第8話 瀬川香織の転機

 約2年前、夫だった白鳥慶一がさくらちゃんを手に入れる為の卑劣な画策を阻むのに協力した。

 その後、慶一・綺羅莉・舞香との一夫多妻制を利用した婚姻関係を解消した後、さくらちゃんの父、財前寺社長にマスコミ対策やしばらく住むところを紹介して頂いたり大分お世話になってしまった。

 就職先も紹介すると言って下さったが、そこまでは流石に申し訳なさ過ぎてお断りした。


 時が経って騒動はある程度収束したものの、未だ就職はなかなか上手くいかず、実家からも心配して、一度戻って来るように言われていた。


 良二くんとさくらちゃんとは、北欧イベントの時に会場で幸せそうな姿をこっそり遠くから見たきり、あれから一度も会っていないし、直接連絡を取ったりしていなかった。


 そんな折、高校2年の時のクラスメートで、特に親しくもなかった屋川さんから、私と良二くんに伝えたい事があると呼び出されて、思いも寄らない事実を伝えられた。


「こ、高校時代、お二人の仲を裂いたのは、私なんです……!

 わ、私が、転んで石藤くんが須藤さんに覆いかぶさっているところを写真に撮り、演者グループのL◯NEに流しました。

 そ、それからっ…、演劇が終わって、石藤さん、瀬川さんが揉めているドサクサに紛れて、瀬川さんのスマホを操作して、『もう白鳥くんと体の関係があるから、私の事はすっぱり諦めて』という内容のメールと……、演劇中の白鳥くんと瀬川さんのキスシーンの画像を……、い、石藤くんに送りましたっ。

 ほ、本当にごめんなさいっっ!!」


 それを聞いて、辛いから今まで振り返らないようにしていた高校時代の良二くんと付き合っていた頃の幸せな思い出が一気に蘇って来た。


「穂乃香と良二くんの画像が送られて送られてくるまでは、私は良二くんとずっと一緒だと思っていたし、他の誰かに気持ちが揺れたりする事もなかったのにっっ!!

 良二くんにあんなひどい別れのメールを勝手に送らなければ、仲直りする事も出来たかもしれないのにっ!! あなたのっ! あなたのせいでっっ!!」


「せ、瀬川さんごめんなさ…あっ!」

「ちょ、瀬川さっ…」


 どうしようもない怒りやら恨みやらが込み上げて来て、気付いたら私は叫びながら、屋川さん掴みかかっていた。


 この人のせいで、良二くんとの時間を失い、残されたのは、慶一との一夫多妻制の結婚生活の地獄のような時間…。


「私はあんな男の元でずっと女としての幸せを虐げられたまま惨めな暮らしをっ!!

 私の幸せを返してよっ!!

 良二くんとの未来を返してよぉっ!!」


「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさっ…。ふぐぅっ!!」

「瀬川さっ…、香織、やめろって!!」


 泣きじゃくる屋川さんの肩を揺さぶる私を一緒に話を聞いていた良二くんが止めに入った。


 慌てていたせいか、昔のように名前呼びをしてくる彼への想いが抑えられなかった。

 屋川さんが自分達の間を引き裂かなければ、良二くんと結婚をしていたかもしれない。子供だって生まれていたかもしれない。と口走ると、良二くんにそれがなくても、私達は別れていた。さくらちゃんと再会して絆を深める内に、どうして私と上手くいかなかたのか分かったのだ

 と告げられてしまった。


「とにかく、過ぎた事を言っても仕方がない。もうあれから、15年も経ったんだ。

 今更どんな真実が分かろうが、俺はさくらや子供と築いている今の家庭が何より大事だし、君もやっと白鳥と訣別して、自由に生きられるようになったところだろう? 

 俺達の道が交わることはもうない。

 お互い、辛い過去は忘れて、自分の道をちゃんと歩こうぜ?」


「っ…!!」


 きっぱりと突き放す彼の言葉を聞いて、急に力が抜けてしまった。


 そうだ……。

 あれから15年も経っているんだ。


 騙されていたとはいえ、あの時慶一に気持ちを傾けてしまったのは自分なのに……。


 あんなに何度も良二くんを傷付けたのに……。


 良二くんとさくらちゃんがどんなに尊い絆で結ばれているか知っているのに…。


 何未練たらしく良二くんとの未来があったかもなんて言ってるんだろう。私……。


 慶一と別れて前向きに生きて行こうと思っていた筈なのに、思うように自分の足で立てないもどかしさに、良二くんに縋るろうとする気持ちもあったかもしれない。


 我に返ったら、ただただ自分が惨めで恥ずかしかった。


 奇異なものでも見るような目を私に向ける良二くんと、涙を流し続けている屋川さんに、私はロボットのように途切れ途切れに取り繕うような言葉を述べていた。


「そ、そう……だよね……。ごめ……ごめんね……。りょう……石藤くん……。就職が上手く行かないのもあって、イライラして、当たってしまったのかも……。

 屋川さんも……も……気にしないで……。」


        ✻


 その後は、駅で逃げるように彼らと別れ、家に帰るとグッタリとベッドにうつ伏せに身を横たえていた。


「私、何てバカな事してしまったんだろう…。」


 気弱になり、もういっそ、実家に帰ってしまおうかと考え始めたとき…。


 チャラリラー♪ 


「はぁっ……。もう、誰……。?!」


 スマホの着信音が鳴って、ため息をつきながら手を伸ばし、その発信先の電話番号が目に入り、私は目を見開いた。


 そこには、最近、就職活動でいくつか受けた会社の内、最も受かる確率が低いと思っていた食品会社、YASUIの番号が表示されていたのだった……。

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