第24話 2-6 松倉屋にて

 松倉が三次に尋ねた。


「なるほど、で、その蓄えとやらどれほどの額になる。」


「正確には判りませんが、千両近くあるのではないかと・・・。」


「ふむ、それがしが雇ったにしても、労賃は安いぞ。

 それでも良いか?」


「へぇ、三度のおまんまが食えて、寝るところがあれば贅沢は申しません。」


「何故、儂のところへ参った?

 そなたならばもっと良い働き口があろう。」


「へい、旦那の腕前と気風きっぷれこんでしまいましてね。

 旦那の元でなくちゃダメなんで。」


「何とも妙な男に惚れられてしまったな。

 まぁ、良い。

 儂は松倉宗徳と申す天下の素浪人じゃ。

 明日は早立ちで、大阪へ参る。

 そなたにその気があるならば、明日七つ時にこの門前にて旅姿で待て。

 そなたが望むなら雇い入れよう。

 給金は、左程は出せぬぞ。

 粗食と寝るところは保証する。」


「へい、十分でございやす。

 旅は、しばらく続くと考えた方が宜しいでやしょうか?」


「そうだな、まず一月は戻ってこれまい。

 借家があるのであれば整理した方がいいだろう。」


「へい、畏まりました。

 今日中に身の回りの整理をして、明日七つ時には門の前でお待ちしておりやす。」


 こうして陽炎の三次と異名を取った盗人が、松倉の雇われ者となった。

 傍らで話を聞いていた吉野三郎兵衛があきれ顔で言った。


「若様、いくら若様の顔見知りでもあのような胡散臭いうさんくさい男を雇って大丈夫でございりましょうか。

 若様の名を知らずして押しかけてくるような輩でござりますぞ。」


 吉野が言う若様とは、宗徳の事である。

 吉野三郎兵衛にとっては、主筋にあたる斯波宗長の姉婿になろうかという人物である。


 主従ではないが、相応に礼を尽くさねばならない相手である。

 まして宗長への仕官の口利きも宗徳を通しての事だったから、三郎兵衛にとっては恩人にもなる。


 岡崎から京までの旅の間、松倉を呼ぶのに色々と迷った挙句が若様と呼ぶことにしたのであった。

 三郎兵衛が言い出したことで、お付の八太も咲も同じく若様と呼ぶようになり、彩華もいつの間にかお嬢様から姫様と呼ばれるようになっていた。


 宗長が若様ならば釣合の取れるように姫様と呼んだのが呼び名になっていた。


「まぁ、そう言いないな。

 あの男の素性も多少は承知やが、竹を割ったような気風の男やで。」


 京に来てから随分と上方の言葉が耳につく宗長の口振りだった。


「しかし、あのような優男やさおとこ中間ちゅうげんとして使えましょうか。

 重荷を背負わせたならふらつきそうにございますぞ。」


「まぁ、三郎の思うているより、丈夫じょうぶはずや、そないに心配せんかてええがな。」


「若様がそれほどに仰せならば・・・。」


「うん、それでええ。

 今日は、彩華はんと一緒に松倉の実家に挨拶や。

 三郎達も一緒に来なはれ。

 三郎はいずれ岡崎に戻らないかんさかい、必ずしも挨拶せんでもええけど、どこかでひょんなことで会うことにもなるやもしれへんから、顔を合わせといたほうがええやろ。」


 その日、四つ時には京都伏見の桃山近くの寮を出て、鳥羽口に近い竹田に店を構える松倉屋に向かった。

 松倉屋までは半里ほどの距離である。


 宗徳と彩華が並んで歩き、その背後に吉野、八太、お咲が並んで続く。

 母千代は、来客があるとかで午後になってから松倉屋に顔を出すという。


 京に名の知れた茶問屋松倉屋は、太閤殿下存命の頃からの老舗しにせであり、千利休せんのりきゅうとも深くかかわった店である。

 茶葉だけではなく茶道具も扱っている。


 鳥羽口近くの大物町広小路に間口二十間ほどの大店を構えている。

 店に近づくと手代らしい若い男がすぐに宗徳に気が付いたようで、軽く腰を折ると、店の中に声を掛けていた。


 一行が店に辿り着く前に、暖簾をかき分けておきなおうなが現れた。


「ぼん、よう参られたなぁ。

 そちらがぼんの嫁女よめじょになるかたかいな?」


 翁が親しげに言った。


「へぇ、許嫁の彩華はんどす。

 彩華はん、母方の爺様じゃ。

 松倉屋藤兵衛と言わはる。

 お隣は婆様のツヤ様じゃ。」


 彩華はその場で深くお辞儀をして挨拶をなした。


「お初にお目にかかります。

 斯波彩華でございます。

 突然のおとないにてご迷惑をおかけいたします。」

 

