5 はじめまして三英傑
第17話 はじめまして
藤堂は「こればかりは間違えない」と断言できた。天地がひっくり返ろうとも言える。
新風亭一風は面白い。
それはグラムも同意だった。何せ江戸時代からの伝統である古典落語も、新しく作られた落語である新作落語も面白い。更に演目の導入部分にやるちょっとしたお笑い話である「枕」まで面白いのだ。この人は今後国宝級と言われるかもしれない逸材だ。そう藤堂は思っている。
スマートフォンでツーユーブを見ながらそう感じていた。惜しむらくは、藤堂もグラムも新風亭一風の生の落語を、高座を見たことがないことだ。
「ぜひ見たい!」
そう思っても、なかなか見られない。そもそもどこでやっているのかがわからない。この国唯一の演芸専門誌「瓦版」それもどこで売っているのやら? 本屋にありそうではあるが、どの売り場にあるのか? 不明点が多かった。
インターネットで調べてもいいが、それだと味気ない気がして藤堂はやめていた。
目下の目標は「新風亭一風の高座をグラムと見る」に決まっていた。まあ、そんなもんだから、ピジョン・ド・サブレのことなぞ二の次三の次だった。
そんな二人は今日も落語をツーユーブで見ながら放課後を過ごしていた。
「アンタら何してんの?」
藤堂の前に現れたのは顔見知りの美少女だった。
「やあ、兎塚さん。グラムとツーユーブで落語見ていたんだ」
「ふーん落語ねえ。笑天のヤツよね?」
藤堂の「やはりか」という自慢げな顔を、兎塚さんはほんのちょっぴりだけぶん殴ってやりたかったがグッと我慢した。でも、「顔が三センチほどへこんだって大して変わらないよなあ」とも思っていた。が、そこは大人の兎塚美奈サンだった。
「違うんだなぁそれが。笑天でやっているのは大喜利。落語は一人で何役もこなすこの国伝統の話芸だよ」
兎塚さんは「へえ」なんて言うものの、顔に「どうでもいい」と書いてあった。
「そんなの面白いの?」
「もちろん!」
間髪入れずに、というより少し食い気味で叫ぶ。いつもと気合いが違った。グラムも『ゲロゲロ』と気合を込めて語っていた。
「うむ、グラムのいうとおりだ」
「なんて?」
「唯一無二、天下無敵の伝統芸能だって」
返ってきたのは「あっそう」なんていう気のない返事だったが、その次に来たのは意外な言葉だった。
「どらどら、見せてみ?」
藤堂はシークバーを一番最初に戻し、兎塚さんに画面を見せる。
そこでは画面に向かって礼をしている着物を着た男が座布団の上に正座で座っていた。
「この人は?」
「新風亭一風っていう落語家」
兎塚さんは「へえ」と画面を見ている。
「いっぱいのお運び厚く御礼申し上げます。私、新風亭一風と申します。どうか今日は顔と名前だけでも覚えていっていただければ幸いでございます」
そして導入部分である「枕」が始まる。
枕の冒頭は少し小声で喋る。それで「コイツ何を言っているんだ?」とよく耳をそば立てさせる。そのあと徐々に声のトーンを大きくしていく。
兎塚さんも「あーなるほどねえ」なんて言ったりしながら、徐々に笑いが大きくなる。
「あははは、天ぷらそばじゃなくてコロッケそばかあ」
そして導入部分である枕も終わり、主題である「落語の演目」に入っていく。
「え? 今までのが落語じゃないの?」
「落語はここからなんだよ」
藤堂と兎塚さんが見ている演目は「まんじゅう怖い」という古典落語だった。
若い衆が「怖いもの」を言い合っていると、その内の一人が「まんじゅう」が怖いと言って寝込んでしまう。それに対して他の奴らがからかおうとするのだが……。的な話だった。
「へえ、結構面白いね」
藤堂はうんうんとうなる。
「お、終わったかい?」
いつの間にか教室内にいた南雲センパイもニヒルな笑みを浮かべている。
「仲がいいことはいいことだな」
「うん、別に仲はよくは無いけどね」
間といい、タイミングといい、声の大きさといい、中々の否定だった。『いい落語家になるかもな』アゴに手を当てながらのグラム。一方で藤堂はゾクゾクして悦楽の顔をしている。『ふぁ〜。ねえ孝和、ああいうのが“マゾ”っていうのかな?』ラモッグはふわふわしながら藤堂を見ている。
「ふふふ、よし、みんな揃ったところで、移動するか」
兎塚さんも藤堂も「はーい」なんて返事をしつつ、荷物を持って教室を出ていった。
校門を出て、三人は駅へと向かう。
『ウヒョオオオオオ! 電車! 速ーい!』
通過する電車を眼下に見下ろしているエキャモラは中々の興奮度高め。やはりというかなんというか、兎塚さんの心の中を走り回っていた。
なんてことをしながら、三英傑たちは高校最寄りの駅に到着した。駅に到着はしたものの、三英傑の面々は電車には乗らず、目的地である、マクナドルドに入って行った。やはり高校生御用達のようだ。店内は寄り道高校生のたまり場化していた。
そんな中へ三人はコーラの一番大きなサイズと、ポテトを買って来たのだった。
「座らないか?」
魅惑の重低音ボイスが響いたところで、三人は席につき各々ポテトをアテにコーラをやりはじめた。
「はあー! このために生きてるわ」
コーラを飲む兎塚さんは昭和のおっさんだった。
「全くだ。どうしたラモッグ。そうかコーラ飲みたいか」
すると南雲センパイの隣に、幽波紋(スタンド)が現れるように、南雲センパイと同じ感じのツナギを着た人間の子どもサイズのモグラが現れた。
「どうしたい? そんな驚いた顔して」
「か、かわいい」
「南雲センパイ、その子がラモッグなんです?」
「かわいい」
南雲センパイは隣のモグラにコーラを渡す。
「そうだ。ラモッグだ。ほらラモッグ挨拶できるか?」
ラモッグはコーラの入った紙コップをテーブルに置く。
「こんにちは。ラモッグです」
南雲センパイは「よしよし」と、ラモッグの頭を撫でる。
一方で兎塚さん。ラモッグにズッキュンされてしまったらしい。
「その様子だと、オマエら三英傑と面と向かって話したことないな?」
「だって、ねえ?」
キョトンとした顔の兎塚さんと、藤堂は顔を合わせる。
「うん。グラムも知らないみたいだし」
そして下を向き、藤堂は心の中へと声をかける。
「グラムもコーラ飲むかい? そうか。南雲センパイ。出し方教えてください」
南雲センパイは「ふうやれやれだぜ」と言わんばかりに二人へラモッグの出し方を教え、二人はそれを実践する。
気づくと二人の隣に、黒いローブを身に纏ったクロウサギと、冒険者らしい冒険者じみた服装のカエルが座っていた。
「ぎゃあああ!」
「ウヒョオオオオオ!」
「「かわいいいいいいい!!」」
同時に叫んだ兎塚さんとエキャモラはひっしと抱き合っている。
「アナタがエキャモラね!」
「そうよ! アナタが美奈ね!」
ふわふわの兎毛が兎塚さんの鼻をくすぐった。
「ららるーららるー」
歌って回転している二人を藤堂はじっと見た後、目を細めてこっちを見ているカエルに目をおろす。
「やあはじめまして。キミがグラムだね」
「やあはじめまして。そうだよ希望」
お互い「よろしく」と、固く握り合った手は、少し湿っていた。
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