第9話

「組紐?」

 ユーリスの髪は腰まで伸びていて、たまに鬱陶しくはないのかなと思うことはあった。形だけの妻だから髪結べば?なんて言うのもどうなんだろうと思って言えていないが……。

 

 だから今の気持ちは『なんだ組紐あるじゃないか』で正しいはずなのに……なぜだろう、妙にその紐が目に焼き付いて離れてはくれない。

 

 ベッドサイドにポツンとあった緑色が写真のように記憶をよぎるたびに頭の中がモゾモゾと動いて、けれど明確な答えは導き出せない。

 

 この気持ちはなんだろう?

 頬を指先でポンポンと弾いてから早く答え出てこいと念じる。

 

 すると時間はかかったものの、やはりそこは自分の感情なだけあってその答えはスルリと私の中から生まれ落ちる。

 

「ああ!」

 そうだと静かな廊下で独り合点をしてからズンズンと前へと突き進む。どこへ行くかは決まっていない。その代わり会いたい人はいる。

 

「執事さん!」

「ルピシア様。どうなされましたか?」

「髪を結ぶための組紐を作りたいのですが、何かちょうどいい紐はありますか?」

 

 そう、私は自分の分の髪紐が欲しかったのだ。

 ユーリスほど髪は長くはないものの、花壇の世話をする際に首に張り付く髪が鬱陶しいと思うくらいには長さがあるのだ。

 

「ただいまご用意いたしますので、お部屋でお待ちください」

 

 彼の背中を見送って、私はすっかり慣れた自室へと足を運ぶ。

 昔はよく妹達に髪紐を編んであげたものだ。

 懐かしいな……。今ではどの子もしっかりと作れるようになったけど、初めのうちは編む時の力加減が難しいみたいで太くなったり細くなったりしてよく泣きつかれたっけ。

 

 そういえば一回、弟の分も編んであげて、そういえばあの時はユーリスの部屋にあったものと同じような緑色の紐にしたんだっけ。妹達が欲しがるような桃色や紅色は嫌だと言われて、なら緑はどうかと作って見せたのだ…………けど私は一体どの弟に作ってあげたんだっけ?


 黒い髪が長くて邪魔だろうとからと結ってあげたのは、妙に指通りが良くて結びづらかったのは覚えているのに、肝心のどの子かが思い出せない。

 でもあれは確かに弟であるはずなのだ。

 だって私も含めたシェガールの女はみんな茶色い髪で、シェガールの男はみんな闇夜のごとく黒い髪。おまけに男女で髪質も違う。弟達はみな、サラッサラなのだ。本当に羨ましい。

 

 あんな田舎の村に近所の子ども達なんてほとんどいなかった。

 数人だけ居たご近所さんの子ども達は誰一人として黒い髪の子なんていなかった。正確には家族以外と同じ色の髪を持つ子はいなかったのだ。だからみんな互いの髪色が羨ましくて、そして自慢でもあった。

 

 ……あれ? でも弟達はみんな、小さい頃から髪は短く切り揃えていたはずだ。弟も妹もまとめて全員、定期的に私がハサミで切ってあげていた。


 なら私が髪を結ってあげたのは誰なのだろうか?

 

 記憶の奥深くを探って、けれどもやはり靄がかかって先を覗くことは出来ない。

 

 ニンジンの時と同じである。

 

 これは果たして記憶の衰えが原因のものなのだろうか?

 だがそれ以外に思い出せない理由って何だろう? 魔法……とか? いやいや、そんなはずはないだろう。

 

 ブンブンと左右に首を振って、突飛な考えを頭の外へと追い払うとドアがトントンと弱く叩かれる。

 

「はい」

「ルピシア様、お持ちいたしました」

「ありがとうございます」

 

 執事さんが持ってきてくれた箱には色とりどりの紐がたくさん。適当にあるもので作ろうと思っていたのに、こうも選択肢がたくさんあると何色にしようかと迷ってしまう。

 

 桃色……なんて柄じゃないし、檸檬色も私の髪には似合わない。藍色もなんだか紐だけ浮いてしまいそうで……。


 紐を手に取るたびにこれはダメだ、こっちはどうだと脳内会議を繰り広げられる。

 

 結局私が選んだのは、実家にいた頃に愛用していた髪紐と同じ紅色の紐である。

 昔誰かが似合っていると言ってくれてから、ユーリスと出会う数日前までずっと愛用していたのだ。長年愛用していたそれはあまりに長い間使っていたせいで、紐は細くなって切れてしまった。

 

 似合っていると言ってくれたのは誰だったか?

 紅色なんて比較的すぐに染められる色で、家でも作りやすかったから父や母がくれる時に適当に理由づけしただけかもしれない。

 

 それでも嬉しくて付け続けて、切れてもなお同じ色を選ぶあたり、私はまだまだ子どもなのかもしれない。

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