第26話 Run!

 とろとろに溶けていた意識が、徐々にまとまってきていた。

「……!」

 誰かが誰かの名前を呼んでいる。それが、藤堂自身の名前であることに気づくまで、少しかかった。

「藤堂! 大丈夫か?」

 必死に藤堂を呼んでいたのは南雲センパイだったようだ。確かに魅惑の重低音ボイスだった。

「……! ……!」

 声にならなかったが、藤堂は何かを喋っていた。

「ふう、やれやれといったところだな」

 起きあがろうとする藤堂を、南雲センパイは止める。

「無理はするな」

 再び横たわった藤堂を、姉ちゃんは触診する。脈を測り、心音を聞き、まぶたの裏の色を確かめたのだ。

「うーん、破邪のキノコもさして効果なしか……。まあ、もしかしたらキッカケくらいにはなったかもだけど……うーん……」

 姉ちゃんは屈んで藤堂の頬をツンツンする。そのせいではないが、徐々に脳がクリアになっていく。まだまだ小さいままではあるが、少しだけ身長も戻ったようだ。

 姉ちゃんはよくよく思案しながら立ち上がる。

「やっぱ……でもなあ……」

 南雲センパイはそんな姉ちゃんを追いかけ、一緒にカウンターの奥へと入ってく。

 藤堂は起き上がる。慌てず、ゆっくりと。

 そしてそのまま店から出ていった。

「一体、何を飲まされたんだろ?」

『薬じゃない?』

「なんの薬か? が問題だろ!」

 グラムのゲロゲロ笑っている様子を感じて、藤堂は落ち着きを取り戻していた。

「よし、戻った!」

 戻ったのは体の感覚で、身長や心までは戻っていなかった。

『どうするの? ゲ、ゲロオォ!』

 藤堂は答える前に、全力で走り出していた。脚部に部分メドアを忘れずに。南雲センパイが表に出た時には、影も形も残っているわけがなかった。

「やるなアイツ……」

 南雲センパイは再び藤堂を探し始めたのだった。


「ふいー、危なかったぁ」

 さんざっぱら走った後、藤堂は見知らぬ公園にたどり着いていた。

「少し休憩しよう」

 足取りがおぼつかない。まだ多少はふらつくようだった。

『希望、大丈夫かい?』

「あ? 余裕余裕」

 ふらつく藤堂は電柱にぶつかる。

「……痛えなこの電柱が!」

 藤堂は蹴りを入れた電柱が妙なことに気づく。硬い。確かに硬い。だが、明らかに質感が違うのだ。そもそも、電柱はモスグリーンのズボンなど履くものだろうか?

「あ、アルェ?……」

 大男は、藤堂の襟首をむんずと掴み持ち上げた。

 次の瞬間藤堂は地面へと投げられた。

「め、メドア!」

 小さい体のままではあるが、なんとかメドアをかけることができた。だが、地面にひどく叩きつけられた。

「弱いな、三英傑」

「うっ……うぅ……」

 大男は地面に体が三分の一ほど埋まっている藤堂を踏みつけようと足を上げる。藤堂はそれをすんでのところでなんとかかわし、間合いをとる。

「ほほう、まだそんな動きができるか」

 藤堂は大きく肩で息をしながら相手を見上げる。

 頭によぎるは「死」という言葉。ついで「逃走」の文字がよぎる。

「借りっぱなしはやっぱ性に合わないよな……」

『の、希望ッ!』

「お前、何者だ! 名前くらい名乗れよ!」

 藤堂はショートソードくらいの大きさに縮んでいる閃光剣グランスカリバーンを引き抜き、目の前の大男をじっと見やる。

「……龍王、ドラコだ」

『龍王! マズイよ希望!』

「知らない名前だな」

 ドラコはそれを聞き、思わず吹き出した。

「フッ、死にゆく者には関係なかったか……うぬがラスター、であるな?」

「だったらなんだってんだい?」

「いくら輝こうが、大いなる闇の前には無力。ましてや今の弱き輝きではな」

 次の瞬間ラスターはその場にいなかった。

「少し本気出したら、この程度も見えないのかよ」

「……ほう」

 ドラコが振り向くとラスターがそこにいた。

「なかなかのスピードだ。薄皮一枚とはいえ、我が肉体に傷をつけたところもよい。だが、お前はここで我が前に倒れるのだ」

「やれるモンなら……やってみな!」

 ラスターは駆ける。そして笑みを浮かべているドラコに斬りかかった! だがドラコはラスター渾身の一撃を、指二本で防いだのだ。

「これが、うぬらが言うところの、「白刃取り」というやつであろう?」

 ラスターの剣は動かなかった。ドラコはラスターを放り投げる。

 着地したラスターは、間合いをとる。

 どう考えてもこれは、パワーでは勝てない! やるならスピードだ。そこにしか勝機はない。

 一撃加えて、そのあとは逃げよう。それしかない。

 とりあえずラスターは全力で駆けた。

「ほほう、輝きを弱めても、なおこのスピードか」

 少し嬉しそうなドラコは、全身の筋肉に力を込める。

 そしてラスター気合いの一撃を跳ね返した。ラスターは思わず尻餅をつく。

「どうした? こちらはまだ、パンプアップすら終わってないぞ?」

 ドラコが歩み寄ると、ラスターは姿を消した。

「やるな。気が変わった。ぜひ我が部下に欲しい。ピジョン殿もお喜びになるだろう」

「ピジョン……!」

 次の一撃は先ほどより深く、ドラコに傷をつけた。

「お前、ピジョンの仲間なのか?」

「いかにも」

 うつむき剣を握り直す。

「ぶっ潰す!」

「ほう。うぬの輝きが、少し増したぞ」

 カッと目を見開きこちらに食ってかかってきそうなラスターの顔を見て、ドラコはなにかわいてくるものを感じた。

 ラスターはスピードでドラコを翻弄する。そして、ヒットアンドアウェイ戦法を繰り返す。

「絶対に潰す!」

「だが、」

 ドラコのダラリと伸ばした腕にラスターの顔面はぶつかる。何が起こったのか理解できない。行手を遮られたことに、ラスターは気づいていない!

「この実力差はなんとする?」

「そんなん知るかよ!」

 ラスターは再びドラコに襲いかかる。だが、ラスターはまだ気づいていない。ドラコがまだまだ力の一割も使っていないということに。その事実に気付いた時、ラスターはどんな顔をするか? ドラコはそれが楽しみだった。思わず顔が綻んでしまうほどに。

「さあ、うぬの絶望を見せてくれ」

 ラスターとドラコの戦いがついに始まった。

 南雲センパイはこの場にたどり着けるのか? そして間に合うのか? そして、兎塚さんが友だちと一緒に食べているミニドーナツをエキャモラは食べられるのか? 謎が謎を呼び、風雲急を告げていた。

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