無気力社畜、魔王軍とファミレスバイトしてみた!(1)

 それは金曜の夜、会社帰りの電車の中だった。


 スマホでSNSをだらだらと流し見していた俺は、不意に見覚えのある顔を見つけた。


 ――ヴァルだ。


 元・魔王軍参謀。異世界からやってきて、この世界の労働文化に妙にハマってしまった男。最近まで俺の会社で時給1020円の契約社員をやっていたはずだが、つい先週で契約期間が終了したと聞いていた。


 そのヴァルが、駅前の求人誌を真剣にめくっている姿が、電車の広告モニターに載っていたのだ。どうやら、地域の求人特集でインタビューを受けたらしい。


 キャッチコピーは――

 「異世界出身・元軍参謀、次なる職場を求む!」


 何やってんだあの人。


 


 * * * 


 


 翌日、駅前のカフェでヴァルに直接会った。


「……で、この前の求人誌の件なんだけど」


「ああ、あれか。たまたま求人情報を立ち読みしていたら、記者に声をかけられてな。“異世界からの転職活動”という珍しいケースらしい」


「珍しいどころじゃねえよ……」


 テーブルの上には求人誌が数冊積まれていた。紙面をめくると、ヴァルのコメントが大きく掲載されている。


 ――「かつては数万の兵を率いたが、今は厨房で皿を洗う覚悟がある」

 ――「労働条件は時給制で構わない。だが社会保険は欲しい」


「すげえ現実的だな、お前……」


「この世界で生きるならば、ルールを知らねばならん。特に“条件面”は最重要だ。魔王軍でも、食糧配給や兵の待遇は常に問題だった」


 妙に説得力がある。


「で、次はどこに応募するつもりなんだ?」


「……ファミレスだ」


「ファミレス?」


「地域密着型で、時給も悪くない。まかないがつく。なにより、接客というスキルを磨けば、この世界での生存率が上がると踏んだ」


「元魔王軍参謀が生存率とか言うなよ……」


 


 * * * 


 


 数日後、俺はなぜかヴァルの面接について行くことになった。


「なあ、なんで俺が同伴なんだ?」


「中村、お前はこの世界のマナーを知っているだろう。私はまだ“敬語”とやらが完璧ではない。通訳兼指導役だ」


「……いや、面接に通訳って」


 面接会場は駅近くのファミレス。ランチタイム前で、まだ客はまばらだ。制服姿の店長らしき男性が、俺たちをカウンター奥のテーブルに案内した。


「では、履歴書を拝見しますね……あれ?」


 店長が手に取った履歴書の職歴欄には、こう書かれていた。


 ――「魔王軍参謀」


 店長の眉がぴくりと動く。


「これは……?」


「かつて異世界で、数万の兵を束ね、作戦立案や補給管理を担当しておりました」


「……ほ、補給管理?」


「はい。兵糧の在庫管理、輸送ルートの最適化、士気維持のためのイベント企画なども行っておりました」


 言葉を選んで説明してはいるが、要するに戦争の参謀だ。


 しかし店長の反応は意外だった。


「へえ……在庫管理と輸送ルートの最適化は、うちの店舗でも大事なんですよ。食材やドリンクの発注、シフト管理も似たようなもんですし」


「なるほど……この世界でも兵站の重要性は変わらぬか」


「ええ。じゃあ、調理場とホール、どっちがいいです?」


「どちらでも。ただ、私の剣技は厨房では危険かもしれません」


「じゃあホールで」


 あっさり採用が決まった。


 


 * * * 


 


 勤務初日。俺はライナと一緒に冷やかし半分でそのファミレスを訪れた。


 制服姿のヴァルは、異様に似合っていた。黒いベストに白シャツ、首元には赤いネクタイ。背筋を伸ばし、姿勢は完璧だ。


「いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらへどうぞ」


 低く落ち着いた声で案内されると、妙に高級レストランに来たような錯覚すら覚える。


「中村殿、あやつ……完全に“執事”の動きだな」


「ああ……ていうか、普通に格好いいのが腹立つ」


 席に着くと、ヴァルは淡々とオーダーを取った。ペンの持ち方も自然で、動作に一切の無駄がない。さすが元参謀、吸収力が尋常じゃない。


 だが――。


 隣のテーブルから、客の声が聞こえてきた。


「すみません、このドリンクバー、氷が出ないんですけど」


 ヴァルは即座に反応した。


「申し訳ございません。ただちに修復します」


 ……修復?


 次の瞬間、ヴァルはドリンクバーの機械をカバーごと外し、中の配管を覗き込み、工具もないのに素手で何やら調整を始めた。


「これでよし」


 ゴトン、と音がして、氷が勢いよく落ちた。


「おおー!」


 客が拍手する。ヴァルは軽く会釈して戻ってきた。


「おい、それ直す仕事じゃねえだろ!」


「いや、兵站の要は設備維持だ。現場で故障を放置すれば士気が下がる」


「いや、ここ戦場じゃないから!」


 そんなやり取りをしている間にも、ヴァルは次のテーブルへと颯爽と歩いていく。その背中は、どう見ても元魔王軍参謀というより、できるアルバイトリーダーだった。


 


 * * * 


 


 帰り道、ライナがぽつりと言った。


「中村殿……あやつ、きっとこの世界で“居場所”を見つけるぞ」


「そうかもな……あんな働きぶり見せられたら、誰だって認めるだろ」


「貴殿も負けていられぬな」


「……そうだな」


 求人票の向こうに広がっていたのは、ただの時給や待遇だけじゃなかった。


 そこには、異世界から来た元参謀が、この世界で生きようとする物語があった。


 そして、その物語はきっと――俺の物語にも繋がっていく。

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