第32話 正しいて何や
「お前、もう
「喧嘩したさかい、まだ食べてないの」
村岡さんのチャリに乗せてもろて、
近所にある
有名な長崎ちゃんぽんのちゃうとこは、
こっちは和風出汁で麺も普通のラーメンに近いこと。
具は基本的には魚介ではなく
野菜やら豚肉、
細切りにしたカマボコが入っとって、
具沢山で食べごたえがあるとこは一緒やと思う。
やっぱり村岡さんは腹ペコだったらしく、
勢いよく麺をすすっている。
仕事終わりに教習所に通うてるから
よほどお腹すいとったんやろう。
「久しぶりに食うたけど、美味いな」
「ここな、お姉ちゃんが好きで昔はよう来たんや」
「へぇ……」
村岡さんは上手いこと言えん人や。
それは私もやけど、
どっちか言うと私の方が
多少は他人とコミュニケーションとれとるな。
子供の頃から
どっか人とちゃう気がして、
特に集団行動が苦手やった。
周りも変わった子やて思うてたと思う。
ほんまに大変やったんは社会に出てからで、
色々なことでいちいち
こら何とかせんと思うて、
人付き合いできる人らの行動を見て、
ああすればええんかと真似たりして、
少しは誤魔化せるようになった。
今思えば、かなり無理があったんや。
この人を見てるとこれでえんやとも思う。
村岡さんは変人やけど
綺麗事も言わんし、
無理に慰めようともしてこん。
そこは唯一、この人のええとこやな。
うちのお姉ちゃんは私と違うて
気遣いの塊みたいな人やったから、
変わりもんの妹のカバーをしたり、
きっと社会に出てからも
いらん気苦労があったんやろな。
お姉ちゃんも
こんな変人を知っとったら、
もっと気楽に生きていけたんかな。
ここのちゃんぽんは
味噌やらチゲやら汁なしもあるのに
私も村岡さんもスタンダードな醤油ベースのちゃんぽんを注文した。
「お酢かけた方がええで」
「いらん、俺はこのままがえんや」
「そう言わんと、ちょっとかけてみいや。生姜漬けで
「ええて言うてんやろ。このっ、いらんこと言い!」
ええとこ見っけてもまた振り出しに戻る。
ほんまにとっつきにくい変人や。
一皿だけ頼んだ餃子が
気づけばラスト一個になった。
何で奇数で出すんかな、
2人で分けたらこうなってしまうのに。
「言いたいことあんなら、早よ言え」
「ほな言います。餃子、最後の1個もろてもええ?」
「勝手に食えや……」
きっちり割り勘しようとしたら、
なぜか村岡さんが払ってくれた。
ほんで結局、実家に戻ってきてしもた。
車置いてきたさかい、
どっちみち戻らんとあかんかったんやけど。
「おおきに、ご馳走さんでした」
「お前、このまま向こう帰るんか」
「うん。さっきやりおうたばっかしやし。今日はもうええわ」
「ほやけど、今日のことは今日終わらせた方がええ思うけどな」
そう言われて、それもそうかと思い、
ちょっと面倒やけど中に入った。
自分ちなのに
村岡さんの背に隠れて入っていく。
いつものことやけど、
お父ちゃんとお母ちゃんが何もなかったように
通常運転に戻っていた。
「蒼介くん、おかえり〜!」
「遅かったなぁ、疲れたやろ。おっ、穂乃果も一緒やったか」
「お寿司あるで〜」
「二人で食べや〜」
「あんな、今うちら、ちゃんぽん食べてき……」
夕飯食べてきたて言おうとしたら、
村岡さんがかぶせてくる。
「いただきます。腹減ってしもて、助かります」
村岡さんはなぜか
ちゃんぽん食べたことをなかったことにして、
無理してお寿司を食べはった。
仕方なく私も食べて、
お腹きつうて動けんようになってしまい、
今日はこっちに泊まることにした。
そやけど自分の部屋は今、
村岡さんが
私はお姉ちゃんの部屋で寝んとあかん。
お姉ちゃんの部屋は何1つ片付いておらず、
勉強机も何もかんも、
時間が止まったようにそのままや。
あ〜っ、寝れん……
そうや、ええこと思いついた
やっぱし自分の部屋で寝よ
隣からは物音がする
まだ起きてんな
あの人ならなんちゅーことないやろ
「村岡さん、入るで?」
ドアを開けると
村岡さんは飛び上がった。
「なっ、勝手に入ってくんな!」
「ノックしましたけど?」
「返事する前に開けんな!」
「まさか、いかがわしい動画でも見てたん?」
「ちゃうわ!!」
やたらキレてから、
潔白を証明するようにスマホを見せてきた。
どうやら自分で撮った野鳥の動画を見ていたらしい。
「なぁ、それもっと見せて」
「おい、勝手に居座んな!」
「ほやけどここ、もともとは私の部屋やで?」
何も言い返せんらしく、
スマホを投げてよこす。
そこにはハクチョウやカモの群れが
湖上で優雅に羽を休めていた。
「なんでハクチョウとカモはいつも一緒におんの?」
「そら大勢でおったほうが、外敵から身を守れるやろ。カモにとっては自分らより大きい個体のそばにおったほうが安全やし、ハクチョウからしたら、自分らより危険を察知する能力が高いカモ達がおれば、天敵きた時にすぐわかる。そやから一緒におるんや」
「はぁ〜っ、賢いなぁ。ただ仲がええっちゅうことやないんやな。てことは、ビジネスパートナーみたいな関係か」
「言うたやろ、鳥はお前より
村岡さんは他の動画や写真も見せてきた。
その中に、餌をばら撒いてる人らの姿もあった。
「何これ、こんなんしてええの?」
「あかん」
「やったら注意したらええやん」
「それができたら苦労せんわ」
村岡さんは写真をスライドさせて
むごい現実を突きつけてくる。
中には写真を撮るために
野鳥に近づいたりする人や、
釣り針が羽に引っかかってしまい
痛々しい傷を負った鳥の姿もあった。
「無責任な連中のせいで、こいつらがそのうち、自然界で生きていけんようになってまう」
ただ可愛いからそばに行きたい。
物珍しいもんに触れたい。
金落とすんやから何したってええやろ。
そういう風に思うんもわからんでもない。
悪意なく無意識の行動やったんかもしれん。
ほんでも知らんとこで
何も言えん弱きもんらが犠牲になっているんも事実や。
一方でちゃんとマナーを守ってる人らも
ぎょうさんおる。
熱心に野鳥観察しに来る人や釣り人が
時々、道の駅にも寄ってくれるさかい、
私はそういった善良な人らしか知らんかった。
そう言えばこの前、
滝沢さんがちらっと言うとった。
不届者がおったらすぐ言うてくれと。
それはこういうことやったんか。
村岡さんが悔しい思いをしとることは
何枚もある写真からも伝わってくる。
「注意したらええやん、間違ってないんやし。正しいことして何があかんの」
「正しいって、なんなんやろな」
村岡さんはそう呟いて黙ってしまった。
正しいとは何かなんて誰が決めるん?
法律?
法律で裁けん悪は悪ではないの?
正しいことをしても
時にあかんと言われ、
そもそも自分が思う正しさは
大多数が「ちゃう」と言えば
それは正しくない、間違いやということになる。
例えば、お姉ちゃんの死は正しかったんか。
その死を受け入れられんうちの親と、
受け入れて忘れようとしている私は、
どっちが間違いでどっちが正しいんか。
私もようわからん。
考えているうちに
知らん間に寝てしもたらしい。
「おい、起きろて。おい!……」
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