歌劇で共演!?

クロードとノエルは、もう一度目の前の王に問い直した。張り詰めていた肩の荷は下ろされたものの、回答内容で固まるばかりである。

「祝祭に王家が行う劇とは?」

「どのようなことでしょうか?初耳です」

祝祭に合わせて、劇が開催されていることは理解していた。しかし、自身とクロードが劇に出るのは想定外だった。加えて、即位式と一緒に組まれている。初めて聞いたことで、戸惑いが収まらない。

「まさか俺も劇に関わる立場だとは…」

「想定外とはこのことですかね」

 観客から関わる側になったというのか。頭にはてなが半分占める中、クロヴィスが問う。声音は真面目であり、恐ろしい。

「クロードよ。劇の定番とは何じゃと思う」

 疑問を覚えつつ、一先ずクロードは答える。

「劇ですか…?この場合は歌劇の演目ですよね?」

「ああ正解だ」

(殿下、正解に導いてるの早っ!?)

 クロードの回転の速さに、ノエルは空いた口が塞がらない。いきなり変なことを言われても、冷静でいられるようにする剛胆さが羨ましくも思えた。最も、ノエル自身もその方に近いのだが。

 クロードは、スラスラと堂々と最適解を導き出す。

「我が国に伝わる御伽話『王子と妖精の守姫』のことですか」

「……!」

 その劇及び元ネタの童話は聞いたことがある。この国においては知らぬ者はおらず、人気の話だ。かつて魔法があった時代、悪人に国を奪われた王子が、森で妖精と暮らす番人の少女と出会い、冒険する。その旅の中で魔法使いや戦士と仲間が増え、衝突もありつつ、国を奪還という王道ストーリーである。

 実話と言われているが、定かではない。ただし、設定の緻密さからそう信じる人もいた。物語面においても、敵の一時共闘に出会った人々の援護と、熱い展開も盛り込まれており、評価が高い。

「主役ということは、俺がリュカで、ノエルはシルヴィーですよね」

 二人の役は、それぞれ主人公・ヒロインだ。王家が劇をするなら、主演は間違いなくクロードが入る。側近であるノエルも同様であり、ヒロインを務めることが求められた。

「僕がシルヴィー役…と?」

 このヒロインを自身が演じろと?ノエルは青ざめたくなった。白銀色の癖のない長髪に、瑞々しい葉っぱを想起させる瞳を持ち、類稀なる美貌で「無垢の白銀ピュール・ラルジャン」と謳われている。妖精が住む森の番人を務め、森に逃げてきたリュカを警戒し、最初は喧嘩する仲であった。しかし、共に行動していくに連れ、理解して我が黙りが解けていく。

 最後は、大悪を倒し、両思いになって、結婚をする展開を迎える。 これだけ聞けば、戦うヒロインの恋愛ストーリーで感嘆するが、そんな単純な心境ではない。

(なんで、相手が殿下なの!?)

 対する相手リュカ役が仕える殿下なんて、気まずい所ではない。シルヴィーが、物語中で肌がよく見える服装をしていたのもあり、秘密がバレるリスクも孕んでいる。

 劇の練習中にバレることがあったら、最悪だ。平然とした様をどうにか纏う。

「……」

 隣にいたクロードは、ノエルの冷静さと戸惑いを兼ねた顔を見て、父に尋ねる。

「何故、劇を行うのですか父上」

「建国王パトリックが発端だ」

 その名前は、よく知っていた。600年前にこの土地にベルラック王国を建てた王で、賢王と歴史家を受けている。国名は、夜に美しい湖を目にしたことに由来し、これを見れる平穏を保てるようにと命名されたのは有名な話だ。

 命名の逸話に基づき、パトリック以後の国王は賢い政治を行うように意識している。それ故に、革命はあったものの、崩壊にまで至っていない理由だろう。

 クロヴィスの語りに意識して聞く二人。

「パトリック王は、困難の末に即位しているのは有名だろう?」

「ええ」

「はい」

 パトリック王は、身内の裏切りによる罠や妨害と過酷な困難に巻き込まれていた。

 これらの困難の一例は熱い冒険譚として、絵本や小説に纏められていることも多い。困難の実情を知っている人からすれば、複雑なものだが。

 最後の困難である敵ベートとの戦いの末に、倒して即位だ。以上の経緯は、歴史の授業で習う為、よく知っている。

(即位した時、青の旗を揺らしたから、青がシンボルからと)

 即位式で、青の旗を見せたことから青がシンボルカラーとなっていた。

 クロヴィスの話はまだ続いた。

「即位式は厳粛としたものだが、パトリック王は人々の張り詰めた心を和らげたいと、側近・婚約者と協力して劇を開催した」

 確かに困難に巻き込まれた人々は、心が疲れている。即位して平穏が戻ったとしても、すぐに直るわけではない。部下含めた民の心を少しでも癒せたらと、企画したと推測できた。

「劇の題材はまあいうまでもないだろう。演劇を通じて、人々は枯れていた感動を取り戻し、笑顔を浮かべた。また、婚約者との絆、連携が示されたことで未来が安泰と安心した人もいた。劇は、小さな劇団と協力して、作り上げていた」

 心の感動と未来への安心を伝えている。加えて、下の者と協力していた。

 パトリック王は、今と未来を合わせて考えて、上演したのだ。頓珍漢に思えた伝統の真意が分かり、頭がスッキリする。

「その劇は非常に好評だった。それ以来我が王家では、代々即位時に祝祭に兼ねて劇を行っている」

 ただ説明に、ノエルは頷くも、驚きしかなかった。しかし、先祖が始めた以上反発はする気分になれない。また、絆を示す方法としての演劇は否定しきれなかった。演劇を通じて、他者と協力して成長していく点では、正しい。特に下の身分を知ることは大事である。

