第12話 素敵なGWの過ごし方を思いついちゃった小学生

「事実婚って言ったの!?」


「ご、505の夫人が、女性は婦人会に入らなきゃいけなくて、あ、曖昧な立場だと佐藤さんがいじめられるって言うから……」


 まつりは買い物袋をさげたまま、リビングで駿に詰めよる。


「俺が何とかする的な事、豪語してたのに。結婚する気ないとか言って、結局そういうことにするの?」


「へ、平和に暮らせるなら……」


「ってか私、独身なのに婦人会入るの? 奥様方が入るんじゃないのそれ?」


「い、いや表向きには事実婚だから……き、既婚?」


 二人のやりとりを不思議そうに聞いていた真冬は「ジジツコンってなーに? お母さんどうなるの?」


「どうもならないよ、今まで通り」


「宇那木さん、本当に分かってます? 私がパートナーだと思われるんですよ」


 駿はまつりから買い物袋を奪い、台所へ入っていく。


「ど、どうせ、真冬は佐藤さんの事をお母さんって言い続けます。ここに住んでいる限りは事実婚が最適な言い訳かと思うんです」スイッチを押し、IHコンロの上に用意していた大鍋で湯を沸かし始め「同居人だと納得してもらえそうにないし。婚約者とか恋人だと、いつ結婚するか聞かれるかもしれないし。してることにしちゃえば楽でしょう」 


 まつりはキッチンに入り「あのね、楽って言うけど」


「俺、今から『まつり』って呼びます」


「は?」


「名字で呼び合ってたら近所の人に変な目で見られちゃうかも。俺のことも名前で呼んでください」


「マンション内での立場を考えてくれるのは嬉しいですけどね」


「真冬が楽しく暮らすための嘘だよ、まつりさん」


 まつりが一番恐れているのは、周りから真冬の母、そして駿のパートナーとして認知されることで、自分が「勘違い」をしていまいそうなことだった。春の穏やかさと同じ雰囲気を纏った駿のにこりとした顔に、まつりはつい緩んでしまう。


