第10話 痛々しい笑顔

 香織は、あまりの事に言葉も出ない俺達を前に自殺に至った経緯を淡々と語った。


「その後、両親が私と連絡が取れないのを心配して、家まで様子を見に来てくれて、すぐに発見されて助かったの。


 その時、ちょうど権田さんが私の勤め先の事で気になる事があると私に忠告しようと連絡を入れて下さってて。

 電話を受けた両親からの話では、その疋田という上司はセクハラの常習犯で、前の会社でも、女性社員を脅して無理矢理関係を迫った事があったみたい。


 その後、慶一の方にも確認してくれたみたいで、疋田と仕事はしたし、冗談交じりに私の写真をくれって言われた事はあったみたいだけど、動画や画像を渡した事実は全くないって教えてくれた。

 疋田に見せられた写真は、実業家同士の立食パーティーに出席した時の私の写真を合成したものじゃないかって」


「じゃ、じゃあ、その上司の脅しはでまかせで、香織さんの動画や画像は出回ってないんですねっ?」


「ええ……。そう……みたい」


 さくらが深刻な表情で香織に聞くと、香織は泣き笑いのような表情で答えた。


「そ、そうですかぁ……。よ、よかったぁっ……」


 気が緩んだようにさくらは涙を落とし、俺も心底ホッとする思いだった。


 相変わらず仕事が早い権田さんに心から感謝もしていた。

 だが、疑問に思うこともあった。


「しかしあの白鳥が、よく素直に教えてくれたな。」


「ああ。慶一は、離婚した私の事をよく思ってはいないだろうけど、これ以上不法行為が増えて、訴訟案件が増えたら大変だという判断からすぐに教えてくれたみたい……」


 香織はそう言い、気まずそうな表情で俺達を見た。


「バカだよね。私。きちんと事実を確認すればよかったし、事態を収める他の方法があったのかもしれないけど、その時は、私の動画や写真が色んな人に晒されてしまったと思い込んで、死ぬしかないと思ってしまったの……。


 2年間殆ど籠もっていて、就職活動もなかなかうまくいかなくて心が疲れてしまっていたせいもあるかな?


 財前寺社長も、上司への訴訟も力になってくれるって言って下さって、言葉にできないぐらい感謝しているのだけど、権田さん経由で私の事が良二くんとさくらちゃんに伝わってしまって申し訳ないなって思ってて……。


 良二くんは、優しいからさ。この前の事を気にして、自分のせいだなんて思ってしまっていたら申し訳ないから、自分の口でちゃんと訂正しておきたかったんだ」


「かお……瀬川さん……」


 何も言えない俺に、香織はぎこちない笑顔を浮かべた。


「迷惑かけちゃってごめんなさい。


 ただの私の早とちりで、何でもなくってもう大丈夫だから、これ以上は心配しないで?


 さくらちゃんも本当にごめんなさい。


 もうバカな真似はしないし、私はちゃんと生きて行くから、これからもお子さんと三人幸せにね?」


「瀬川さん……」

「香織さん……」


 何でもない?

 もう大丈夫?


 何を言っているんだ。


 そんなわけないだろう。


 動画や画像の件が出任せであっても、

 多分一生残るであろう痛々しいその手首の傷も、無理をしている笑顔から伺える心の傷も、何でもなくもないし、大丈夫でない事は明らかだった。


 下手くそな笑顔は、高校時代の彼女を思い出させ、余計に胸が痛んだ。


 けれど……。


「香織……さんっ。わ、私に出来る事があったら、何でも……言って下さいっ……。

 何かあったら、いつでも連絡して来て下さいっ……」


 隣のさくらが涙を流しながら連絡先の紙を香織に差し出していた。


「お願いですからっ。困った時に一人にならないで下さいね?」


 香織はそんなさくらを見詰め、一瞬キョトンとたが、すぐに困ったような笑みを浮かべて、連絡先を受け取った。


「ありがとう。さくらちゃん……」


 今の俺に、香織の為にしてやれることは何もない。


 俺は拳を握り締めてそんな二人の姿を見守っていた。



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