第31話 一夫多妻制のこの社会で俺は……

 診察の結果とすぐ帰る旨、メールで香織にも伝えていたのだが、俺とさくらが帰ると、涙目の香織が玄関先に飛んで来た。


「さ、さくらちゃん! 大丈夫!? お腹の赤ちゃんも平気?」


「は、はい……。///妊娠初期で食欲過多だったみたいで、食べ過ぎてしまってお恥ずかしい限りですぅ……」


 さくらは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、香織は涙目で、その場に膝をついていた。


「ううっ。さくらちゃんが無事で本当によかったぁっ……! さくらちゃんが最近以前と様子が違うの分かってたのに、わ、私っ、なんでもっと早く体調の変化に気が付いてあげられなかったんだろうって、後悔しててっ……」


「えっ。そんな! 香織さんは何も悪くないですよ!」

「そ、そうだよ。それを言ったら、俺もさくらの事何も気付いてやれなかったし!」


 自分を責める香織に、慌ててさくらと俺が否定するも、彼女は深刻な表情で、ぶんぶんと首を振った。


「さくらちゃんと良二くんは皆に愛されて、素敵で幸せな家庭を築いていたのに、私のせいで一夫多妻制になってしまったから二人に心労をかけてしまって、ごめんなさい……!


 今度の事で、さくらちゃんに何かあったら、私、自分が一生許せないところだった。

 このまま一緒にいても、二人に迷惑かけるしかないと思うし、私を離縁して下さい」


「「香織(さん)っ?!」」


 思い詰めたような表情での香織の言葉に、俺とさくらは目を剥いた。


「そんな必要ないですよ! 世論だって、今は好意的な方向に落ち着いてくれているから、問題ないですし……!」

「あ、ああ。そうだよ。子供の事だってあるのだし、そんな簡単に……!」


「ううん。ずっと考えていたの。赤ちゃんを、授かっただけで私は充分幸せだから。

 良二くん、責任取らなきゃいけないような行為をしたわけじゃないんだから認知もしなくてもいいよ」


「「香織(さん)…!||||||||」」


 その言葉から、今回の件だけでなく、一夫多妻制の婚姻をしてから、ずっと香織が悩んでいた事が感じられた。


 一夫多妻制婚姻が世間に知れて、騒動になった時も、鎮めるのに精いっぱいで、香織の気持ちにちゃんと寄り添ってフォローする事が出来ていなかった。


 そして、何より香織を追い詰めていたのは、自分だったのかもしれないと気付いて、俺は彼女の前で思い切り頭を下げた。


「香織、ごめん!!」


「良二くんっ!?」

「良二さんっ!?」


 香織もさくらも驚く中、俺は告げた。


「俺、今まで、一夫多妻制家庭にした事に対して、後ろめたさや罪悪感を抱えていたんだと思う。香織がそれを自分のせい感じさせてしまっていてなら申し訳なかった」

「そ、そんな……! 良二くんが謝る事じゃ……! 悪いのは、私で……」


「いや。もっとちゃんと話をするべきだった。俺はもちろん、さくらの事を愛しているし、伴侶としてとても大切に思っている。」


「良二さん……///」


 香織と俺のやり取りを息を詰めて聞いていたさくらはポッと頬を赤らめた。


「けど、香織がシリンジ法という形でも、俺との子を妊娠したと聞いて、不思議な気持ちになったよ。決して嬉しくないわけじゃないんだ。ちゃんと伝えるべきだった」

「りょ、良二くんっ……」


 香織は堪えきれず、涙を流していた。


「香織に対してさくらに対するのと全く同じ気持ちにはなれないけど、子供に対する愛情を共有する同志にはなれると思う。そういう形の繫がりでは、香織がここで一緒に生活する理由にはなり得ないだろうか」

 

「そんな事ないっ。私は、それで勿体ないぐらいに幸せだと思うよ。でも、私には、二人に迷惑かけた分返せるものが何もないの」


「香織さん。私も良二さんも香織さんには充分沢山のものをもらっているんですよ?それでも、どうしても気になってしまうというなら、皆で前を向いて一緒に幸せになる事。それが何よりのお返しになるんじゃないですか?」