「……じゃ、じゃあ……駿、くん?」


 そう呼んだ途端に、まつりの口内では勘違いが始まる味がした。


 駿はその呼び名を聞いた途端、心のどこかが壊れ始めた音がした。


 真冬はテレビを見ながら「大人ってめんどくさーい」と思って二人の会話を聞いていた。




 お昼の引っ越し海老天(スーパーの総菜)蕎麦を食べながら、真冬は素敵なゴールデンウィークの過ごし方を思いついてしまった。


「私も日曜、おかーさんと福島行く」


「絶対ダメ!!」


「なんで!?」


「それって、おじいちゃんちまで付いてくる気でしょ」


「自然見ればって言ったじゃん。山奥いきたーい」


「山梨行け。福島ダメ」


 駿はそのやり取りに「おじいさんの家まで行かなきゃいいですよね? 車で近くまで送りましょうか」


「それいいね。おかーさんはおじいちゃんち、私とお父さんは福島の自然を楽しもう。それならよくなーい?」


 可愛らしい流し目で、まふゆがまつりを見やる。


 祖父の家にさえ来なければ、拒否する理由もないようなあるような。


 それならいいような、でも自分の地元には来てほしくないような。


 そんなぐらぐらした気持ちで、まつりは身体の半分汁を吸った大きな海老天を半分口に入れて噛んだ。


「日帰りですか?」


 海老天をむしゃむしゃをよく咀嚼して飲み込み「……悩んでます。もし遅くなったら市内でホテル取るので、連絡はします。ゴールデンウィークだから空いてないかな」


「ご実家には」


「あー、帰らないです。妹はたぶん、帰りますけど」


 二人の倍のスピードで汁までぐいっと飲み干した駿は、食器をシンクに置き、早足で自分の部屋へ入っていった。


 まつりと真冬も食べ終えてまつりが洗い物をしていると、駿がノートパソコンを持って台所へ入って来た。


「ここの旅館、電話したらファミリー向けの部屋ひとつあいてるらしくて」


 まつりはちょうど泡だらけにしていた丼を、つるりとシンクの中に落とした。ごつんと音がする。


「な、なに、みんなで泊まる気!?」


「はい。ゴールデンウィークなんで、旅行がてら」


 旅行というワードを聞きつけた真冬が、シンク前のカウンターに寄ってきて「旅行、ちょー久しぶりじゃん!」


「そうだな、二年ぶりくらいか」


「旅行かばんどこ?」


「一泊だからそんなに荷物はいらないだろうな」


 まつりは泡だらけのスポンジをシンクに投げ「勝手に決めるな、私は一緒に泊まるとは」


 真冬はカウンターに両手をちょこりと乗せ「一緒にホテルのふかふかベッドで寝よ?」


「旅館だから布団だぞ、真冬」


 そういうことじゃねーだろバカ、と言いそうになったまつりだが、エプロンを握りしめなんとか抑制した。


「じゃあ浴衣着て、ふかふかの布団で寝よ?」


 美少女の部類に入る真冬の潤んだ瞳が、まつりを直撃する。短期間でこの目に何度も屈した。きっとこの子は将来、年齢性別関係なく、多くの人間を惑わせるに違いないと危険を感じた。


「……分かりました、みんなで泊まります」


 真冬が小悪魔にならないよう、ちょっと教育しなければならないと思ったまつり。これも余計なことだろうかと迷ったけれど、彼女の将来が心配になった。


「でもね真冬ちゃん、そんなに可愛く『寝よ?』って他の人にいっちゃだめだからね」


 駿も真冬もよくわからない、という顔をしていた。


 真冬は仕方ないとして、父親には早急に、真冬の蠱惑のまなざしについて説明すべきと思った。


 これも余計なことだろうか。




◇◇◇◇◇




「いつもと違う車だー」


「今日は高速乗るからな」


 近隣の移動が主なため、基本は安い軽自動車を借りている宇那木家。駿の言葉通り、今回は荷物も載せられ、軽よりも高速に強そうなSUV車、青緑色のライズをレンタルした。朝早くから出たこともあり、ゴールデンウィークの帰宅ラッシュが始まる日でもあり、行きはすんなりと進んだ。


 久しぶりの遠出に真冬は朝からゴキゲンで、車内では歌ったり学校の話をしたり、しりとりしたり、なぞなぞの本から出題したり、とにかくずっと、まつり相手にはしゃいでいた。


 昼前には高速を降り、福島駅で宇那木親子は車を降りた。ここからは、まつりが一人でライズを駆って祖父の家まで行く。


「じゃあ、またここで待ち合わせで。行ってきます」


 青緑の車体が見えなくなるまで、真冬は目で追っていた。




 駅からしばらく車を走らせ、タヌキや熊しかいなさそうな山道の先にある祖父の家に辿り着くと、田舎ではまず見かけないスタイリッシュなスポーツカーが止まっていた。


 車の助手席からまつりの一つ年下の妹が降り、運転席からふくよかで福耳な恵比寿様のような男性が降りてきた。


「おひさーねえちゃん!」


「久しぶり」まつりは男性に「初めまして、姉のまつりです」


「初めまして。小林倫太郎です」


 超ミニスカートで現れた妹のまなみが連れていた男性は、彼女の2番目の夫になる予定の人。表参道で歯科医院を営む歯科医師で、妹がこの医院で歯科衛生士として働きはじめたことをきっかけに、今に至るという。まつりには車のメーカーはわからないが、素人でも高そうに見えるスポーツカーからすると、相当な……歯医者のようだ。


 実は今日の主目的、小林を祖父の信一に紹介することである。佐藤姉妹は親よりも祖父母を慕っており、まなみは昔から親より先に、祖父母に彼氏を紹介していた。3年前に祖母が亡くなったので今回は祖父のみの顔合わせだ。


「こんな妹ですが」


「なんだと」


「いえいえ、まなみさんはにぎやかで楽しいです」


 3人で祖父の住む築100年を超える民家に足を踏み入れる。時代が何周も違う匂いが漂う玄関が、佐藤姉妹は大好きだ。


「おう、お帰り」


 90になってもなお、しゃきっとした背筋、ハリのある声で祖父が出迎えてくれた。早速、囲炉裏に案内され、そこを囲んで祖父お手製の田舎うどんを食べながらまなみは祖父と姉に小林を紹介した。


