第14話

「これ食べていいんですか!?」

「酸っぱいかもしれないから少しかじってみて甘かったらにしなね」

「はい!」


 花壇の部屋に入った途端、ユーリスの瞳は輝き出して、それからすぐに私の隣から駆け出した。

 まるで収穫期の弟のようで、可愛くてたまらない。

 

 早速イチゴをもぎり取ったユーリスは小さな口でイチゴを啄むと頬を盛大に緩める。

 執事さんがセレクトしただけあってそれらは子どものユーリスの口にもあったらしい。

 

「甘い! 美味しいです!」

「そっか。ならいっぱい食べなね」

「はい!」

 よほど気に入ったらしく、先ほどの緊張が嘘だったんじゃないかと思うほどに、ユーリスは私に笑顔を向けてくれる。なんというか……ユーリスを眺めているとものすごくいいことをした気分になる。

 

「ルピシアさんは食べないんですか?」

「食べる食べる」

「じゃあ、はいこれ!」

「ありがとう」

 

 本当に、あの怯えは何だったんだろう?


 私にイチゴを差し出した手とは逆の手でしきりに自分の口へとイチゴを運ぶユーリスからはそんなものは感じなかった。

 




 イチゴという最強アイテムで一気に距離を縮めてからというもの、ユーリスはちょこちょこと私の周りを回るようになった。

 男の心を掴むにはまず胃からという言葉があるが、あれが身に沁みた体験であった。

 

 まるでヒヨコとなったユーリスは花壇を耕すのも手伝ってくれるし、執事さんからもらったワンコアルバムを一緒に眺めてくれる。

 髪を結ってあげるとぴょこぴょこと跳ねて喜んで見せるところなんて可愛くて可愛くてたまらない。

 子どものユーリスがふと何かを思い出したように身を硬ばらせることさえなければ、この愛おしい子をすぐに抱きしめてしまいたい。

 

 だがそれこそが『深く関わるな』と告げていた領域なのだろうというのが数日を共に過ごした結果、私が出した結論である。

 わざわざ釘を指すほどには踏み込んで欲しくないのだろうから、私は見て見ぬフリをするしかないのだ。

 


 どんなに距離が近くとも、近づいたと錯覚してはいけない。

 


「ユーリス!!」

 私の暗い思考を遮ったのはフェルナンドだった。

 ドアを開けるまで足音1つしなかったせいで!私の心臓は驚きを示すために、音が聞こえるほどに忙しなく動き続けている。

 

 だが驚いたのは私の心臓だけではない。

 名前を呼ばれたユーリス本人もまた突然のフェルナンドの登場に身を固めている。

 これは驚きなのか、それとも恐怖なのかは定かではない。

 

 だがそんなことはフェルナンドには御構い無しのようで、力強く床を踏みしめるとユーリスに飛びかかった。

 

「ユーリス、小ちゃ! 可愛いな、これ本当にユーリスか? 髪、黒っ!」

 

 躊躇なくベタベタと触れ続けるフェルナンドにユーリスは初めこそカタカタと震えていたものの、しばらくすると敵意と悪意が全くないことを悟ったのか、単純に諦めたのか、フェルナンドを見つめるだけとなった。

 

 ひとしきりしたところで、フェルナンドも落ち着いたのかふとユーリスをわしゃわしゃと触る手を止めて、頭をひねる。

 

「小ちゃくて可愛いけど、これじゃあ今度の発表会の相談できねぇな……。それにお前それ、戻れんの? 後1ヶ月ちょっとしかないけど……ルピシアちゃんはこうなった理由知ってる?」

 

 突然話を振られ、手短に私の分かる範囲で理由を説明する。

 するとフェルナンドは「ああ、なるほどね」と短く返事を返し、慣れた様子で部屋を後にする。私とユーリスも揃ってフェルナンドの後をついていくとたどり着いたのはユーリスの部屋だった。

 迷いなくドアを開けて侵入したフェルナンドは、机の上や引き出し、棚の中をひとしきり漁る。


「ああ、やっぱりあった」

 すると調合するための材料や方法が書かれた紙を見つけたらしく、字がビッシリと書き込まれた紙を見つめてウンウンと何度か頷いてみせた。

 

「ふーん、なるほどね。頼ってくれるなんて嬉しいね。……これくらいなら1ヶ月かかんないくらいで出来るっしょ。まぁ、ユーリスのも俺のももう資料とかほとんど出来てるし焦る必要はないからいいからサクッと作って解決してあげる。でも全部終わったらいろいろと今回の事聞き出すから覚悟しておいてね、ユーリス」

「……はい」

 紙をいじくりながら笑うフェルナンドは、背の低くなったユーリスの顔を覗き込む。

 彼も彼なりに心配しているのだろう……そう思ったのだが。


「…………可愛いな、連れて帰りたい」

「ダメですよ?」

「ダメ?」

「ダメです」

 フェルナンドもまた小さいユーリスが可愛くて仕方がないだけらしい。


「そっか!」

  ダメだと言われたフェルナンドはなぜか嬉しそうに笑うと「また来るね!」とスキップをしながら部屋を後にした。

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