第3話

 祖母は病院に来る途中で買ってきた林檎の皮を剥いて、爪楊枝を添えて少年に差し出してきた。まだあまり食欲がなかったものの、せっかく祖母が気を利かせてくれたので、少年は爪楊枝を林檎に挿して二口かじり、残りは後で食べるのでそのまま冷蔵庫に入れておいてくださいと頼んだ。少年は食べかけの林檎を三口、四口かじって温かい紅茶で胃に流し込んだ。その時のことだった。テレビから流れてきた音声を耳にして少年は、驚きのあまり置物みたいに固まった。目を素早くテレビに向けると、眉をしかめて画面に表示されているテロップを黙読した。

 二日前に旧中仙道で発生した玉突き事故に関するものだった。少年はテレビの音量ボリュームを上げて、女性アナウンサーが語る言葉を一言ひとことも聞き漏らさないように耳に神経を集中させた。

 事故の原因は、旧中仙道の上り車線を走行していた車が急カーブで減速を怠り、車道中央線センターラインからはみ出して、下り車線を走行していた車に正面衝突したことにより発生した模様であると語っていた。その二台に巻き込まれるかたちで、上り、下り両車線の後続車が連鎖的に衝突したのである、と。

 最初に衝突した車のうち、上り車線の車は追突したあとに後続車に押されるかたちになり、対向車に更に押し込まれてフロント部分が原形を留めないほどに破壊された。もう一方の下り車線の車は追突の衝撃で車のフロント部分が紙で出来たように押し潰され、次いで後続車の衝突によって更に押し潰された。それぞれの後続車が追突しなければ、ここまで悲惨な状況にはならなかったであろうと、その道の専門家が神妙な面持ちで語っていた。

 上下線の後続車に乗車していた人たちは、幸いなことに軽い怪我程度で済んだようであったが、最初に衝突した車同士は、下り車線の車は一人を除いて助からなかった。上り車線の車は相当速度が出ていたのであろう、衝突の衝撃は凄まじく、助手席に座っていた二十代女性は亡くなり、運転していた二十代男性は当初は危険な様態であったが、持ち直したのだそうである。まだ話をできる状態ではないので詳細はわからないが、上り車線にはブレーキ痕が残されていて、衝突した車のタイヤと一致したことと、その車に追突した車の運転手ドライバーの証言から、事故の原因はその車のドライバーの運転ミスであろうというのが、今現在大勢を占めていた。

 ワイドショーの司会者MCが女性アナウンサーが立てかけている相関図を指し示しながら話していた。

 最初に正面衝突した車のうち、下り車線の車には四人の家族が乗っていて、四十代の男性が一人、四十代女性が一人、十代女性が一人、十代男性が一人。そのうちの前者三人は死亡していて、残りの十代男性は奇跡的に助かった。上り車線の車には二十代男性が一人、二十代女性が一人乗っていて、助手席の女性はその場で死亡が確認された。ドライバーは救出され、非常に危険な状態にあったのだが、今日の昼頃に意識が回復した。名前はすべて伏せられていた。いずれ事故を起こした原因と思われるドライバーから詳しく事情を聞くことができ、そのドライバーの過失が認められれば、過失運転致死傷に問われ、被疑者として名前は明らかにされるであろうと、語っていた。

 少年は険しい目でテレビを凝視していた。つまり、この事故の生存者は二人いて、一人は自分でもう一人は衝突の原因と思われるドライバーということになる。

 生きている。少年は心の内で、そう言葉を発した。

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