水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です

斯波

第1話

「おい、そこの女!」

 今日も今日とていつものように畑で夕食に使う予定の野菜を収穫していると聞き覚えのない声に耳が反応した。

 家族のものでも、村の知り合いのものでもなく、全く身見覚えのない声である。


「私、ですか?」

 大層偉そうなその物言いにそう一応は尋ねる。ここはシェガール家の畑であり、つい先程まで手伝ってくれていた弟妹を家に返したばかりだから周りには私しかいないからだ。

 収穫の手を休め、そしてゆっくりと振り返ると声の主であろう、銀色の髪と新緑の瞳を持つ、見慣れない顔の男性がいた。ちょうど高く積み上がった土の上からこちらを見下ろしている。


「そうだ、お前だ。お前、名はなんという?」

 いかにも高価そうな服、でありながら喪服かと突っ込んでしまいそうなほどに全身真っ黒い服に身を包んだその男性は立っている場所からだけではなく、初対面であるはずの私を見下すかのような口調でそう尋ねた。


「人に名前を尋ねるならまず自分から名乗れと教えてもらわなかったのですか?」


 それだけでは飽き足らず、私の身体を、正確には持ち物や服装を隅から隅まで観察すると馬鹿にするかのようにふんと鼻を鳴らして見せた。


「ユーリスだ」

「そうですか。私はルピシアです」

「ルピシア……か」

 口元を黒皮の手袋で囲うとユーリスと名乗るその男性は私の名前を反芻した。そして何度かそれを繰り返した後、ニタリと笑う。

 作物を避けながら畑の中の私の目の前へと進むとずいっとまん丸い、片手に乗るのがやっとなほどの大きめの球を私へと差し出した。


「ルピシア、お前はこの水晶に私の嫁として選ばれたのだ。ありがたく思うがいい」

「はぁ!?」


 これが周りに畑と家しかないこの村で、幼い弟妹を父と母とともに養うべく年頃の娘としての生活を捨てた私、ルピシア=シェガールと、最年少で国お抱えの一級魔導師の常任理事にまで選ばれた天才魔導師、ユーリス=ハルビオンとの出会いだった。



◇ ◇ ◇

 魔法とは全くと言ってもいいほどに縁のない私が、水晶に選ばれたから嫁に来いとの意味不明な理由でされたプロポーズ紛いのものを受けたのは、簡単に言えばお金のためである。


 私の手を引き、教えたつもりもない我が家へと辿り着くと事もあろうに彼は早々とシェガール家にとある交渉を持ちかけた。


 私を除く家族7人が贅沢三昧の日々さえ送らなければ生涯使い果たすことはないだろう、大金を渡す代わりに水晶がハルビオン家の繁栄をもたらす妻として選んだ私を嫁に寄越せと言うのだ。


 シェガール家は元々男爵の位を与えられていた貴族だったらしい。それが何代か前にした借金から家が傾き始め、没落し、そしていよいよ祖父の代で爵位を返納したらしいのだ。あくまで父から聞いた話であり、私の身体にもお貴族様の血が流れているだなんて信じがたい。だが、我が家が借金をしているというのは明確な事実であり、そこから目を逸らすつもりはない。

 その借金は働き詰めて数年前にやっと完済した。返済額が総額でいくらだったかは知らないが、3世代が必死で働けば返せない金額ではなかったことは確かだ。言い換えれば祖父の代だけでは返しきれないほどに借金がたまり続けていたとも言う。だからこそ爵位まで返納したのだろう。そうでなければ、たまに見るお貴族様のように豪勢な生活をただひたすらに送り、お金はどこかへと消えていっていただろう。想像しただけで鳥肌が立つ。

 

 借金返済に追われる日々が身にしみこんでしまっている私達は今なお、畑を耕しながら細々と暮らしている。借金なんていつ湧いてくるかわからないのだ。天災での損害だって考えられるし、お金は貯めておくに越したことはない。

 そんな毎日の食事と寝床には困っていない生活を送りながらも、5人もいる弟妹には苦労のない生活を、そして欲を言えば幸せな家庭を築いてもらいたいと切に願う私にとって、その援助は枯れた砂漠でタンクいっぱいの水を差し出されるようなものだった。


 はっきり言ってしまえば提示された大金に目がくらんだ。


 こうもはっきりと言い切ってしまえば、年頃の女としてそれはどうなんだとか貞操観念はないのかと白い目で見られるかもしれない。私自身、それでも構わないのだが、近い将来、弟妹が結婚する時に後ろ指をさされることになると困るので一応付け加えておくと、初対面でありながら態度の大きなユーリスを信用しているわけではないが、彼が国王陛下より与えられたというバッチは信頼に値するものだった。

 こんな田舎に暮らしていようが元貴族の祖父から直々に教育を受けていただけあってその手のものを見る目が確かだと豪語する父が、空気が綺麗なこの土地で夜になると空に輝き始める星々と同じくらい、いやそれ以上に金色に輝くそれはまさしく本物であると呟いたのだ。

 高級品を見慣れていない私は製作費いくらぐらいかかったんだろう? やっぱり国のお金で作っているだけあってお高いんだろうな? としか思わなかったのは秘密だ。

 父が本物と言えば、本物なのだろう。


 だが、それだけがユーリスを信頼した理由ではない。


 最後にルピシアの嫌がることはしない、ルピシアの望むものは何でも与える、という意味がツラツラと書かれた魔導誓約書とやらにユーリスは自らの指から滴る血を使ってサインをしたのだ。


 魔導誓約書とやらの仕組みというか性能についてはユーリスが詳しく話してくれたのだが、私も、私と同じく魔法に疎い父と母もよく理解は出来なかったものの、簡単に言えばこれがある限りはユーリスはそれらの約束を破ることが出来ないらしい。


 私の理解力の無さと、理解していない割に魔道誓約書に簡単にサインをしてしまうところにユーリスは眉間に三本ものシワを寄せていた。

 彼は不快感を表しているつもりなのだろうが、私はそんな彼に少しだけ好感を持てた。

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