第2話 夏休み
その時、何かが私の背中に触ったのです。誰かの手のひらが私の背中に・・・。とても冷たい手が・・・。
私はびっくりしました。
それは高校二年の夏休みのことでした。
私はその時、家の自分の部屋で本を読んでいました。
私はビクッとしました。私は振り向きました。でも、誰もいません。部屋の中には私しかいません。
その時です。携帯が鳴りました。
それは同じクラスのある男の子からの電話・・・
彼とはほとんど話をしたことがなかったのですが、背が高くて、かっこよくて、私はちょっと好きでした。
彼から突然電話がかかって来ました。私は驚いて・・・
何だろうと私は思いました。
私は電話に出ました。
ところが特に用事があったわけでもなかったのです。
ちょっと雑談しただけ・・・
夏休みの宿題のことや、休み中に何をしているかといったことを少し話しました。
それだけでした。でも、私はうれしかったのです。
何か用事があるわけでもないのに彼が電話をしてくれたことがうれしかったのです。
それから私たちは、お互いによく電話をするようになりました。
私は一度会って話をしたいと思いました。
私は何度も彼を誘いました。
でも、彼はなぜか会ってくれないのです。
変ですよね。だって、夏休みなんです。時間はたくさんあるはずなんです。
でも会ってくれないのです。
どうしてなのだろうと私は思いました。
そもそも彼の方から電話してきてくれたのに、どうして・・・私は不思議に思いました。
ある時、私は彼に尋ねました。
「ねえ、どうして急に私に電話をかけて来たの?」
すると彼は答えました。それは奇妙な答えでした。私には彼の言葉の意味が理解できませんでした。
彼は言ったのです。
・・・もう他の人とは話ができないのだと。
・・・もう他の人には彼の声が聞こえないのだと。
私以外の人には彼の声が聞こえないというのは、どういうことなのでしょうか・・・。
その時の私には、彼が何を言っているのかわかりませんでした。
私は少し怖くなりました。だから、私はそれ以上彼に尋ねませんでした。
でも、それからも電話では何度も話をしました。そして、それからも私は何度も彼をデートに誘いました。
それでも彼は結局一度も会ってくれませんでした。
*
夏休みが終わりました。
二学期が始まりました。
その二学期の最初の日のことでした。
私はその日の朝、思いました。
・・・今日こそは彼に会える・・・今日こそは彼と直接話ができる・・・
私は学校に行く前からとても幸せな気分でした。
ところが、彼はなかなか学校に来ないのです。私は妙な気分になりました。
朝のホームルームが始まり・・・先生が教室に入って来ました。
なぜか先生はとても深刻な表情をしていました。
先生は言いました。
「まず、二つほど 悲しいことをお知らせしなければなりません・・・」
その時先生は、とても静かな声で言ったのです。
夏休みの間に、クラスのある生徒が死んだと・・・
交通事故で・・・一人の男子生徒が死んだと・・・。
先生はその生徒の名前を言いました。
それは彼でした。
先生は彼が死んだと言ったのです。
このことは家族の意向で今まで黙っていたのだと・・・。
私は驚きました。
彼とは夏休みの間に何度も電話で話をしました。
何度も・・・毎日のように・・・
昨日だって・・・
昨日も私は彼と電話で話をしたのです。
夏休みの宿題のことなどを話したのです。
だから、彼が死んだはずがありません。
しかし、先生の話を聞いた私は、もっと怖くなりました。
彼が交通事故で死んだ日と、彼が私に初めて電話して来た日が同じだったのです。
彼は事故で死んだ日に、私に電話してきたのです。
そして、それからずっと、私は彼と・・・。
毎日、私は彼と電話で・・・。
今まで私は死んだ人間と話をしていたのでしょうか。・・・
私はふと思いました。
だから彼は会ってくれなかったんだ・・・。
彼はもう死んでいたから・・・もう死んでいたから、私には会えなかったんだ・・・。
電話しかできなかったんだ・・・一緒に遊びに行くことができなかったんだ・・・。
私はとても怖くなりました。
それと同時に 私はとても悲しくなりました。
私は彼の気持ちを思うと、泣きそうになりました。
いえ、私は泣いていました。
涙が止まらなくなっていました。
涙が次から次へと・・・。
先生は彼の事故のことを説明していました。
私は黙って先生の話を聞いていることができませんでした。
黙って席に座っていることができませんでした。
私は我慢できなくなり立ち上がりました。
その時私は、自分が何をしているのかわからなくなっていたのです。
立ち上がって私は言おうとしました。
先生に言おうとしました。みんなに言おうと・・・教室のみんなに・・・。
・・・私は彼と電話で話をしたんです。
・・・電話で話を・・・
・・・私はこの夏休みに彼と電話で話をしたんです。
・・・何度も・・・
・・・何度も電話で話を・・・
・・・彼が死んだというのは本当ですか?
・・・そんなはずがありません。
・・・だって、彼と何度も話をしたんですから。
・・・だって、彼と毎日電話で話を・・・。
・・・だって・・・
私はそう言おうとしました。
そう言おうとして私は立ち上がりました。
でも、先生は私の方を見ようともしません。
私が立ち上がっても、そんなことは気にもせずに、先生は話を続けています。
いえ、先生だけではありません。
クラスのみんなも、誰も私の方を見ないのです。
突然立ち上がった私の方を全然見ないのです。
みんな前を向いて、じっと先生の話を聞いているのです。
・・・どうして?・・・
・・・どうしてなの?・・・
その時です。
その時・・・。
また、あの時と同じ何かを感じました。
背中に・・・。
私の背中に・・・。
誰かが、私の背中に触れたのです。
とても冷たい手が・・・。
先生は言いました。
「今年の夏休みには、もう一つ悲しいことがありました・・・」
先生はある生徒の名前を言いました。
それは私の名前でした。
先生は言ったのです。
私はこの夏休みに病気で死んだのだと・・・。
私は死んだと・・・。
私は驚きました。
・・・私が?・・・
・・・私が死んだ?・・・
私には信じられませんでした。
でも、それを聞いた瞬間に、私には全てがわかりました。
彼がなぜ私に電話をしてきたのか・・・。
なぜ私にしか彼の声が聞こえないのか・・・。
・・・そうだったんだ・・・
・・・そういうことだったんだ・・・
・・・だから・・・だから・・・
私は不思議な気持ちになりました。
自分が死んだというのに、悲しくもなんともありませんでした。
彼が死んだと聞いた時には悲しくて涙が止まらなかったのに、今度は全く反対でした。
私は我慢できなくなって、ちょっと笑いました。
もしかしたら、大きな声で笑っていたのかもしれません。
たとえその時私が大声で笑っていたのだとしても、その声は誰にも聞こえていなかったでしょう。
もう私は死んでいたのですから・・・。
私はなぜかとても愉快な気分になりました。
私は思いました。
・・・彼は最初から知っていたんだ・・・
・・・最初から気がついていたんだ・・・
・・・だったら初めからそう言ってくれればよかったのに・・・
・・・変なの!・・・変なヤツ!・・・
・・・私がショックを受けると思ったのかな・・・
・・・まあいいや・・・
・・・とにかく彼に会って聞いてみよう・・・
私は笑いながらカバンを持つと、堂々と教室の中を歩いて、外に出ました。
誰も私に気が付きません。
私は彼の家に向かって、楽しそうに鼻歌を歌いながら、歩いて行きました。
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