「さ、さくらちゃん……」


 ボロボロ泣いている香織に、さくらが優しく呼びかけた。


「妊婦さんがこんなところに座り込んでいたら、体が冷えてしまいますよ? さぁ、続きはリビングで話しましょ?」


「えっ、あっ。ごめん。さくらちゃんも妊婦じゃない! 温かいところ行かなきゃ!」


「ふふっ。そうですね。妊婦が二人もいるのですから。良二さんが手を繋いで連れて行ってくれる筈です」


「え」


「良二さん。私と香織さんと手を繋いで下さい」


 さくらはいたずらっぽい笑顔で俺に右手をグーパーをして見せ、左手で香織を指し示したので、俺は苦笑いした。


「ハハッ。さくらには敵わないな……。ホラ。香織!」


「あ、ありがとう……///」


 俺が座り込んでいる香織に手を差し伸べると彼女は躊躇いながらもその手を取り立ち上がり、恥ずかしそうに目を伏せた。


 香織と繋いだ右手に染み透るような温かさを感じていると、左手もキュッと小さくて冷たい手で握られるのを感じた。


「……! さくら。結構手が冷えているぞ?」

「えへへ。外にいたせいかな。温めて下さい〜///」

「ん。分かった」


 さくらの勧めに従い、温めるようににぎにぎと手を握ると、さくらは嬉しそうに悲鳴を上げた。

「ひゃっ。//擽ったい」


 狭い廊下を三人で身を寄せ合ってリビングに向かうと……。



「マーッ! パーッ! カーッ!」

「ニャーッ💦」


「「「スミレ(ちゃん)……。あんず(ちゃん)……」」


 話し声に途中で目が覚めたらしいスミレが、ギンギンに冴えた目を見開いてそこに仁王立ちで出迎えてくれ、更にその後ろには「勘弁してくれよ」というような表情のあんずが控えており、俺、さくら、香織は苦笑いしたのだった……。


 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


「一夫多妻制の結婚式をしませんか?」

 とさくらから提案されたのは、それからすぐの事。


 俺とさくらは一度結婚式を上げているが、香織を交えた一夫多妻制に移行する

 事で、お互いを大切な存在として暮らしていく為にも改めて式をした方がいいんじゃないかというのが彼女の主張だった。


 再婚になる為、そんな事にお金を使うのはと初めは躊躇っていた香織だったが、「生まれてくる子供にも、お父さんお母さんの式の写真を見せられますよ?」とさくらが勧めると、「じゃあ、小規模のものなら……」と乗り気になっていた。


 毎度ながらさくらのいざという時のプレゼン力には感心させられた。それからは式場選び、体調のよさそうな時期と家族の日程調整、妊婦にも優しいドレス選びなど、さくらと香織が仲良くキャアキャア言いながら進めて行った。


