第20話 グローリア
「いらっしゃいませー!!」
「えっと、たこ焼き2つ。」
「あいよぉ!!2舟ぇ!」
「がってん!!」
「「「まいどありー!」」」
ついに始まった文化祭。1年C組はたこ焼き屋さんをやることになった。
うーんと……どうやら舟のような器に盛られたたこ焼きは『舟』と数えるらしい。みんな、知ってた??
そして肝心のお味は、たこ焼き初心者だらけなのになかなか美味しい。流石にお店のようなカリカリ感やもっちり感は無いけど、それでも売りものとしての完成度は高い!
「菅波ィ!そろそろ休憩していいぞ!」
「え、まだ昼前だけどいいん?」
「今はお客さんも少ないし、休むなら今だ!」
店長を買って出てくれたのは
「文化祭、楽しんでこい!」
親指を上げてウィンク。なんだこいつ、キモ。
――
お言葉に甘え、文化祭の人波に漕ぎ出す。本当に物凄い人出だ。
「オカミー、何食べる?」
「何だろ。先生達がやってる焼きそば美味しそうじゃない?」
「あーそれ気になってた!」
「俺は1-Fの肉巻きおにぎりかな。」
「へー。」
「興味ねぇな!」
「何でいるんだよー空気読めよー。」
「ごめん、俺がちょっと恥ずかしくて……。」
「そういうこと。」
そっか。まぁ、校内を2人で歩いてると目立つしね。ってなわけで、
――『バチンッ!』
「うわ!倒れた!」
「おめでとー!お菓子詰め合わせー!!」
――『ジューッ』
「はいよォ!
――『ペチッ』
「なんでやねん!お前の母ちゃんゴリラかっ!!」
「オランウータンや!」
「……大して変わらんわ!!」
――なんか、良い。
なんか。
すごく。
良い。
「あははは!」
「オカミー、ほっぺに紅生姜ついてるよ!」
「おわっ!恥ず!!」
――これが、あたしの探してた『青春』かもしれない。
ひとしきり歩き回って、疲れたので休憩。
「あーやっばい楽しい。あすかは?」
「すっごく楽しい。」
「よかった。」
「あれ、てかさ。中埜君。」
「マコト?あっ……!」
「「クレープだ!!」」
――
―
「あいつら……俺にクレープ買わせるだけ買わせて……!どこ行ったんだよ。」
―
――
「あはは、俺探してくる!!」
「一緒に行くよ。」
「大丈夫!待ってて!!」
そう言って足早に人混みに紛れる後ろ姿。あぁ、行っちゃった。
一抹の寂しさと余韻があたしに休息を与える。
楽しい。
文化祭なんか、永遠に続けば良い。
そう思った。
その時、隣に誰かが座った。
気には留めなかった。
気にするよりも、この浮かれ気分の余韻に浸りたかった。
「楽しそうじゃん。」
「……?」
声をかけられ、隣を見る。
目が合う。
一瞬で世界が凍りついた。
「れんこ、ちゃん。」
「やほー!あす
「どう……したの?」
「どうって、来てやったんだよ。文化祭に。てか人多すぎぃー。」
「あ、そうなんだ。楽しんでね。じゃ、あたしシフト入るから。また。」
「逃げんなー。」
「え?」
目が訴えている。
仕返しをしてやるって。
あたしが全てを『告発』したことに対する報復だろうか。とにかく、この場からは逃げられそうもない。
「あす蘭と、ゆっくり話し。」
「あすか、お待たせ……!」
「あ、うん。」
「あれぇ?この前の彼ピじゃん。元気ー?えー!?後ろのいけめん誰ー!?」
「……友達の中埜君。」
「
「あ、えっと。また今度会ったらね。」
「えー?そうなの?残念〜。」
「じゃ、俺たちもどるから。」
「うん!ばいばい!あす蘭、がんばってね!!」
「じゃ……あね。」
あ。
この感じ。
また、逃げちゃう。國枝蓮子から。
『え、や、やだよ!』
『ごめんなさい。』
『許してください!』
『國枝蓮子様。申し訳、ありませんでした!!!』
決着をつけるって決めたのに。あたしはまた逃げるのか。それでいいのか。
――いや、よくない。
「蓮子ちゃん。」
「んー?」
「あたしは逃げないから。」
「へぇ。」
「今日の夜、また会お。」
それだけ告げて、その場を離れる。
――
―
『ガサガサッ』
「ふぅ。これでゴミは全部だな。」
「鯨君、明日の準備も終わったよ。」
「金庫は先生に渡したか?」
「うん。おっけー。」
「よし。じゃー1日目終了!お疲れさん!!」
やっと文化祭の初日が終わった。
たこ焼きをひっくり返しすぎて腕が死ぬかと思ったけど、慣れてくると案外スムーズに出来た。……ちょっと多めに油を引くといいらしい。
あと、隠し味でイカの燻製を細かくしたものを入れてみたらこれが大好評。美味しすぎてつまみ食いが止まらん!