「随分、今までのと違うじゃねえか」


 小林が目の前にいるというのに、祖父は以前と比べる。しかし、嫌味な感じはまったくない。さっぱりしている。


「あたしヤベーくらい面食いだったろ?」ぐーで心臓の当たりをとんとん、と叩く。「気づいたんだよ。人はハートだってよ」真っ白な歯を見せ、にかりと笑った。「マジ優しくて良い奴なんだ。ほっぺた超柔らかくてさ」と、隣に座る小林のほっぺたを伸ばす。「あたしロースって呼んでんの」


 ちなみに小林は、まなみより10歳年上。まつりに年上の義弟が誕生する予定だ。


「成長したなぁ」祖父は目の前の小林に「ほんと、柔らかそうでいいな、ロース。何食ってんだ? それとも酒か? 歯医者儲かってるならA5肉か?」


 小柄で優しげな雰囲気のくせに口は悪い祖父と、見た目からしてガラの悪い妹。よく聞かなくても、小林の見た目が前の人たちより劣っていることを話す二人。それを受けてまつりは「すいません、ロー、じゃなくて倫太郎さん」と謝るが、これもなかなか失礼である。


「いいえ、僕はほら、こんなお腹でこんな顔ですから。子供の頃のあだ名は『ブロック肉』ですし、今もスタッフさんたちから『ぷに先生』って呼ばれてます。わきまえてますよ。そうそう、前の旦那さん、歴代彼氏、みんなお写真を見せていただきました」


「うっそ!? まなみあんた」


「あたしの過去すべてを知ってほしくてね」


「全員、美形でしたね。元カレさんに有名な俳優さんがいたのはびっくりしました」


「三野宮アオイくんね。私も仰天しましたよあれは」


「そんな中で僕が選ばれたんですから光栄です」


 この人なら大丈夫。妹を選んでくれてありがとう。


 まつりはそう思えた。見た目通りの恵比寿様。妹の神様だと思った。


「ねえちゃんもね」


「何が?」


「いっつも背が高い男とばっか付き合ってさ。だから失敗するんだって。次はロースみたいな可愛いサイズにしな」


 ちなみに小林はまなみより2センチ小さい。


「ああ、うん……」


 付き合ってはいないけれど、駿も背が高い。靴下の中で足の指をもぞもぞさせるまつりであった。




◇◇◇◇◇ 




 まなみはロースを両親に紹介するため、早々に実家へと向かった。残ったまつりは久しぶりの祖父の家を味わおうと、家の周りを歩き始めた。


 すると祖父もやってきて、まつりの歩調に合わせて横を歩いてくれた。


 季節の草花のこと、最近畑を荒らす動物のこと、育てている野菜のこと。そんな話をしながら散歩した。


 そこが祖父の大好きなところだ。ただただ、静かに寄り添ってくれる。


 両親はとかく、まつりの現状を細かく知りたがる。娘を心配していることは分かるけれど、アレコレした方がいいなどと、アドバイスという名の押しつけをする。それが自分の性格とそっくり。自分を客観的に見ているようで、まつりは苦しくなる。


 そんな祖父だからだろうか。まつりは話すつもりがなかった「最近のこと」を口にした。


「最近ね、たまたま出会った人たちと住み始めたんだ」


「たち? 何人で住んでんだ?」


「私含めて3人。すっごく優しい人たちなの」


 そういうまつりの表情から、信一は「安心」を感じた。よほどの大親友ができたのだろう、しかも二人も。そう解釈した。どこぞの親子と知り合って、お母さんのアルバイトをしている、などという考えは浮かばなかった。


「そりゃ良かったな。友達は大切にな。うん、一人暮らしじゃねえのか、安心だ」


 友達ではない。でも明確な関係もない。まつりにとって、あの二人との関係は曖昧だ。


「……その人たちさ、いつか、ここに連れてきていい?」


「いいに決まってんだろ。まつりの『友達』なら」


「ありがとう」


「俺が生きてるうちにな」



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三野宮アオイ君の元ネタは拙作です。

https://kakuyomu.jp/works/16818093075636759491

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