 媼が笑みを見せながら言った。


なんも、なんも。

 よう、お出でなされませた。

 千代から昨日、文を貰うてんねん。

 爺と婆が二人して、朝も早うから今か今かと待っていましたんのやわぁ。

 それにしてもお綺麗な方や。

 流石にぼんの選んだお人や。

 店先で立ち話もないわなぁ。

 さぁさぁ、家に入っておくれやすぅ。

 わてらの家族に是非会うておくれやす。」


 二人の案内で暖簾のれんをかき分けて店の中に入ると、客が数人かまちに腰を降ろして手代たちと話をしている。

 さらにその奥に正座して、中年というには若すぎる男女が板の間に手をついて人懐ひとなつこい笑顔で頭を下げた。


 どうやら、この店の若夫婦のようである。

 翁と媼はさしずめ大旦那夫婦で隠居の身であろう。


 その背後には三人のお子達がいた。

 お子は男の子が一人、女の子が二人であるが、女の子は白木屋の舞ぐらいの歳の子が一人、男の子はその弟の様であり、更に幼い女の子が一人である。


 店の奥に座敷に上がる玄関があった。

 媼の案内で、奥に案内され、奥座敷でひとしきり挨拶を交わした。


 彩華の付け人である三人もその場で松倉屋の一家に紹介された。

 挨拶が終わるとすぐにお子達が、宗徳にまとわりついた。


 年長の女の子はお麻おあさと言った。

 その子が、宗徳に向かって尋ねた。


「ねぇ、宗兄そうにいちゃん、許嫁いいなずけってなぁに。」


「許嫁っていうのはね、お父はんとお母はんのように夫婦になる約束をした仲なんや。

 お麻も後五年か六年もしたら、許嫁がでけるかもしれんなぁ。」


「ふーん、なら。このお姉ちゃんが宗兄ちゃんの嫁はんになるのやね。」

「そうや、お麻は賢いなぁ。

 このお姉ちゃんが、宗兄の嫁になるのに賛成してくれるか?」


 少し考えてから言った。


「うん、ええよ。

 とっても綺麗な姉ちゃんやし、宗兄ちゃんに似合うてるわ。」


 年下の女の子であるお夕おゆうが、じっと彩華の顔を見つめていたが、やがてとことこと近づいて彩華の前に座ると、彩華の膝に手を掛けて言った。


「お姉ちゃん、庭で遊べへんか?」


「これこれ、お夕、お客はんにそないに無理言ったらあかんぇ。」


「いいえかまいませんですのよ。

 私は子供が好きですし・・・。」


「ほうか、彩華はんは子供が好きか。

 そらええなぁ。

 二人して仰山ぎょうさん子供を作りぃな。」


 翁がすかさずチャチャを入れると宗徳も彩華も顔を赤くした。

 それを見て媼も若夫婦もこぼれんばかりの笑顔を見せた。


 若夫婦は栄次郎とお艶おつやと言うが、そのお艶が言った。


「普段、お夕は初めての人には人見知りしてるんやけど、・・・。

 珍しいなぁ。

 こないに初めからなつくんは覚えてる限り宗徳はんぐらいやでぇ。」

 

 栄次郎も相槌を打った。


「ほやなぁ。

 赤子の時分、泣いてるお夕も宗徳はんに抱かれると不思議に泣き止んだなぁ。」


「そうなのですか・・・。

 私がお夕ちゃんに気に入られたのなら、遊んであげなければいけないわね。

 お夕ちゃん、じゃぁ、御庭で遊びましょうか?」


 そう言って彩華が立ち上がると、お夕がとても嬉しそうな顔をしてうんと頷いた。

 彩華とお夕が連立って庭に降りると、お麻と弟栄太郎がわたいたちもといって急いで降りてきた。


 暫し奥座敷の庭先が子供たちの遊び場所になり、それを若夫婦と翁媼の老夫婦がまぶしそうに微笑みながら見ていた。


「ぼん、ほんまにええ娘さんを見つけたなぁ。

 一体どこで知り会うたんぇ?」


「箱根の山道でな、彩華を含む主従が山賊どもに襲われそうになったんを助けましたんや。

 その縁で江戸までの道中を一緒に・・・。

 その道中で彩華と弟小一郎それに従者の弥吉が敵討ちの旅と知りました。

 彩華は水野和泉守が治める岡崎藩五万石の家臣の娘どしたが、父親が藩内の謀略に巻き込まれ暗殺されたんどす。

 父親の仇は藩士の一人塩崎という男でしたが、暗殺直後に脱藩して逃亡したのどす。

 元々は岡崎藩の城代家老が私腹を肥やすために行った抜け荷を隠すための策謀どした。

 塩崎はその城代の息のかかった藩士どもに匿われて居ったんどすわ。

 まぁ、色々と他にも有って、彩華と名目だけの許嫁となり、仇討の助太刀をさせてもらいました。

 江戸に着いてから二月ほど経って、彩華の姉弟は見事に仇討を成し遂げましてな。

 藩侯からも直々のお誉めの言葉をもらい、彩華の弟小一郎は亡き父の家禄を加増してお家再興が成った次第でおます。

 二百四十石の微禄びろくではござりますが、僅かに十五歳の小一郎がその主でおます。

 あぁ、そういえば、小一郎は私が烏帽子親えぼしおやになって仇討前に元服し宗長と名付けてやりました。

 斯波小一郎宗長というんが、今の名前どすわ。」


「ふーん、まぁ、仇討にぼんが助太刀したんはわかったが、彩華はんとの馴れ初めがわからんわいな。

 名目だけの許嫁が、どないしてほんまもんになったんか、教えてぇな。」


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