2.不確かな壁

 街には四季があった。

 ラジオの放送局があり図書館があり、小規模ながら動物園もあった。

 街の北面にはすべての世帯の食卓を支える大きな農場があり、各種の工場も細々とではあるが操業を続けている。

 実りを与えてくれる豊かな自然と、いくつかの支流に分派する清く美しい流れがあった。


 しかし出口はどこにもなかった。


 街は周囲を高い壁に囲まれているわけでもなければ、深い谷や険しい山々に遮られているわけでもない。

 しかし、それでも街は完全に閉ざされた場所だった。誰も街には立ち入ることが出来ず、誰も街から抜け出すことは出来ない。

 人も、物も、ラジオの電波でスラが例外でない。


 ここという明確な境界すら存在しないまま、街はただそれだけで完結していた。




 時刻表のないバス亭と車輌の交通を失ったロータリー、そんな一対の空虚さに寄り添うようにして、広場は市街図の中央にある。

 あたりには老朽化した中層建築がひしめくように並び立ち、広場を包囲するようにぐるりとその周囲を取り囲んでいる。

 街並みの密集をよそ事のようにぽっかりと静かに、広場には聖域然とした絶対性が漂っていた。


 広場の園内は中央に向かって小さな丘を形作っており、そのなだらかな頂上部には、この場所を聖域たらしめている絞首台が据え置かれている。

 宗教のないこの街においては、この絞首台こそが最もはっきりと人々の心を引き寄せる存在だった。

 人々の絞首台への想いは信仰さながらに、あらゆる疑心をはねのけて揺らがぬ強さと純度を保ち続けている。


 入口も出口もないこの街にあって、絞首台の存在はまさしく人々の救いだった。

 袋小路のような世界に身を置きながら、それでも人々がそれぞれの人生を投げ出さずにいられるのは、最終的にはこの絞首台があればこそなのだ。

 人々の意識の底には、幼い頃から絞首台の存在が焼き付けられている。

『ご自由にお使いください』という、世代を重ねて変わらぬ文言とともに。


 絞首台が罪人の処刑に使われることはない。

 それはただ自殺のためにのみ用いられる。

 自ら死を希求する者の命をすみやかに終わらせる、それだけの為に。


 生きるのに嫌気がさして、すべてを投げ出してしまいたくなったら。

 その時は、あの絞首台を使って自分自身にケリを付ければいい。


 そうした思考は、しかし逃げ場のない魂の退避先としてはこの上なく有効に作用し、死に至る絶望や苦悩からかえって人々を遠ざけていた。

 絞首台が人々の心にゆとりを与え、街に調和と平穏を生み出していた。

 程度の差や多少の例外はあれど、街の人々は基本的には誠実で博愛的な気質を備えている。

 たとえ誰にも優しく出来ない者がいようとも、誰からも優しくされない者はこの街には一人もいないだろう。


 街は救われているのだ。絞首台によって。


 しかし、それでもより決定的で完全な形での救いを必要とする者には。

 もちろん、絞首台は、いつでも望む時にそれを与えてくれる。

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