 俺は仕事もあり、式の準備はほぼ二人にお任せだったが、ドレスの試着だけは二人の強い希望により付き添う事になった。


「どう?良二くん?」

「お、おう。すごくいいと思う」


 白いゆったりとしたウエディングドレスはお腹が多少目立つようになったとはいえ、全体的にはほっそりして見える香織の体によく合い、とても綺麗だった。


「どうですか?良二さん?」

「う、うん。とっても素敵だと思う」


 華やかなピンクのウエディングドレスは一児を産み、今もう一人妊娠中とは思えないさくらの清らかな美しさを際立たせ天使と見まごう美しさだった。


 月並みな感想しか言えない俺だったが、二人は満足そうに笑ったものだった。




 そして、また大安吉日のよく晴れたある日――。


 俺達は小さな式場で、小さな結婚式を行う事になった。


 俺、さくら、香織は並んで牧師役の父、さくら父、香織父とそれぞれ相対していた。


「しし、新郎……い、石藤良二

 あなたは財前寺桜さんを第一の妻とし

 瀬川香織さんを第二の妻とし

 健やかなる時も 病める時も

 喜びの時も 悲しみの時も

 富める時も 貧しい時も

 二人を信愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい。誓います……!」


 緊張に最初かんでしまったが、途中から持ち直した父の問いかけにタキシード姿の俺は重々しく頷いた。


「新婦 財前寺桜

 あなたは石藤良二さんを夫とし

 瀬川香織さんを石藤良二さんの第二の妻とし

 健やかなる時も 病める時も

 喜びの時も 悲しみの時も

 富める時も 貧しい時も

 二人を信愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい。誓います……!」


 穏やかな笑みを湛えたさくらの父、財前寺龍人さんの問いかけにピンクのウエディングドレス姿のさくらは迷うことなく頷いた。


「し、新婦 瀬川香織 ずっ……。

 あなたは石藤良二さんを夫とし

 財前寺桜さんを石藤良二さんの第一の妻とし

 健やかなる時も 病める時も

 喜びの時も 悲しみの時も

 富める時も 貧しい時も

 二人を信愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

 その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか……?」


「は、はい。誓います……!ぐすっ……」


 鼻をすすり、声を震わせながらの香織の父の問いかけに、白いウエディングドレス姿の香織も涙を流しながら頷いた。


「「「では、誓いのハグを……!」」」


「良二さん……!」

「良二くん……!」

「お、おう!」


 三人の父の言葉に、先に肩を寄せ合ったさくらと香織に呼ばれ、俺も輪に入るように華奢な上、身重の二人の体を壊さないようにキュッと抱き締めた。


「三人共、こっち向いて〜!」

「もっとくっついて〜!」

「三人見つめあって〜!」


 その場面を、俺の母とさくら兄の龍馬さんとその恋人の宝条さんがにこやかにカメラを構え、皆に色々注文されながら、沢山写真を撮ってもらった。


「あ〜ん! スーも〜!」

 ダダッ!!

「おわっ。スミレ!」


 そこへ、母の近くにいたおめかしワンピース姿のスミレ(最近、自分の事を『スー』と言うようになった)が焼き餅を焼いてこちらに走って来たので、勢いよくぶつかってくる小さい体を俺は慌てて抱き止めた。


「コラコラ、スミレ! ママ達にぶつかっちゃうだろうが。今、お腹に赤ちゃんいるんだから、優しくしてあげないと。」

「ポンポ?? ププいる?」


 俺が言い聞かせると、自分のお腹を撫でてスミレはビックリしていた。


 ポフッ。


「スーもププ! ポンポ!」


「いやぁ……。赤ちゃん=ププちゃん人形じゃないんだけどな……」


 真剣な顔で、持っていたお気に入りのププちゃん人形を服の中に入れて得意げなスミレに俺は苦笑いしていると、香織とさくらがクスクス笑っていた。


「ふふっ。スミレちゃんも、赤ちゃん産みたいの?」

「早く大きくなって、パパみたいな素敵な男の人を見つけなきゃですね?」


「え。いやぁ、まだまだ先の事だし、ゆっくりでいいんじゃないかぁ?」


 小さいスミレがいつか伴侶を見つけて子供を産む事になるなんて、考えられない俺はそう言って笑ったのだが……。


 ポンッ! ✕2


「「いや、結構あっという間だよ?今から覚悟しといた方がいい」」

「えっ」


 右肩をさくら父、左肩を香織父に叩かれ、二人に真剣な表情でそんな事を言われ、俺は顔を引き攣らせた。


「香織が石藤くんに出会ったのは、確か16だったな……」

「16…!💥💥スミレがもうすぐ2才だから、あと14年……!||||||||」


 左隣からの香織父の呟きに衝撃を受け……。


「さくらが石藤くんに出会ったのは、確か7才だったな……」

「7……!! 💥💥💥あと、5年……!がはっ!! ううっ。スミレッ…!パパを置いて行かないでくれっ。」


「???」


 右隣からのさくら父の呟きに更に打ちのめされ、泣きながらスミレを抱き締めると彼女はキョトンとしていた。


「もう、お父さん……」

「お父様、あんまり良二さんを虐めないで下さいね」


「悪い悪い……。いや、今から石藤くんに男親の心構えをしておいた方がよいと思って……」

「いや、そうなんだよ。思ったより月日の流れるのは早いものだからね?」


 娘達に怒られ、いたずらっぽい笑みを浮かべ、顔を見合わせる香織父とさくら父は、なかなかどうして気が合っているようだ。

 そこへ、うちの母が心配げに会話に入って来た。

「娘を持つ親御さんのご心情からしたら、そうですよね。良二! あんたも、父親としての気持ちが分かるなら、肝に銘じてさくらさんも香織さんを幸せにして差し上げるよう精一杯尽くすようになさい!」


