第13話 耳を疑う言葉
「香織さんのお父様、お医者様と話し込まれていたので、資料を渡すのは、またの機会にします」
あれから、車に戻って来たさくらは、俺と権田さんに説明しながら、少し疲れたような笑みを浮かべていた。
何かあったのだろうかと俺は心配だったが、そろそろスミレがぐずり出しているらしいというメイドさん達からの連絡を権田さんから受けて、急いでそのまま実家に送ってもらい、スミレを迎えに行ったので、すっかり紛れてしまっていた。
「ニャ~った!いっぱ、った!(猫いた!いっぱいいた!)」
「ああ、ブロッサムちゃん、リュウちゃん達(財前寺家の飼い猫)に会ったんですね?」
「よかったなぁ、スミレ?」
「スミレお嬢様、愛らしゅうございますねぇ……」
車の中で、拙い言葉で実家で遊んだ興奮を伝えて来るスミレに、さくらも俺も権田さんも頬を綻ばせた。
香織の事を思うと焼けるように胸が痛むが、彼女に対して俺がしてやれる事はない。
無理矢理にでも心を切り替えて、今回の事で負担をかけてしまったさくら、スミレ、あんずに尽くしていこうと俺は思ったのだが……。
✻
「すやすや……」
「ニャ~ン」
家に着き、車の中で寝てしまったスミレを寝室のベッドに乗せると、妹を見守るように、あんずがその側にそっと寄り添った。
「スミレ、爆睡だな……」
「ええ。疲れたんでしょう……。メイドさん達の話ではうちの猫ちゃん達と一緒にかなりはしゃいでクッションの上を飛び跳ねていたみたいですので……」
愛娘の寝顔を微笑ましく見守っていると、さくらが、リビングの方を指差して俺に囁いた。
「良二さん。ちょっと、向こうでお話、いいですか……?」
「あ、ああ……」
俺は改まった雰囲気のさくらに戸惑いつつ、彼女と共にリビングへ移動した。
✻
俺にリビングのソファに座るよう勧め、紅茶を出してくれたさくらは、思い切ったように話を切り出した。
「香織さんの事なんですが…。あんな行動に出てしまった直接の原因は、上司のひどい所業によるものですが、その前から彼女は希望を持てずに悩んでいたように思うんです」
「うん。それは、俺も感じていたよ……」
資料を渡せずに戻って来たさくらの様子が少しおかしかったし、話したい事とはやはりその事だったのかと思いつつ、1週間前の香織の様子を思い返して頷いた。
「彼女は、就職活動がうまくいかない事でストレスを感じていたみたいで、当たって、過去が違えば俺とうまくいっていたかもしれないなんて口走ってしまったと言っていた。
だから、彼女が落ち着いた頃、財前寺社長に紹介してもらった就職先を……」
と言ったところで、さくらはふるふると首を横に振った。
「それは、香織さんが気持ちを誤魔化して、そう言っただけです。
今、香織さんが欲しているのは就職先ではなく、良二さんとの未来です」
「っ……!」
真剣な目でさくらにそう言われ、俺は目を見開いた。
「そ、そんなわけないだろ。それに、もしそうだとしても、どうしようもない。
俺が伴侶に選んだのは君なんだし、
彼女が離婚したからといって、気持ちに応えてやれるわけじゃない。
俺達がそれ以上彼女にしてやれる事なんてないよ…!」
動揺しながらも自分にも言い聞かせるように言うと、さくらは何かを覚悟したような強い瞳で俺に言った。
「いいえ。私達が香織さんの為にしてあげられること、ありますよ?
私達にしか出来ない事が……」
「え?」
聞き返したところ、さくらはそこで言葉を切って俺に明るい笑顔を向けた。
「良二さん。私、子どもと食べるおやつの料理本の売れ行きも上々で、重版が決まったんです。
その件で今度、久々に雜誌とテレビの出演する事になっていて、今までお断りしていたこういったお仕事も今後は増やして行こうと思っているんです。」
「そ、そうなんだ。それはいい事だと思うよ…? 俺も出来る限り協力するし」
急に話題を変え、そんな事を言ってくるさくらの考えが読めず、戸惑いつつ、やりたい仕事をやれるならと俺はその希望に賛成しようと思ったのだが……。
「ですから、収入要件は満たせると思うんです」
「収入要件?」
「はい。一夫多妻制家庭を利用する為の収入要件です」
「……!?? さ、さくら…??」
俺はさくらの言っている意味が全く分からず……、いや、分かりたくなくて、彼女の顔を愕然と見詰めていた。
✽あとがき✽
読んで下さりありがとうございます。
いよいよ、その言葉を口にしてしまったさくらちゃん。
揺れる石藤家の行く末を見守って下さると有難いです。
今後ともどうかよろしくお願いしますm(_ _)m
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