第20話 一夫多妻制婚姻のススメ《前編》

 それから1週間後、俺とさくらは再び、香織の病院をお見舞いに訪れた。


 前回の時よりは、彼女の顔色は良くなっていて、痛みも収まって来て、少しずつリハビリもしているとの事だった。


「石藤くん。さくらちゃん。また来てくれたのは嬉しいけど、私、もう大丈夫……だよ? 来週には退院するし……」


「もうすぐ、退院なんですね。それはよかったです。ねぇ、良二さん」

「あ、ああ……」


 戸惑っている様子の香織に、俺とさくらは顔を見合わせた。


 うん。切り出しにくいな……。


 よく考えたら、いくら俺達の合意が取れたからって、こんな提案、香織からしてみれば侮辱以外の何物でもないんではないだろうか。


「いい加減にしろ!」


 と香織(もしくは香織父)にぶん殴られてもしょうがない案件だろう。


「良二さん……」


 躊躇っていると、さくらが、促すように俺の腕にポンポン手で触れてきた。


「あ、ああ……。分かってる」


 どんな事になるかは分からないが、決めた以上はこうしていても仕方がない。


「??」


 俺はゴクッと生唾を飲み、不思議そうに首を傾げている香織に向き直った。


「瀬川さん! 俺を殴ってくれ!!」


「ええっ!?? 良二くん、いきなり何をっ?!!」

「りょ、良二さん! 多分、話をする順番間違えちゃってますぅっ」


 度肝を抜かれて、驚きの声を上げる香織と、急いで俺の誤りを教えてくるさくらに、慌てて謝った。


「えっ。あ、ああ! ごめん!! 緊張してしまって……。ええと……」


 俺はゴホンと咳払いをして、仕切り直した。


「今から、瀬川さんにとても失礼な提案をするかもしれないけど、気に入らなかったら、一発俺をぶん殴って、忘れてくれ」


「ええっ?それってどういう事……?」


 やはり、不可解でしかないという表情の香織に、単刀直入に告げた。


「提案というのは、俺とさくらと瀬川さんと一夫多妻制の婚姻関係を結ばないか?という事なんだ」


「へ……」


 目の光が消え、呆けている香織に更に続けた。


「もちろん、形式的なもので構わない。

 瀬川さんは、上司とああいう事があったばかりで、男の俺と関わるのが嫌だったら、なるべく顔を合わせないように配慮するし、何か要望があれば可能な限り答えるようにする」


「??」


「さくらは君の今後をとても心配してる。婚姻関係があれば、財前寺の力が君を守ってくれる。白鳥の妻だった事で受ける不利益はなくなり、就職も……」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 香織は俺の発言を遮るように声を上げた。


「そんなのおかしいでしょう? だ、だって、石藤くんとさくらちゃんは相思相愛の夫婦で、子供もいて、そんな中私が割って入るなんて! しかも、さくらちゃんの実家の力を利用して守られるなんて! 許されるわけが……!」


「いいえ。私はぜひそうして欲しいと思っていますよ。もちろん、お父様も賛成してくれています」


「さくらちゃん?嘘……でしょ??」


 隣のさくらが穏やかに微笑みながらそう言うのに、香織は愕然と目を見開いた。


「いいえ。小さい頃、良二さんと共に私を守って下さった香織さんを、今度は私が守りたいと思って何らおかしい事はありません。

 そして、良二さんも、もちろん香織さんを守りたいと思っています」


「え……」


 香織に目を向けられ、俺は頭を掻きながら肯定した。


「ま、まぁ、俺も出来る事があるなら、やってあげられたらという気持ちだけど……。もちろん、瀬川さんの気持ち次第だからな。


 他の男性と結婚できるチャンスを逃してしまうし、二度も一夫多妻制婚姻をする事で、表向きは手出しできなくても陰口ぐらいは言われるかもしれない。


 意にそまないのであれば、もちろん断ってくれて構わない」


 俺がそう言うと、香織は狼狽えて、視線を左右に泳がせた。


「えっと……、でも……、だ、だって……」


 何か言い辛そうだな……。


 さくらは香織がそれを望んでる筈だと言うけれど、とてもそうは思えない。


『あなたと添い遂げなくて本当によかったわ!!』


 過去に彼女に言われた言葉を思い出し、俺は苦笑いしてブンブンと手を振った。


「いや、いいよ。瀬川さん。今更俺に傷付かないように配慮してくれなくて。必要ないなら、正直にそう言ってくれればいいから。まぁ、一夫多妻制の婚姻なんて、ほぼ断られるとこっちも思っていたしさ……」


「えっ……。そ、そうじゃなくて……!」 

「ちょっ、良二さんっ!」


 泣きそうになった彼女に助け舟を出そうとして、さくらには何故か窘めるように呼びかけられた時……。


 ガタンッ。


 物音がして、そちらを向くと、さくらが贈った花を花瓶に生ける為、席を外していた香織父が、厳しい表情でそこに立っていた。

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