第28話 怒りのスーパーモード

 ピジョン・ド・サブレは喜びに満ちていた。

 なにせラスターの力がかなり上がっているのだ。これほど喜ばしいこともなかった。

「いいねえ、やるねえ」

 ピジョンは防戦一方だった。ただただ必死にラスターの攻撃を避けるのみ。わかっているのだ。今の激怒している藤堂の拳を生身で食らったら、タダでは済まないことくらい。

「ピジョン!」

「なんだっよっと」

「お前は! 絶対に許さない!」

 ピジョンは暴風のようなラスターの攻撃を必死に捌いている。ただ、その顔は笑みを浮かべていた。

「潰す! 引き潰してやる!」

 ピジョンがかわした勢いそのままに、地面をラスターは殴る。穿たれた地面では、小規模ながら地震が起きた。

「中々ですなピジョン殿」

 ピジョンは汗を腕でぬぐい、フェイクながら慌てた様子を見せてみる。

「どどど、どうしようか? なあドラコ」

 すると、ラスターはゆるゆると立ち上がり、じっとニヤけているピジョンを見る。もはやその視線の中にドラコはおらず、ただピジョンのみを倒そうとしていた。

「お手伝い、いたそうか?」

「ぬかせ、もうちょっと遊ばせろ」

 ドラコは思わずため息をつく。

「ピジョン殿の遊び癖にも困ったものだ」

 半笑いのドラコはそもそも助ける気なぞなかった。

 今のラスターとでも、「まだまだ大きな実力の差がある」少なくともそうドラコは思っていた。

 ラスターはピジョンに向かって歩く。

 そして駆けた!

 ピジョンは拳を繰り出すラスターにカウンター攻撃を仕掛ける。拳を合わせ、スライドさせ、もう一歩前へ。

「おお、クロスカウンター!」

 ピジョンの拳が、ラスターの顔面に刺さる。このスピードでのクロスカウンターだ。ダメージは相当なものだ。ラスターはこれで崩れる。ピジョンは確信し、笑いを浮かべる。

 だが、ダメージを喰らったのは開いた手でボディに一撃くらったピジョンの方だった。

 ラスターはそのまま殴り抜けた。ピジョンの体は三メートルは吹っ飛ぶ。

「みんなの……みんなの痛みはこんなもんじゃないんだぞ!」

 ピジョンは血ヘドを吐きつつ、立ち上がる。

「こら、流石にちょっとマズイかもな……ドラコ!」

 ドラコは「仕方あるまい」と組んでいた腕を解きラスターへと一歩進む。

 背中に衝撃を受ける。振り向くと、そこには、倒したハズの仮面戦士アルガがレンチで殴りかかってきていた。

「どこへ行きなさる。アンタの相手はこっちだぜ?」

 レンチの連打をドラコはなんとかかわす。こっちもパワーがアップしているかもしれない。そうでもないかもしれないが。

 ピジョンは舌打ちする。次の瞬間再びラスターに殴られる。ラスターの拳の連打を、なすすべなく食らった。

「あー、流石にマズかったかな」

 ピジョンは自らに回復魔法をかけ、再び立ち上がる。

「二度と、立ち上がれないようにしてやる!」

「あー流石にそれは困るな。じゃあ俺も変えるか」

 ラスターはゆっくりと間合いを詰めていく。

「別にお前たちだけじゃないんだぜ? 変身できるのは!」

 ピジョンは唱えた。あの呪文を。

「メドア!」

 紫炎が体を包む。紫炎が吹き飛んだかと思うと、そこには、紫炎のような鎧を身に纏った、仮面戦士がいた。

「仮面戦士、ピジョン……」

「どんな姿になろうと、ボクはアンタを許さない!」

 ラスターは剣を抜く。

「やってみろよ!」

 ピジョンは背後から紫炎を纏ったメイスを引き抜く。

 両者は気合いと共に互いへ馳ける! そしてラスターは武器を叩きつける。

 連打! 連打! 連打! だが、ことごとくをメイスに阻まれる。

 激しい金属音、飛び散る火花。ラスターの連打はいつしか止まり、鍔迫り合いとなった。

 ラスターはピジョンを振り払う。すると、ピジョンは大きく間合いを取り、ドラコの側に着地した。

 アルガは思わず間合いをとる。ラスターの足手纏いにならないためだ。

「ドラコ、もういいかな?」

 聞かれたドラコは心底悩んでいる。

「むむぅ。難しいところではありますな。だが、もう少し、あと一つ欲しい」

「ああー、わかる」

 すると、ピジョンはメイスをしまう。

「じゃあな。今日はこんなところで」

 次の瞬間二人は姿を消した。超高速で動いたのか。それとも瞬間移動魔法でも使ったのか。とにかく二人は姿を消した。

「ふう、なんとか凌いだな……おい、藤堂?」

 ラスターは変身が解け、その場に倒れた。

「藤堂!」

 アルガから戻った南雲センパイは藤堂に駆け寄る。藤堂が倒れた理由はわかる。力の使いすぎだ。火を見るより明らかだった。

「よくがんばったな」

 そして南雲センパイはボロボロの体になんとかムリをさせつつも、藤堂を担ぎ、再びあの漢方屋へと向かった。


「ったく、ここは集会所でも、病院でもないんだけどね」

 姉ちゃんはそうは言いつつも藤堂の世話をする。

「頼むよ、藤堂を助けてくれ」

「わかっているよ。とりあえずこの水薬を飲ませるよ」

 姉ちゃんが用意したのは先ほどのキノコの煎じ薬とは別の、液体の薬だった。

「ああ、わかった」

 と、南雲センパイは寝ていた藤堂を起こしあげる。こちらも力の使いすぎで手がプルプルしていた。

「意外と貧弱なんだな」

「悲しいこと言ってくれるじゃないの。これでも龍王と戦ってきたんだぜ?」

「分けだったんだろ?」

「ああ、次は勝つさ」

 姉ちゃんは藤堂に水薬を一口、二口と飲ませる。

「よし、しばらく寝かせれば治るよ」

「ありがとうな」

「忘れてないよね!」

「ああ、バイトの件だろ? わかっているさ。ここで働いてやるよ」

 姉ちゃんは「事業主に対する言葉じゃないね」なんて言いながら奥の倉庫へと戻っていった。

 と、出入り口が開く。

「よう、兎塚」

 学校帰りの兎塚さんは、第一声で聞く。

「何があったの?」

「カクカクウマウマで……」

「ピジョンとドラコ?」

『ドラコ? エキャモラ知っているわ。龍王よね』

 エキャモラの声は心底しょんぼりした声だった。

「みたいね……ったく、わたしだって三英傑なんだから、呼んでよね!」

 南雲センパイは「ああ、次はな」と言いつつも「ドラコより怖いな」そう思って、ニヒルに笑った。

 藤堂が気づいたのは、それから一時間ほど経ったあとのことだった。

 水薬が効いたのか、それとも兎塚さんの回復魔法が効いたのか。はたまた両方か。だが、藤堂はなんとか体を起こした。口こそ開かなかったが、思っていることは一つだった。

「ピジョン……」

恋焦がれる乙女のように、一途にピジョンを倒すことのみを誓っていた。

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