月影澪のレポート「新興宗教団体『希望の灯』の集会潜入記録」

 夕闇が迫る頃、私は旅館の一室に戻った。疲労が全身に染み渡り、四肢が鉛のように重い。廃校での出来事が頭から離れず、心の中で渦を巻いている。あの子供たちの虚ろな目、突如現れた不可解な影、そして消えゆく足音。これらの記憶が、まるで走馬灯のように駆け巡る。しかし、次の調査へと向かわねばならない。


 窓の外を見やると、かげみ町の街並みが薄暗がりの中に沈みつつあった。街灯が点き始め、その光が不自然に揺らめいているように見える。目を凝らすと、路地の奥に人影らしきものが見えたが、瞬きした途端に消えてしまった。


 スマートフォンが振動し、画面に「19:00希望の灯教団集会潜入」の文字が浮かび上がる。深呼吸をし、気持ちを切り替えた。手元の資料に目を通す。「希望の灯」教団。新興宗教団体でありながら、この町では異様なまでの影響力を持っているらしい。その実態は謎に包まれている。


 鏡の前に立ち、化粧を施す。普段とは異なる印象を与えるよう、髪型も変更する。地味な服装に着替えながら、心の中でつぶやく。(この町の謎は、きっとこの教団と関係がある……)


 隠しカメラの動作を確認し、緊張で震える指先を抑え込む。小型マイクも服の内側に取り付け、最後のチェックを行う。深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせようとするが、胸の高鳴りは収まらない。


 夜の街に出ると、空気が一段と冷たく感じられた。街灯の明かりが届かない場所では、闇がより濃く、深く感じられる。歩道を歩く人影はまばらで、すれ違う人々の表情は暗く、どこか虚ろだ。



 古びた倉庫を改装した集会所に到着。入り口には「希望の灯」の看板が掲げられ、不気味な存在感を放っている。建物の周囲には、何台かの車が止まっており、中にはかなり高級そうな車種も見受けられた。周囲を慎重に確認し、深呼吸をして入口へと足を進める。


「初めてですね。どちらからいらっしゃいました?」


 突然声をかけられ、心臓が跳ね上がる。振り返ると、温和な笑顔の中年女性が立っていた。しかし、その目には笑みがなく冷たい。


「はい、興味があって……東京から来ました」


 警戒心を抑えつつ、建物内に足を踏み入れた。玄関には、教団のシンボルマークが大きく掲げられている。それは、光に包まれた人型の影のようなデザインで、見ていると目が眩むような感覚に襲われた。


 薄暗い広間に足を踏み入れると、異様な空気が肌を覆う。天井が高く、壁には教団の教えらしき言葉が大きく書かれている。「影は真実を映す鏡なり」「光の中にこそ、真の闇あり」意味深な言葉の数々に、首を傾げずにはいられない。


 正面には演台が設置され、集まった信者たちの表情は一様に虚ろだ。老若男女問わず、様々な年齢層の人々が集まっている。隠しカメラをセットしながら、冷や汗が背筋を伝う。


 近くで交わされる会話が耳に入る。


「最近、影を見る人が増えているらしいわ」

「ええ、でもそれは選ばれし者だけよ」


 その言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。「影を見る」とはどういうことなのか。そして「選ばれし者」とは。疑問が次々と湧き上がる。


 突如、静寂が訪れた。信者たちの視線が一斉に演台に向けられ、スポットライトが照らし出す中、一人の男が現れた。


 カリスマ的な雰囲気を纏い、鋭い眼光を放つその男。(この男が、教団の教祖……杉本龍三)と、心の中でつぶやく。年齢は50代半ばといったところか。整った容姿に、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。


 杉本の話術は聴衆を魅了し、場の空気を支配していく。その声には、人を惹きつける不思議な力がある。


「我々は選ばれし者だ。かげみ町には、この世のものとは思えない力が宿っている」

「その力を理解し、受け入れる者だけが、真の救済を得られるのだ」

「影は我々の内なる真実を映し出す。それを恐れてはならない。受け入れよ、そして乗り越えよ」


 信者たちは熱狂的に反応し、中には涙を流す者もいる。しかし、私の中に違和感が芽生える。


「この人の言葉、どこか現実離れしている。でも、なぜか惹きつけられる……」


 その瞬間、杉本の視線が私に向けられた。心臓が高鳴り、息が止まりそうになる。彼の目は、まるで私の心の奥底まで見透かしているかのよう。しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼の視線は群衆へと戻っていった。


 集会が進むにつれ、異様な空気がさらに濃厚になっていく。信者たちの目は次第に焦点を失い、まるで催眠状態に陥ったかのようだ。私は冷静さを保とうと努めるが、この場の異常性に圧倒されそうになる。