「お疲れ、菅波ちゃん。」
「あすかお疲れ。」
「おつー。疲れちゃったねぇ。」
「さっきのこと。気にしてる?」
「さっき……あぁ、蓮子ちゃんか。」
「昼過ぎから、あんま楽しそうじゃないからさ。」
中埜君とオカミーに気を遣われる。そりゃそうだ。
自分では気にしてないつもりなんだけど、思えば思うほど気持ちが沈んでいく。
「スガちー。お疲れ様。」
「あ、
「うん!今日はね。明日もまた6時入りだよ。」
「うへぇ大変だ。」
「津久田ァ!残ったたこ焼き食うか?うまいぞ。」
「ありがと!!……うーん、あつっあつっ!おいひー!」
「ははは!そうだろー。」
「鯨君、ごめんね。あんま手伝えなくて。」
「実行委員も仕事大変なんだから当然だ。こっちは気にしなくて良い。」
充実感に満ちた、優しい空間。友達と楽しむ文化祭。
「ねぇ。」
「ん?」
「どした?菅波。」
「みんな、この後時間ある?」
「なんだぁ?打ち上げなら明日d」
「そうじゃなくて、ちょっとだけ付き合ってほしい。」
そう。皆んな『友達』なんだ。
――
―――
「蓮子ちゃん。」
「えー、何?そんな連れてくるなんて言ってた?」
学校から少し離れた公園に國枝蓮子を呼び出した。
1人が怖いなら、皆んなに
それがあたしの闘い方。
「1人で行くとも言ってないよ。」
「さっきのイケメンもいるしー!また会ったらLINE交換してくれるんだよね!?」
「そうだっけ?覚えてないや。」
「はー?ちょ、なんなの一体。」
でも、やる時は1対1じゃなきゃフェアじゃない。
分かってる。
『今、死ぬって思ったでしょ。』
『目が、怖がってるよ。かわいそー。』
『この程度じゃ人間死なないんだよね。でも、痛いでしょ。キャハハ。』
『やっちゃっていいよぉ?』
そんなのは、分かってる。
――『パシンッ』
乾いた音が公園に響き渡った。
突然のことに、事態が把握できない様子の蓮子。
「え……。」
「これは、中学ん時のお返し。」
『パシンッ』
「これは、
「……。」
『バシンッ』
そして3発目のビンタの前に蓮子からの反撃を喰らう。
「あすか!!」
「待て岡峰。」
「でも。」
「菅波に任せるんだ。俺たちは静かに見てればいい。」
「あす蘭、正気?」
「うん。正気だよ。今までに無いくらいね。」
「ザコは、ザコらしくしてればいいんだよ。友達や彼氏に?見ててもらうの?ボコボコにされるとこ。」
「ボコボコになんか。されねぇから。」
「ホザいてろ!!」
掴んで、掴まれて。殴って、殴られて。
喧嘩なんてしたことなかったし、するなんて思ってなかった。
殴られることはあっても、殴ることになるなんて思ってなかった。
「アンタが!!アンタなんかが、幸せそうな顔してるのがムカつくんだよ。」
「はぁ……へへへ……この幸せ、蓮子ちゃんにも分けてあげたいよ。」
「キモいんだよ。陰キャは、おとなしく陰キャと連んでろ。」
「……陰キャでも何でもいい。けど、誰にもあたしの幸せを邪魔させない。……許さない!!お前を!!」
「るせぇんだよ。」
「謝れ。謝れ!謝れェ!!」
もう何を言ったか自分でも覚えていない。満身創痍で腕を振り上げた刹那。
あたしの腕が、誰かに掴まれた。
「……!離せェ!!」
「離さない。」
「
「もう、やめろ。やめるんだ。」
「
「ちょ、何で陽一が!」
「菅波。ごめん。」
「はぁ!?こんな奴に、謝る必要なんてない。」
「……。」
「俺たちがやってたことは立派な犯罪だ。全てが明るみになった今、償いは必要だ。ごめん。」
「だから、黙ってようって言ったんじゃん。」
「許してもらえるなんて思ってない。けど、一連の事件は俺と蓮子、あとは他校の連中でやったことだ。」
