第26話 写真の違和感

 柿崎ははっと我に返り、ある一つの事を思い出した。ここにある作品のほとんどは生徒会とOGOB会を通して卒業生の引き取りを待っている状況だ。つまり、この作品も『いつ』『誰』に引き取られる予定なのか、メモが張り付けてあるはずだった。

 李一も同じことを思い浮かべたのだろう。キャンバスを裏返し、薄緑色の付箋を見つけて読み上げた。

「……H●●卒親族 百瀬敬之 7月3日引き取り予定」

 親族、という言葉。そして百瀬という名字から、引き取り人は百瀬三奈子の遺族であることが窺えた。

「百瀬さんの自画像ってとこか……」

 梅野が苦々しい顔をして呟く。

 ぴくり、と微かに李一が眉を寄せたが、口を開くことはなかった。

 重々しい沈黙が落ちる。その絵は、そうさせるだけの力を持っていた。写真の中で見た彼女は体を小さくさせて、うつむきがちな顔にこわばった笑みを浮かべていたのに、絵に描かれている彼女はひどく幸せそうで、生き生きとしていて、既に亡くなっている人物なのだと感じさせない。

 窓の外で、しとしとと雨が降り続けている。

 李一は持ち上げていたキャンバスをゆっくりと床へと置いた。そして、脇に置いた冊子の一つを手に取った。

「えっと、それって何?」

 栗田が恐る恐る尋ねる。古びた冊子はおそらく過去の美術部に関係のあるものだということが表紙からうかがえた。

「美術部の部誌だよ。実績とか活動内容なんかを毎年まとめていたみたい」

 柿崎は李一に近づき、背中越しに部誌をのぞき込む。何かの賞を取ったらしいことが紹介されており、部員らしき男子生徒が大きな絵の前に立って賞状を掲げた写真が掲載されていた。下には『馬場慎吾』と名前が書いてある。

 李一はぱらぱらとページをめくり一つの記事を指さした。そこには受賞者の名前があり、『栗田梨人』と記されていた。他にも大小さまざまな賞を取った生徒が掲載されており、この部誌があれば美術部の実績のすごさが伝わってきた。

「この部誌を見る限り、確かに十五年前に栗田の叔父さん……梨人さんが美術部に在籍してたのが分かった。コンクールなんかにも絵を出して賞も取ってたみたいだよ」

「そ、そうなんだ」

「でも、梨人さんは百瀬さんとは同学年じゃなかったみたい。彼は十四年前の卒業生、彼女の一つ下みたいだ」

「へー」

 親族のことだというのに間が抜けた相槌を栗田が返す。栗田梨人が親族と疎遠であるというのは本当らしい。

「こっちは前にも見たな。部員名簿だ」

 いくつかあった冊子の一つを横から手に取り、梅野がつぶやいた。見れば、百瀬三奈子の事を知った時に使った十五年前の部員名簿だ。

パラパラとめくって、梅野は例の集合写真のページを開いた。卒業生らしき人物は前側の列に並んでおり、少し離れた下級生の列に栗田梨人が並んでいた。

ふと、柿崎は一つのことが気にかかった。

「ちょっと悪い」

 梅野に断って名簿を取り、他のページをめくる。どうやら集合写真のほかは、普段の活動の様子を撮影した写真のようで、ちょっとした卒業アルバムのようになっているようだった。それなりに部員数のいる部活と言っても、一部活の人数だけだ。その中でも、卒業生にピントを合わせているのだから、百瀬の写真もそこそこの数が掲載されていた。

 写真の中の百瀬は、やはりいつも少し困ったように眉を下げていたが、時折楽しそうな表情も浮かべていた。写真はほぼ、旧美術室で撮られていることから十五年前はここが美術部の部室であったのだと判断できた。

「なんだよ」

 黙ってページをめくり続ける柿崎に、梅野がしびれを切らして怪訝そうに声をかけた。柿崎は自分自身、あまり整理できていない思考をなんとかまとめて口に出そうとする。

「いや……迷い蛾伝説の内容って覚えてるか? 仲が良かったのに話題に出さなくなったって話。学年も性別も違うのに、仲が良かったって言うのが気にかかって」

「別におかしなことじゃないだろ」

「おかしくはない。でも、何か理由がありそうな関係だろ」

「理由がありそう?」

 心底、柿崎の考えが分からないといった表情で憮然と梅野が応える。柿崎は(これだから他者とのコミュニケーションに弊害を感じない奴は……)と少しばかり苛立ちを覚えたが、ぐっと言葉を飲み込む。

 社交的な梅野に比べ、内向的な柿崎は、おそらく同じく内向的だったはずの百瀬に対して親近感を覚えていた。そして、栗田梨人の学年が違ったことにより、『なぜ仲良くなったのか』が気にかかった。

「同学年、同性だったら、それだけで仲良くしようとする理由……は言い方が悪いな。つまり、仲良くなるきっかけがありそうだって話。趣味が同じだったとか、作る作品の傾向が似てたとか、実力が拮抗してたとか。……同期とそりが合わなかったとか。何か共通点を探せないかと他のページを見たくなったんだよ」

「ふーん。で、何かあったか?」

 あまり納得がいってないようではあったが、梅野はそれ以上の追及はせずに成果を問いかけた。うっと、柿崎は言葉に詰まる。いくつか写真はあったが、数枚の写真を見ただけの話だ。共通点どころか、百瀬と栗田梨人が一緒に映っている写真が一、二枚やっとあるぐらいだった。

「……正直、見当たらないな」

「これっぽちじゃ、何か分かる方がおかしい」

 ふっと、少々小ばかにしながらも、梅野は安心したようで笑みをこぼした。犬猿の仲である柿崎が、自分の理解を追い越していなかったことに胸を撫で下ろしたといったところだろう。

「それに、同じ部活だったんだから仲良くなるきっかけなんていくらでもあるだろう」

 梅野はそうまとめると、柿崎の手から冊子を奪い返し、百瀬の写真の一つへと目線を落とした。

「あれ?」

「どうした?」

「いや。なんでもない」

「はっきり言えよ」

「いや、この写真、なんか違和感があって。どこがそう感じるのかは分かんないんだけど……」

 歯切れ悪く梅野が首をかしげる。柿崎ものぞき込んでみるが特に違和感を抱くような写真じゃない。数人の部員たちと百瀬が映っているような写真。何か作業をした後のようで画材や道具が机の上には散らばっていた。

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