第二話⑦

「長老のことに関しては、我々竜族が取るべき選択はふたつあった。ひとつは、このまま幽閉を続け、彼の命の灯火が消えるのを見届けること」

 ザンドラがそう言うと、ガークに反対の意を唱えたリアズも頷いた。他の竜族たちもそれにならって頷く。

「そしてもうひとつは、直ちに彼に安らかな死を与えるということだ」

「えっ!?」

 俺は自分の耳を疑った。今なんて言った?

「それは、つまり……」 

 俺の言葉を引き継ぐように、ザンドラが口を挟む。

「長老を介錯するということだ」

 俺は思わず顔を顰めていた。腹を斬るだの首を落とすだのという行為は、俺のいた世界にも、昔はごく普通に行われていた。ただ、俺の生きてきた時代にはその文化は廃れていたから、想像するだけでゾッとする。

「ガーク、お前も覚えているだろう。一族の話し合いの場を設けたとき、長老の口からはっきりと、今すぐにこの首を落とせという言葉が出たことを」

 ザンドラは続けた。

「長老は聡いお方だ。一族の長として、我々の未来のことを案じておられるのだ。自分がその命を繋ぐことによっておこる最悪の結末を、自身が贄となることによって回避できるのなら、喜んでその選択を受け入れる……と。ただ、心残りはひとつ。ガーク、お前のことだ」

「覚えている、忘れるわけないだろう」

 ガークは絞り出すような声で答えた。その日——俺にとってはいつのことなのかはわからない。もしかすると俺が産まれるよりもずっと昔のことかもしれない——、長老が自らに下そうとした決断を、ガークは隣で聞いていたのだろう。

「先の戦争で、お前の両親は死んだ。そのうえで長老までお亡くなりになることがあれば、肉親のいなくなるお前にとって、それはあまりにも酷なのではないか、と。そこで我々は折衷案をあげた。直ちに長老の首はとらない。その代わりに一族に万が一でも危害が及ばぬよう、身柄を幽閉し、長老には来たるべき最期までそこで隠居していただくと」

 ガークは何か言いたげに口を開いたが、それを飲み込んで押し黙ってしまった。

 確かに長老がこれから長く生きれば生きるほど、変化は起こりやすくなっていくかもしれない。今はまだ普通に会話ができている状態であっても、何かが引き金となって、認知症の症状が悪化し、彼らの言うとおり、一族に危害が及ぶかもしれない。でもだからといって、生きていること自体が罪だというのか。それはあまりにも酷な話じゃないか。

「そういうことだ、お客人」

 ザンドラの矛先がこちらに向いた。出自のわからないどこの馬の骨とも知れぬロイメン無勢が、竜族の後継者であるガークを唆し、一族を引っ掻き回そうとするな。暗に彼はそう言いたいのだろう。

 そのとき、なぜか俺は無性に腹が立った。ザンドラの言わんとしていることは間違っていない。自分たちとは何の関係もない余所者が口を挟んできて、お前たちのやっていることは間違っているからすぐにやめろ。いい方法を教えてやると言われれば、誰だって癪に触るだろう。わかっている。だけどそれ以上に、ガークがせっかく吐露した気持ちを蔑ろにしようとしていることに、俺は言いようのない苛立ちを感じたのだ。

「じゃあお前らに長老が何も危害を加えなかったらいいんだな」

「ちょっと空野くん!」

 筒原さんに咎められたけれど、俺はもう引っ込みがつかなくなっていた。

「長老が静かに、安心して、今まで通りに生活できるなら、あんな陰気臭い洞窟に閉じ込められなくて済むんだな!」

「だったらなんだ。お前は我々の取り決めを反故にして、むざむざとこの集落に危害を及ぼそうとしているのか」

 ザンドラの声が低くなる。リアズが彼に近づいてきて、隣に立つ。威嚇だ。ガタイのいい奴が並んで、俺に脅しをかけようとしているのだ。

「お前たち、ガークを唆して、この集落を占拠しようと企んでいるんじゃないだろうな」

 リアズの被害妄想は、認知症の人が時折突拍子のない作話をするのと同じくらい、現実離れした内容だった。ひとたび相手を敵対視し、抱いた疑念を綺麗に払拭させるのは、本人が認知症であってもそうでなくても、同じくらい困難なことだ。

「そう思うんなら、勝手に思っていればいいさ。ガーク!」

 こうなら強行突破だ。この世界にやってきたということは、俺はどうせ一度死んだ身。あっちの世界では、おおかた大地震に巻き込まれて、筒原さんやばあちゃん諸共帰らぬ人となったんだろう。どうにでもなりやがれ!

「っ……なんだっ!?」

 ガークは俺の呼びかけに驚いて、目を見開いてこちらを見つめ返してきた。

「もう一度長老に会わせてくれ。集落に入れなければいいんだろ。おまえのじいちゃんの介護は『こもれびの杜』でやってやる!」

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