そして、彼は何も言わずに蓮子に歩み寄り強く抱きしめた。
「ちょ、何すんのよ!」
「……。」
長い沈黙だった。
何を見せられてるのか。最初は『ちょっと許しても良いかな』と思った自分がいたけど。
だんだんと腹が立ってきた。
「……あほらし。」
吐き捨てて、彼らに背を向けた。
「菅波!!どれだけ時間がかかっても、償う。本当に……ごめん。」
「謝る人、間違ってるよ。」
――
「あすか!!」
「わぁ、オカミー……。」
「いっぱい怪我してる。今、絆創膏買ってくるから!!」
「このくらいは大丈夫だよ。」
「スガちー!!」
「菅波。大丈夫か。」
「みんなもありがと。ごめんね。」
『バコンッ』
再び、鈍い音が響き渡った。
中埜君の拳が、松田陽一の頬を打ち抜いた。
「……中埜君!」
「マコト!!」
「痛って。はぁ。もう誰にも謝らなくて良いですよ。今後は、自分の犯した罪だけを反省してください。」
「……。」
「それで、二度と俺たちに関わらないで下さい。お願いです。」
「……あぁ。」
「國枝さんも。」
「……わかった。」
「じゃあ。」
中埜君の顔は見えなかったけど。
聞いたことのない冷徹な声だった。感情はなく、ただ言葉だけを彼らに浴びせていた。
静けさを取り戻す公園。
彼らを、残して。
――
―
「ゴク……ゴク……ふぃー!」
「お疲れ、あすか。」
「あぁ、オカミーおつー。休憩?」
「うん。」
喧騒から離れた屋上の入り口。
エナジードリンクをぐいっと煽るあたしの隣に並ぶオカミー。うふふ、なんか青春っぽいな。
「……怪我は大丈夫?」
「あぁ。こんなんどうってことないよ。」
「ほんと?」
「痛っ……!」
「あぁ、やっぱダメじゃんか!」
結構痛い。傷は舐めちゃあいかんね。
もう少し時間がかかりそうだ。
――でも、もう少し時間をかければ。
「この傷が治ればさ。今までのことも無かったことになるような気がするよ。」
「中学時代のこと?」
「そう。蓮子ちゃんとのこと。」
「そっか。」
過去のことは無かったことになんかならない。
だけど今のこの状況が、あたしに前を向く力をくれる。オカミーと、一緒なら。
「頑張ったね。あすか。」
「ううん。オカミーのおかげ。ありがと。」
目が合う。今までは少し恥ずかしさが混じったけど。
心の底から『好き』と言える。
「好き。」
「俺も、好きだ。」
「おうい!岡峰ぇ!」
おぉい!!!この声は鯨かぁ!?
「なんだ。菅波もいたのか。」
「休憩中だよ。馬鹿。」
「この前の傷が痛いって話してたとこ。」
「そうか。無茶しやがってぇ!……そういや、松田の野郎さ。」
「松田君?」
「前、俺に耳打ちしてきたことがあって。」
「耳打ち?」
「皆んなには、悪かったって。」
「……そっか。」
「まぁでも、脅迫だ盗撮だ。言い逃れできねぇことしてきたわけだし。あいつもドコまで本音を言ってるのか分かんねぇし。その辺は今後の反省に委ねよう。」
「そうだね。」
「オカミーは、もう大丈夫?」
「……正直、まだ怖いと思うことはある。また起こるかもって。」
「そん時は、俺に言え!すぐボコボコにしてやっから!」
「あはは……うん!」
「あたしもついてる。」
「ありがと、あすか。」
「じゃ、最後の仕上げにたこ焼き300個焼いてくるぁ!!」
「がんばれ、渡辺君!」
「お前もやるんだよ岡峰ぇ!」
「えぇ!?わ、ちょ!」
『また、あとでね。オカミー』
『うん!!あとでね、あすか。』
「俺の目は、」
「あたしの目は、」
「「誤魔化せない。」」
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