 突然、会場の照明が落とされ、暗闇に包まれる。そして、信者たちの間から低いうめき声のようなものが聞こえ始めた。次第にその声は大きくなり、やがて一種の詠唱のようになっていく。


「影よ、我らに真実を示せ」

「光よ、我らに道を照らせ」


 その言葉が繰り返される中、私の目に信じられない光景が飛び込んできた。信者たちの影が、床から立ち上がり、踊り始めたのだ。私は思わず目を擦った。幻覚か? それとも集団催眠? しかし、目の前で起きている現象は、そんな簡単な説明では片付けられないものだった。


 恐怖と戸惑いで体が硬直する中、杉本の声が響き渡る。


「見よ、これが真実の姿だ。我々の内なる影が解放される瞬間を」


 その言葉とともに、影たちは一斉に天井へと伸び上がり、そして消失した。再び照明が灯されると、信者たちは恍惚とした表情で立ち尽くしていた。


 私は震えながら、隠しカメラの電源を確認する。だいじょうぶ。ちゃんと撮れている。いまは何が起きたのか、まだ理解できない。ただ一つ確かなのは、この教団が単なる新興宗教ではないということだ。そして、かげみ町の謎は、私が想像していた以上に深く、そして恐ろしいものかもしれないという事実だった。


**


匿名の編集者による考察


月影澪の潜入レポートは、「希望の灯」教団の実態に迫る貴重な資料となっている。その内容は、我々の予想を遥かに超える衝撃的なものだった。特に注目すべき点は以下の通りだ。


1.教団の集会場所が古い倉庫を改装したものである点は、この団体の歴史が比較的浅いことを示唆している。同時に、かげみ町の衰退と教団の台頭に何らかの関連がある可能性も考えられる。廃墟となった建物を利用することで、町の衰退を逆手に取っているのかもしれない。


2.信者たちの虚ろな表情や、「影を見る」という会話は、教団が何らかの方法で信者の精神状態に影響を与えている可能性を示している。薬物の使用や、高度な洗脳技術の存在も疑われる。特に、集会の後半で見られた集団的な恍惚状態は、極めて異常な現象と言わざるを得ない。


3.教祖・杉本龍三のカリスマ性は特筆に値する。彼の話術が聴衆を魅了する様子は、単なる弁舌の巧みさだけでなく、何か超常的な力が働いている可能性も否定できない。澪自身も彼の言葉に惹きつけられていると報告しており、その影響力の強さが伺える。


4.「かげみ町には、この世のものとは思えない力が宿っている」という杉本の言葉は、町で起きている怪異現象と教団の活動が密接に関連していることを示唆している。彼らは町の異常性を認識し、それを積極的に利用しているのかもしれない。


5.集会後半の「影が踊る」現象は、我々の理解を超えた出来事である。これが集団催眠や巧妙な演出によるものなのか、それとも本当に超常的な現象なのかは、現時点では判断できない。しかし、この現象が信者たちに強い影響を与えていることは間違いない。


6.教団のシンボルマークや、壁に書かれた言葉には、深い意味が込められているように思われる。「影は真実を映す鏡なり」「光の中にこそ、真の闇あり」といった言葉は、彼らの教義の核心を表しているのかもしれない。これらの言葉の真意を解明することが、教団の本質に迫る鍵となるだろう。


7.集会に参加していた信者の中に、高級車の所有者がいた点も注目に値する。この教団が、町の有力者や富裕層にも浸透している可能性がある。そうであれば、町全体に対する彼らの影響力はさらに大きいものと考えられる。


今後の調査では、教団の具体的な活動内容や、かげみ町の怪異現象との関連性をより詳細に探る必要がある。特に、以下の点に焦点を当てる。


・教団の歴史と、かげみ町の衰退との関連性

・杉本龍三の経歴と、彼が持つ「力」の正体

・「影を見る」ことの意味と、それが信者たちに与える影響

・集会で見られた超常現象の科学的検証

・教団の教義と、かげみ町に伝わる伝説や怪談との関連性

・町の指導者層と教団との繋がり


同時に、澪の安全にも十分な注意を払わなければならない。教団の影響力が予想以上に強大であり、彼女の潜入が既に察知されている可能性も考慮に入れるべきだろう。


この取材は、我々を未知の領域へと導いている。それは、科学的な理解を超えた、人知の及ばぬ世界かもしれない。しかし、真実に迫るためには、これらの現象と正面から向き合う勇気が必要だ。かげみ町の謎は、人類の認識の限界に挑戦しているのかもしれない。

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