第7話 観光へようこそ

 スラム掃討戦。ゲーム中盤で起きるイベントだ。本来ならば。だがゲームと違って派手に動いたせいだろう、イベントが前倒しになったらしい。信用出来る情報屋からの話だ。うちの目や耳達にも王子の周辺を探らせたので間違いない。王子と愉快な仲間たちが腐りきったこの場所へ観光に来るのだ。

 ならば歓迎の準備をせねばなるまい。主人公達を素敵におもてなしするのも悪役の仕事というものだ。

 大変残念だが今回は殺さない。王子サマをあっさり殺すのは面白くないからな。王子を殺すなんて中々無いのだから面白可笑しく不運で不幸で忘れられない最期にしなければ。

 情熱的に、熱烈に、熱狂的に、熱心に、冷酷に、無慈悲に、苛烈に、悪辣に計画し。滑稽で、愉快で、爽快で、痛快な最期にしよう。激情を、憤怒を、侮蔑を、悲嘆を、嫌悪を、怨嗟をこの身に浴びれるような脚本を!

 目玉を抉ろうか、歯を砕こうか、舌を抜こうか、鼻を削ごうか、爪を剥ごうか、顎を外そうか、指を擦り潰そうか。焼こうか、潰そうか、絞めようか、殴ろうか、刺そうか、刻もうか、撃とうか、沈めようか、埋めようか。

 圧殺、縊殺、殴殺、格殺、禁殺、絞殺、斬殺、刺殺、射殺、焼殺、磔殺、毒殺、爆殺、撲殺、扼殺、轢殺。王子に相応しい死を。正しい殺し方を。選ばなければ。贈らなければ。丁寧にラッピングして。メッセージカードと共に。

 火をつけられて慌てふためき踊りながら焼ける姿が見たい。貧民達に囲まれて殴り続けられて綺麗な姿が襤褸雑巾に変わる様を観察したい。心を許した友に刺されて驚愕と憎しみの中で死ぬ様は想像するだけで震える。毒を煽り泡を噴いて首を掻き毟り苦悶の表情をする様は額に入れて王城に飾ってやりたい。

 楽しくて苦しくて最高で最悪な最期にしよう。一度きりの人生なのだから。

 その名が歴史に刻まれる程の惨たらしい死を贈ろう。


 * * *


 スラムから漂う腐臭に、モーントはハンカチで鼻と口元をおさえて顔を顰めた。それでもハンカチで殺しきれなかった臭いがモーントの鼻腔にへばりつく。

 肉の腐った臭いだ。糞尿の臭いだ。吐物の臭いだ。血の臭いだ。酸っぱくて甘くて苦い生ゴミよりも酷い臭いだった。

 ただ不思議だったのは、こんなにも凄まじい臭いがしているのに人影が全く見当たらないことだ。遺体の一つすら転がっていない。

 モーントは自分が来る前に誰かがある程度片付けたのではないかと勘違いする程だった。王子である自分に、なるべく汚い物を見せない配慮なのではないかと。

 それが間違いだと気付いたのは、スラムの奥からやってきた存在だった。破れた布を纏った裸足の女がモーントの方へと駆けてくる。比較的小綺麗で、容姿の整った女だった。怪しい存在に護衛がモーントを護るように前へ出る。

「たすけてくださいませ!高貴なお方!アレが!アレが来るのです!」

「それ以上近付くな女ァ!」

「まぁまて。女よ。アレとはなんだ」

 女に問うて暫くすると、重い物が落ちた時のような音と振動が地面を通して足に伝わる。ズズンッドスンッと音の方を向けば、女の言う『アレ』がなんなのかすぐに理解できた。

 ソレは、肉の塊だった。人の死骸を集めて固めて丸めたモノだった。腐臭と死臭を放つ異形の怪物。地獄から這い出てきた亡者の山であった。

 無数の手足や胴体がくっつき、顔の部分は全て削れている。瞼のない眼球がギョロギョロと動き、歯も舌もない口が開閉していた。ところどころ溶けており、緑がかった灰色の肌から粘り気のある液体を垂らしている。誰かの腹だったのだろう部分がぶっくりと膨れ上がり、そのまま破裂して気色の悪い液体と緑色のガスを撒き散らした。

 あまりにも悍ましい存在に全身が粟立つ。初めて見た存在だったが、その邪悪さからモーントはこれが魔物なのではないかと考えた。文献にしか書かれておらず、姿形を見たことはないが、これが魔物でないのならばなんなのか。モーントの手は震え、無意識に一歩後ろへと下がっていた。

「うっ…うおおおおおっ!」

「でりゃぁぁあああ!!!!」

 護衛のうちの二人が魔物へと切りかかる。有能な騎士達で、モーントが信頼している男達だ。しかし護衛の放った斬撃は魔物の中へと沈み込み、剣と共に護衛達の腕を飲み込む。

「なっ!なんだこれは!」

「王子!お逃げくださっ」

 ずぶりっ、と。護衛達は吸い込まれる様に魔物の中へと消えた。驚いて他の護衛達が動けないでいると、魔物の表面に新たに人の身体が二つ生える。

 どちらも顔がなくなっていたが間違いない。魔物に吸収された護衛達だった。

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