(理解できるけど、今の時代だと…)

 始まった時期は戦乱後で、人々が疲弊していた頃だ。行う意味は理解できるが、今は平和になっている。クロヴィス即位時の混乱もあったが、国に大打撃を与える事件は起きていない。まさに「平穏」そのものだった。

 今の時代には、合っていないのではなかろうか。一番に、次期王の絆、連携を示す点で、クロードに婚約者がいないからだ。 

 その言葉を使おうと、ノエルが指摘した。

「陛下。先ほど、代々王子と婚約者が行うと述べられていましたが、今回の例はどう対処するのでしょうか?」

「……ああ」

 質問内容にクロードは、只々頷くばかりである。クロードは今すぐに婚約者を作れと言われたら、反発する方だ。当然、彼の求める理想に合っている女性がすぐに見つかる訳ではない。また、すぐに選ぶ行為は彼の慎重にする方針と則していなかった。

 クロヴィスが、想定していたように補足する。

「それについてはだいぶ前の王が、決めておった。『婚約者が亡くなったりして、いない場合は、代わりに信頼のできる側近とする』とだ」

「前例があるのか…」

「存在していたんですね」

 その決めた王には、婚約者が色々あっていなかったのだろう。今のクロードと同じ状況だった。その側近の気が気でなかったことは想像が容易につく。 即位時の状況にもよるが、婚約者がいないことは珍しいものだ。クロードと過去の国王&側近の記録帳を読んでいたので間違いはない。

 問題点があっさりと潰された。困惑もあるが、王族の側近として、この伝統をしない選択肢は無である。むしろ、行わなくてはならない立場だ。

 クロードは、父親の返答に、心がざわついていた。

(ノエルとできるのか?)

 自身と同じ前例があるというのか。身内以外の数少ない理解者と上演できることが喜ばしい一方で、現実を突きつけられる。

 自身はまだ結婚していない異端者なのだと。これも、あの事が関係していた。

 クロードも、あの事を巡って続いて意見する。

「俺の苦手なことに着いてですが」

「大丈夫じゃ。相手の劇団には『息子は女性が苦手』ともう説明しておる。相手の方も受け入れてのう」

父はの事情も把握している。ここまで徹底的に根回しがされていること、先王達が柔軟に規律を工夫したことが伝わってきた。その努力は凄まじいものなのは、想像しやすい。長年の伝統を変えることは簡単なことじゃないからだ。

 クロードの方も、しっかり問題点に合わせて対処されている。

 不思議に思ったクロードは、質問した。今は、王と王子ではなく、父と子としての振る舞いを滲ませている。

「何故、俺の即位時の上演でここまで行うのですか?」

 正直、不可解の気持ちが全体を占めていた。自身ので、国の安泰が不安視されている。唯一の皇位継承者だけに、その重圧は大きい。

 21に迫る中で、婚約者がおらず、不測の事態を生み出している異端者だ。そんな俺がなぜ、どうして。

__俺の即位式での劇をこんなに盛り上げようとしているのか?

 そんな叫びが、心の中で浮かび上がる。自身は、安泰をノエルとこの身で示せるのか?

 葛藤するクロードへクロヴィスは答えた。

「……吾の時期にはできなかったからな」

 その一言はあまりにも重い。父、兄3人を相次いで亡くし、急いだ形でクロヴィスは即位した。当然、歌劇はやっておらず、その機会さえも得られずにいる。得られなかったのは、即位後の国内のゴタゴタが関係していた。

「また、上演で知る者は減っている」

「「……」」

この劇は即位ごとに行われるので、最後に行われたのは現国王の父つまりクロードの祖父と、年代がかなり離れている。祖父の即位式と上演を見た者はこの世を去っているはずだ。クロードが、道理で知らない訳である。

「…そうなのか」

「そうなんですね」

 クロードは、やや遅く返した。これが、親心というものなのか。王族の人間として、意識した生活を送っていただけに、今の事は普段と全く違っている。

 自身は、父親のことで王族に囚われていたのだろうか。なら、今は自身なりの王族と政治を作る時だ。クロードは受け入れることを決意した。

 クロヴィスが切なげに笑みを溢す。

「だから、クロードとサヴィニー卿には是非やって欲しいのじゃ」

「承知しました」

「はい」

 その笑顔は、クロードには忘れられないものだった。普段、苦労人で慎重な父が、頬を緩ませている。紛れもなく、息子の祝いができた喜びに起因していた。

 クロヴィスは、言葉を留めない。

「ここから、3ヶ月後にお主らは劇団と交流稽古じゃ。安心せい、ちゃんと演劇を指導できる所だ」

今の季節は碧葉月マイアと初夏だった。

劇団は、誇りある王立黎明劇場テアートル・ドゥ・ルヴェへ立つのに相応しい実力者集団だろう。防護面においても、王子と側近が関わるので、経歴に問題ないか調べられた上なのは確実だ。おそらく、クロードの事情に沿ってメンバーも調査したか。なんて準備が良いのか、二人は問いたくなる。

(国王陛下、殿下以上に盛り上がっているような…)

(父上?)

 しかし、即位の経緯を知っていると納得ができた。困難な時期ではなく、平和に行える親としての嬉しさ、喜びがあるのだ。

 ノエルとクロードは受け止めて、応じた。

「承知しました」

「父上、分かりました」

 その顔は、王族だけでなくノエルのことでいっぱいだった。また、意識する相手と演劇ということに。



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