「は、はい!お義父さん方。俺、精一杯頑張りますので……!」


 母にケツをひっぱたかれるように、さくら父、香織父に頭を下げると、二人は恐縮したように手を振った。


「いやいや、石藤くんのように誠実でよく出来た男性はそうはいないですよ」

「そうですね。良二くんを伴侶とした娘は幸せですよ」

「いえいえ。そんな」


 そこから、両親とさくら父、香織父が話を始めたところに、いつの間にか龍馬さんが近くにいて俺に耳打ちをした。


「今の話、俺も身に沁みたよ……」

「龍馬さん……」


「秋桜さんとあれからまた話し合って、俺達婚約する事になったものでな」

「えっ……! そうなんですか?」


 龍馬さんの言葉に、俺は驚いた。


 宝条さんは、実家同志のいざこざで二人の間がギクシャクするよりはと、龍馬さんとは内縁の関係を選んだ筈だったから……。


「さくらが一夫多妻制を受け入れた事に秋桜さんは影響を受けたらしい。どの婚姻体系でも、本人の意思次第で幸せは得られる。それなら、産まれてくる子供をきちんと保護してあげられる形にしてあげたいと、そう思ったらしいよ……」


 龍馬さんはそう言って、さくら、香織、スミレと共に楽しげに話している宝条さんの姿を見遣って微笑み、俺は感慨深く頷き、心からの祝福の言葉を述べた。


「そうなんですね……。それは、おめでとうございます」


「ありがとう……。色んな人と関わって、心も体も状況も変わっていくけれど、大事な人と歩調を合わせて笑顔で笑い合えるように生きて行きたいと思うよ。君もそうだろ?」


「……!」


 龍馬さんの言葉に、俺は二人でスミレを抱っこして宝条さんに写真を撮られているさくらと香織の姿を見て頷いた。


「はい……。本当に、そう……思います。」


 一夫多妻制の許されたこの社会で、一夫多妻制家庭を持つ俺が一途な愛を語ったところで、世間の人は誰も信じやしないだろう。


 けれど俺は、香織を白鳥に奪われ、お見合い相手を2回も一夫多妻制を利用するリア充に持って行かれ、3度目のお見合いは事故ですっぽかしてしまい、もう伴侶を得るのは無理だと諦めていた時、銀髪に青い目の謎の美少女にもらったあの野菜スープの味を今でも忘れる事が出来ない。


 彼女に対して唯一無二の愛を貫く事で、俺の人生が豊かに変わって行き、その延長線上に進んだ結果が今ここにあるのだと俺は信じている。


 それが正しい事なのか、それは一緒に歩みながら、彼女の笑顔に答えを見出して行くしかないのだろう。


 厳粛な気持ちでこの家庭を守って行こうと心に決めたところ、銀髪美少女から銀髪美女に成長した愛しの彼女=さくらは、青い目を大きく見開いてこちらを見て、叫んだ。


「あっ。お兄様!いつまでも良二さんを一人占めしてはだめです。男性でもNTRは禁止ですよ!」 


「あ〜!さくらちゃん、シー!今カメラでツーショット狙ってたのにっ……!」

「えっ。えっ。二人って、まさかそういう……?||||||||」

「えぬ……てぃー??」


「さ、さくら……」

「こ、秋桜さん……」


 さくらの発言は女子群に様々な波紋を呼び、俺と龍馬さんはその場に崩れ落ちたのだった。








✽あとがき✽


 最終章一夫多妻エンドVer.本編最終話となりまして、今まで読んで下さり、応援下さり、本当にありがとうございました!


 「一夫多妻制」当初からこちらの結末に向かって執筆していましたが、読者様から賛否両論あるかと思い、前作は曇りないハッピーエンドの時点で一区切りさせて頂きました。


 今回、最終章一夫一妻エンドVer.と共にこちらのルートを投稿させて頂きましたが、どうでしたでしょうか?


 《一夫一妻エンドVer.》や前作の方がよい、そこまでして香織を救わなくてもとか、逆にもっと実質的な一夫多妻制にして欲しかったなど、何かご意見やご感想がありましたら、ぜひお寄せ下さいね。


 今後は、白鳥の再来、香織の仕事についてのおまけ話7話分を以下のように週三12時投稿していければと思いますので、よければどうかよろしくお願いします。m(_ _)m


8/6(水)〜8/8(金)

 「白鳥の再来」

 「落とし玉に倒れる白鳥」

 「白鳥慶一の新たな職場と仲間」

     

8/13(水)〜8/15(金)

 「二俣法律事務所の相談案件」《前編》      

              《後編》

 「座練躍再び 」《前編》 

8/20(水)

 「座練躍再び 」《後編》


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