第2話

 少年は目を覚ました。開かれた目には自宅の自室の温かみのある白い天井が映っていた。少年はしばらく天井を見つめたまま考えていた。

 昨夕少年は、現実かもしれない夢の中で知り得た情報を頼りに電話をかけまくって、ようやく望みが叶った。加害者の通っている大学と学部をその男の親から聞き出せたのだ。それもこれも、鮮明な夢を事細かく記憶しており、加害者の名前と顔が深く少年の心に刻みつけられていたからこそ可能だった。

 ここ数日にわたって少年の頭を悩ませていた数々の問題、記憶の欠落、どちらが現実でどちらが夢なのか、突然起こる頭痛とフラッシュ・バック。これら不可思議な現象の理由、原因は、もしかしたら、穏やかで平和そのものの生活が理不尽に奪われることを病的なまでに恐れているからなのではないか、そのように考えてみた。ただ、その考えを認めることはできても実際の自分に当てはめて考えてみた場合、どこかしっくりこなかった。

 鮮明過ぎる夢、欠落した記憶のある現実。

 この二つの事象から導き出されるのは、いま自室の天井を見ているのは夢の中の自分なのかもしれない、という少年にとってはどうしても受け入れられない結論だったからだ。論理的には破綻していることも重々承知していたが、それだけは、どうしても認めたくはなかった。

 だが、こう考えることはできないだろうか。

 角度が低いとは思いながらも少年は、なんとか自分自身の認識と現実に対して抗おうと試みた。

 どうしても受け入れられない結論なら、受け入れなければいい、と。

 友人が話していた言葉を少年は思い出していた。

 選ぶのはおれだ、おれの自由だ、と。

 加害者の特定ができるかもしれないという結論に到達した時に少年は、数々の可能性を脳裏に巡らせた。

 気に病んでいた様々な懸念も解消されるはずだ、と。

 そして、あらゆる問題も解決するに違いないと自分を納得させた。

 これで、すべてを終わらせられる、と。

 少年は目を閉じた。真っ暗な闇の中にいるような感じがした。

 いや、少年は頭を振った。これは、おれの精神こころを投影したモノだ。おれの精神こころからあふれでたモノだ。おれの精神こころの闇そのモノだ。

 少年の口がゆっくりと形を変えていく。引き結んでいた口の両端が少しずつ上がっていく。

 少年は右手を両目を隠すように添えた。

 肩がかすかに揺れ動き、少し開かれた口元から低く小さな笑いが溢れ出していく。

 くっくっくっくっくっ。

 少年は声を上げて笑った。まるで、狂ったかのように。

 ひとしきり笑うと目をおおっていた右手をどけて、上体を起こし、目を開いた。虚ろな瞳の奥底には、鈍く歪んだ光がたゆたっていた。

 少年は感情を抑制した表情で、小さく呟いた。

 コ・ロ・ス。

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