第4話 諸島の神
翌朝、ルーシーは素性がばれないように、アポロンに連れて行かれるフリをして船着き場に向かった。
途中、アポロンは小声で
「魔船に適合した娘は船の精霊にされ、非適合者は黒ずくめの男が本国に連れて行くそうです」
ルーシーはうなずくとアポロンの前を歩き、船の係留している場所に来た……が
「船がない! 」
昨日まで係留されていた多くの帆船が消え去っている。桟橋には一隻の運搬船が係留され、その他に一隻の魔船が島の外に向かっているだけだった。
アポロンが唖然としていると、黒ずくめの男がそばに来て事情を説明した。
「近くに、ラスタリアの軍船が近づいてきたので避難させたのです。それもあって、この島はもう引き払います」
横でルーシーも聞き耳を立てている。アポロンは横のルーシーを気にしながらも島を出ていく魔船に目を向け。
「一隻だけ残った、あの魔船はどうするのだ」
「向かってくるラスタリアの軍船と応戦させるのです。以前、ハルゼー艦隊を相手にしたとき劣勢だったので、魔船の武装を改良し、その性能を確かめる実験台ですよ」
「ということは、あの船の娘はその実験の犠牲に……」
「一隻くらいどうでもいいですよ」
男は事も無げに言うが、後ろに立つルーシーも聞いている。アポロンは生唾を飲み込むと、先ほどから気になっていた、港の隅で監視されている魔女達を一瞥し。
「そういえば、今回連れてきた魔女たちは本国に連れ帰ったあと、どうするのだ」
「奴隷として売ります」
平然と言う男に、ルーシーの眉間がひきつった。それを見たアポロンは冷や汗を垂らしている。
「さあ、アポロン様も、私どもの用意したゲートで神界にお帰りください。異世界ゲートは貴重なもので簡単に設置出来ません。これが我々の持つ最後のゲートで、数分しか持ちません」
言いながら指差した先に、人が通れるほどの陽炎のような白い輪が壁に空いている。以前、ルシファーが帆船ごと通ってきたゲートの小規模なものだ。
男はアポロンの後ろのルーシーを見て、ニヤリと笑い。
「その娘も売り飛ばす予定ですが、よければ持ち帰ってくださっても結構ですよ。それと、これまで御尽力いただいたお礼です」そう言って、アポロンに黄金の入った袋を渡して慇懃に頭を下げた。
アポロンは後ろに控えるルーシーからの殺意に近い視線を感じ、息を飲んている。
黙り込むアポロンに、黒ずくめの男は
「どうしたのです、何か心配ごとでも? 早くアポロン様もこの島を出てください。インフェルノ・ルシファーに知れると大変なことになるのでしょ」
アポロンは恐る恐るルーシーに小声で尋ねた。
「どうしましょうか」
すると、ルーシーはアポロンを見つめ、ニヤリと笑い。
「アポロン、歯をくいしばれ! これで余のパンツを見た件は許してやろう」
「ええ! 今なんと」
次の瞬間、ルーシーはアポロンの顎に下から頭突きを喰らわせた
「うぎゃーー! そんなーー」
アポロンは失神寸前で倒れた。
ルーシーの手枷せの鍵はあらかじめは解除していたので、両手を自由にしたルーシーは横の男に回し蹴りを食らわせた。さらに、油断している周辺の男たちを倒すと、捕まっている魔女達のところに駆けていく。
ルーシーは捕まっている魔女達の手枷をはずして、島に着いたときに入ってきた洞窟に逃げ込み、トンネルの扉を締めて周囲の物で塞いだ。塞いだ箇所はルーシーが結界魔法をかけ頑強にして、助けが来るのを待つことにした。
騒ぎになって、男達が魔女達を追いかけたが塞がれた壁が壊せない。しばらくして
「ラスタリアの軍船が近づいている! 」
とのことで、黒ずくめの男達は魔女のことはあきらめ、急いで島から逃げ去った。
一方、アポロンは閉まり始めた神界へのゲートに這いつくばりながら入り、神界に帰って行った。
◇
同じ頃、エクセルの帆船『ブルー・ホライズン』は、西の霧諸島に向かって全速力で進んでいた。
揺れる船上で水平線を見つめるエクセルとセナの目に、幾つかの小島が映っている。セナは、隣のエクセルに
「西ノ霧諸島に入ったようだ。アテーナさんの話では、賊たちは山頂の平らな島に潜んでいると言っていたそうだ」
エクセルは頷くと、遠くの水平線を見つめたまま話題をかえ。
「しかし、セナも王位継承では末席の俺につくよりも、兄さんの方がよほどいいのに、物好きだな」
急に思わぬことを言い出すエクセルにセナは、フッと溜息をついた後
「言っては悪いが、浪費癖の第一王子は何を考えているかわからない。第ニ王子は優秀な方だが、残念なことにご病気だ。それよりも、冒険好きな王子と一緒の方が面白い」
「おいおい、あれでも、一応僕の兄さんだぜ」
「すまん、すまん、でも一応だよな」
「ははは。まあ、その歯に衣を着せぬところは相変わらずだ。地位や名誉に無頓着なのは僕と同じだな、いずれ後悔するぞ」
「出世できないことでは後悔するかもな。それより、わかっているのか、この遠征が何を意味するのか」
心配顔のセナにエクセルは、笑いながら
「また、厄介払いだろ。俺は、王位継承に興味ないのだが」
「厄介払いならいいが。以前ガイア教の船が行方不明になり、ハルゼー艦隊も大きな損害を受けた。その場所に、このブルーホライズン一隻とは。ある意味、死ね、と言っているのと同じだぞ」
「まあ、気をつけるよ」
勢いで出航したこともあり、苦笑いをするエクセルを、セナも察しているようで
「それよりも、あの赤髪のメイドのことが気になるのだろ。こんな絶海にまで、追いかけるとは」
少し冷やかし気味に言うと
「そっ……そんなことは」
しどろもどろのエクセルに、セナは笑っている。
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