ひとりぼっちの悪役王子とクリスマス
新 星緒
《前編》ひとりぼっちの悪役王子
大広間から、クリスマスにちなんだ曲と人々のざわめきが聞こえてくる。離れていてもわかる、温かくて楽しそうな雰囲気。
俺には縁遠いものだ。
けっしてあの中に溶け込むことはできない。
加わることは、できる。楽しい夜会をぶち壊しに来た嫌われ者としてならば。
俺は悪役。誰からも忌まれ、避けられる王子だから。
極寒の庭園でひとり、冷え切ったベンチにすわり空を見上げる。
自室とて寒いから、どこにいても変わらない。
使用人たちは休みを取っているか、夜会に駆り出されているかのどちらかで、嫌われ王子の部屋の暖炉に火を入れようとしてくれる者はいないのだ。
そうでなくても俺は、王がうっかりメイドに産ませてしまった、いらない王子だ。母は莫大な手切れ金をせしめて王宮を去り、父は息子に必要なものを与えはするが、それ以外は愛情どころか一瞥すらも寄越すことはない。
兄弟は俺を存在しないものとして扱い、貴族連中は俺に関わりたくないと無視をする。教育係や使用人は必要最低限のことをこなすだけ。笑顔も会話もなにもない。
いっそのこと王は俺など認知せずに、ドブにでも捨てればよかったのだ。
夜空には無数の星々がきらめいている。その中央で神々しく輝く正円。今夜は満月らしい。
もしここが絵本の中の世界ならば、あの前をトナカイのソリに乗ったサンタクロースが横切るのだろう。だが残念ながら、ここは乙女ゲームの世界だ。
クリスマスはあっても、サンタクロースなぞいない。
俺に前世があり、自分がゲームの世界の悪役王子だと気づいたのは一年ほど前のことだ。酷い肺炎で死にかけたときに、思い出した。
ヒロインに片思いをし、彼女の恋を邪魔しまくり、最後には無理心中をしようとして攻略対象に殺される。それが俺の役割。どうやらそのためだけに生まれ、生きてきたらしい。
絶望はしなかった。
今さらだ。
かといってゲーム展開に抗う気持ちもなかった。
そんなことをして、なんになる。運命を変え、生き延びたとしても、俺にはそれを喜んでくれるひとはいない。
名前を捨て身分を捨て、国まで捨てれば、もしかしたら素晴らしい出会いがあるかもしれない。
だがそんな不確かな希望にすがれるほど、俺の人生は甘くなかった。
俺が悪役だというのなら、その役目をまっとうするさ。
この世界が俺を必要としている。そう望まれるのは、生まれて初めてだ。
たとえ嫌われ者だとしても、存在を認知してもらえる。こんなに嬉しいことはない。
――そう思って頑張ってきたが。さすがにちょっと疲れた。
俺だって本当は、
大昔には全世界を憎んだときもあったが、今はただたださみしい。
吐き出した息の白さを見てから目を閉じる。
朝までここにいたら、なにもかもが終わるだろう。
もう、いいのではないか。
悪役王子をどれほどがんばっても、誰かに感謝されることはないし、ずっとひとりぼっちのままだ。『夜会に一緒に行こう』と声をかけてくれるひともいない。
世界に必要とされているのだとしても、俺にはもう無理だ。
役を降りさせてもらいたい。だけど。
「ただひとりでいい。誰かに愛されたかったな」
寒さに震える唇からこぼれ落ちる本音。
そんなに大それた望みじゃないと思う。
だけど俺にはサンタクロースに会うことよりも、難しい望みだった。だって世界が俺に孤独を強いていたんだからな。
孤独は辛い。今世からは、もう降りる。せめて次は、愛される人間に生まれ変わりたい。
頬に涙が伝わる感触。
情けないが、拭う気力もわかない。
どうせ明日の朝に発見されるまで、誰に見られることもないのだから――
そう思ったとき、ふわりと肩回りになにかが乗った。温かい。
目を開けて見る。
白い女もののショールだった。月の光にキラキラと輝いて見える。
どうして、と思いながら振り返ると、そこには困ったような表情をしたトルテリーゼ・フォクトが立っていた。
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