第一章②
デューザは、消火作業に徹しているフィルトに、攻撃の矛先を変えた。手のひらを空にむけ、地面と水平に掲げる。そうすると青色の火球が現れる。人の頭ほどの大きさだ。
「死ねえええ!!」
甲高い声で叫びながら、デューザは火球を投げた。
「させるかっ」
タスクは、体勢を立て直し、フィルトの前に立ちはだかる。迫りくる火球を防御のために構えた腕で迎え撃つ。
「リク!」
火球とタスクが接触する寸前、リーレンが錫杖をタスクの腕に向け、呪文を唱えた。タスクの前腕の皮膚が裂け、そこから鮮血が噴き出す。タスクはその痛みに顔をしかめたが、彼の血に触れた火球は、その瞬間に勢いが衰え、やがて空中で飛散した。
「ああ、もううざってえなあオマエよお!!!」
デューザは明らかに苛立った様子で、リーレンを睨みつけた。フードの奥から、血走った目がリーレンをとらえる。リーレンはそれに答えることなく、タスクの様子をじっと見ていた。
「助かった、タスク、ありがとう」
フィルトだ。彼の消火作業の甲斐あって、三人の周りを囲っていた炎は随分と下火になっていた。だが、フィルトの体力は、かなり消耗していた。炎の熱さに加え、出血による痛みが、じわじわとフィルトの気力を削っていく。
「危機感のねえヤツらだ。まだ自分達が助かるとでも思ってるんじゃねえだろうなあ。てめえらみたいな雑魚が、ラヨルの炎から逃げきれるわけねえだろうが」
デューザが頭のフードをはらりと取る。面長の輪郭に、吊り上がった目、薄い唇の口角をあげ、薄気味悪い笑みを浮かべている。
「すぐにてめえらの仲間と、同じ場所に送ってやるよ」
タスクは拳を構えた。村の全貌を確かめるためには、まずこの男を倒さねばならない。今のこの状況でそれを成し遂げられるのは、タスクしかいない。
「リーレン、サポートを頼むぞ」
タスクはそう言って、デューザの懐に飛び込んだ。「ヒャハッ」とデューザは嘲る。
「俺が」タスクは拳をデューザの鳩尾に打ち込む。「お前を」二発目の拳が打ち込まれる。デューザが目を見開き、その時初めて狼狽の表情をみせた。「絶対に、倒す!!」
デューザにとって、タスクの攻撃は想定外の威力だった。
(なぜ、いきなり……ここまで強い攻撃を……)
デューザの当初の計画では、タスクの攻撃をわざと受け入れ、その隙にフィルトに炎を放ち、始末する予定だった。デューザにとって、タスクなど赤子同然、本来ならば一撃たりとも深手を負うきっかけにはならないと踏んでいたのだ。
想定外の威力のタスクの拳は、ノーガードのデューザの上半身をことごとく破壊していった。骨が折れ、内臓にまでそのダメージが及ぶ。
「ぐふっ……げほお、てめえの仕業……かあ」
途切れそうになる意識の中、デューザの視界の端に、ほくそ笑むリーレンの姿が写った。
「殺して……や……」
デューザは血を吐きながら苦し紛れに言葉を絞り出すと、そのまま全身の力が抜けたように、タスクの足元に崩れ落ちた。気を失ったようだった。
「ハア……ハア」
タスクは荒い息を吐きながら、肩を上下させていた。拳がじんじんと痛い。腕に力が入らず、だらんと身体の横で垂れ下がるような格好となる。
(なんでいきなり、俺は強くなったんだ……?)
自分の攻撃が決め手となり、デューザが倒れたことに、タスクが一番戸惑っていた。戦闘の中で、自分の秘めたる力が目覚めたのか? 無論、そんなものがあれば、の話だが。
「なーにビビってんだよ」
「び、びびってなんか、ない」
横に並んだリーレンの顔を見上げると、人を小馬鹿にしたような笑みを顔に貼り付けている。平手でぱちぱちと、タスクの頬を叩く。タスクはさらに戸惑う。リーレンは、初めに会った時は、とても礼儀正しくて、真面目そうな印象だったが、どうもさっきから、その印象からは程遠い言動をみせてくる。
「おれがいなけりゃ、こんな雑魚にも勝てねえなんてな」
リーレンは、タスクの足元で、すっかりのびているデューザの後頭部を、錫杖で何度も小突いた。力を失った頭は、その振動でグラグラと揺れるだけだった。
「おれの術で、おまえの力をちょっとだけ強くしてやったんだよ。そうじゃなきゃ、おまえは多分この雑魚にやられてたからな。ただその分、お前の身体に負担がかかるけど、しゃあねえだろ」
リーレンが言い終わった時だった。タスクの全身を、それまでに経験したことのないような倦怠感が貫いた。呼吸をすることすらままならない。タスクの体は脱力し、膝から地面に崩れ落ちた。うつ伏せの背中が、小刻みに震えている。幾筋も流れ落ちている背中の汗が、脇腹をつたい、地面の土を濡らしていく。
「っ、タスクッ!!」
フィルトだ。地に伏したタスクの元に慌てて駆け寄るも、血を流し、気力の峠をとうに超えた彼の身体は、足がもつれ、もんどりうって地面に叩きつけられた。タスクのすぐそばに、仰向けで転がったフィルトは、大の字に四肢を投げ出す格好となった。
二人の少年は「ううう……」とくぐもったうめき声を漏らし、かろうじて意識を繋ぎ止めている状態であった。
「ったく、こんなんじゃ、先が思いやられるぜ」
リーレンは、二人の惨めな姿を無表情のまま見下ろし、呟いた。持っていた錫杖を背中に背負いなおし、大きなため息をつく。
「おいおいこんなところでくたばったら、そこの雑魚に殺された、おまえらの村の人たちに、顔向けできないだろー」
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