第40話 継承

 今日スーパーで買い物をしていたときのこと──


 ようやく安くなり始めた(それでも例年よりは高い…)キャベツを手に取り思い出す。

 我が家の冷蔵庫には、まだ手付かずのキャベツがひとつ残っていたはずだ。高いのを我慢して買ってきたのだが、母は値段を聞いてびっくりして使おうとしないのだ。……放っておいたら干からびてしまうぞ、そうなったら余計に勿体ないのだから遠慮せずに使ってほしいのだがね?


 そんなことを思いつつ、鮮魚コーナーへ。

 本日のお目当ては、ぶり。

 地方によって呼び名も様々あるという、あのブリだ。何でも、今年は北陸地方を中心に空前の豊漁らしい。更には、海水温の上昇で普段は採れないような所まで北上しているらしのだ。代わりに、鮭と烏賊は不漁……。

 正直なところ、我が家でぶりは年に一回も食卓に上ることがない。昔から食べなれているものばかりを食していたうちの家族は、珍しい食べ物はあまり好まないのである。以前、ブリの照り煮を作ったことがあったが、慣れない風味が気になったらしくあまり評判はよくなかった。

 さりとて、大規模な気候変動で普段食べているものが採れなくなりつつあるのだから人間の方で順応していくしかないだろう。幸い、ぶりなら料理法方も豊富だ。単価が安くなっているならこれを機会に我が家でもぶり料理を本格導入しようと思っていたところだったのだ。


 だが、南の方で豊漁だからと言って、すぐに北の方にまで流通するわけではないらしく、残念ながら私が視線を注いだお魚コーナーにブリの姿は無かった。まあ、地方柄よその家でもそれほどメジャーな扱いではないのかもしれない。豊漁ならそのうち並ぶだろうと思って、カートを押して歩き始めようとしたとき……。


「○○くん! ちょっと待って、まだお魚買ってないよ」


 目の前を通りすぎようとしていた男の子……おそらく小学校に入ったばかりくらいであろうか、押している買い物カートの取っ手からようやく頭が出るくらいの背格好の子を母親が呼び止めていた。

 するとその子、後退りしながら口で『ぴー、ぴー』と言い、あたかも車をバックさせているように後退して母親に横付けしていた。


 ……ある程度の年齢の読者ならば、この『ぴー、ぴー』音が車がバックするときのブザーであることはすぐに察しがつくであろう(昭和ホイホイw)。昔は乗用車にも同様にバックブザーの鳴る車が多く存在したものだ。

 だが、大型トラックなどならいざ知らず、現在の乗用車にそんなものが付いていることは稀だ。現に、毎週来るこのスーパーの駐車場でもバックブザーなど一度も聞いたことがないのだから。


 この子は、いったいどこでバックブザーという概念を身に着けたのであろうか、それとも古今東西、車がバックするときはぴーぴー云うものなのだろうか??


 親が大型の運転手なのか、運転手に憧れている子なのだろうか……。あるいは親や大人と遊ぶときに聞き齧ったものを覚えたのだろうか──


 既に日常からは消え去っていた文化と概念が、現代の子供にも受け継がれているということに、ひどく新鮮な感動を覚えたひとこまだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る