言うと、オルガからパスを通じて俺の情報が伝わってきた。


◇──────────

ヒューマン

[名前]タカシ・ヤマダ

[成熟Lv.]1

[気質]アタッカー

[特性]なし

[パッシブスキル]

 ・共鳴 Lv.1:放浪者ワンダラーが強い関心を持つようになり、高い水準で同調することが可能になる

[共有されたスキル]

 ・流霧:痛覚の喪失。負傷した場合、負傷した部位を霧状に分解して負傷前の状態に修復する

──────────◇


 俺はなにを見せられたのか一瞬理解できなかった。


 それはまるで自分が放浪者ワンダラーになったような気分だった。吐き気を感じて口元を抑える。


「なん……だよ……これ……」


 どうにか言葉を絞り出すと、オルガはさも当然のように言った。


「魂を一つにしたと言ったであろう? それもかなり高い次元でな。我はお前の影響を受けてマナのないこの場所でもマナを消費せずに過ごせるようになった。ならばお前はどうじゃ? お前にも変化があって然るべきではないのか? 成熟レベルから察するに、お前は成長可能なマナ器官を得たのであろう。喜べ、お前はこれから強くなれる」


 オルガの優しく諭すような声に、俺は得体の知れない恐怖を覚えた。


 俺はなにになった? 成長可能なマナ器官だって? それじゃあ俺とオルガの違いってなんなんだ……? これじゃあまるで俺も──


「それと帰属スキルと言ったな? 魂を一つにしたことでお前に貸与する必要はなくなった。いまはスキルを共有しておる。故に我が召喚されていようといまいと関係なく共有したパッシブスキルは発動する。言ったであろう? お前を守り切るとな。それと我は秘密主義なんじゃが、まあいい。いま持っているほかのスキルも見せてはやれるが、役立つものは少ないぞ?」


 鼓動の音がうるさい。オルガの話す声が遠くのほうで聞こえた気がした。


「わるい……やっぱ今日は……少し一人にしてくれないか……」


 なにも考えられず、俺はどうにかそう言葉を絞り出した。




 …… ✂︎ ……

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