突撃!小さなお姫様

クロードは驚き、すぐにばっと起き上がる。フェリシアが落ちないよう、動きは最小限にした。フェリシアも理解しているのか、咄嗟に箇所を避ける。

「お兄さま流石です」

「フェリシア……遊びたいからとこんな朝早く起きなくてもいいだろ」

フェリシアは、11歳前後とまだまだ遊びたがりな年頃だ。歳の離れた兄妹だから寂しいのかもしれない。しかし、こんな朝に突撃するのはどうかと思う。実際、壁にかかっている時計は5時半を指す。

「遊びではありませんのお兄さま!」

「なんだと?」

 話の流れが変わってきた。遊びではないの言葉からその点が読み取れる。クロードは不機嫌な顔を直し、いつもの顔に戻った。しかし、いつものは無愛想なものである。

  フェリシアが言おうとした瞬間、誰かがノックした。声の主は明らかにノエルだ。

「殿下、おはようございます。入ってよろしいでしょうか?」

「ノエル。構わないぞ。ただ…来客していてな」

「承知しました」

そう言い、ノエルは二重の扉を超えて、顔を出す。 側近の立場故か、既に青を基調とした装束に着替えていた。身なりも整えており、清潔感に溢れている。

クロードは、流石と関心の声を示す。

「流石だなノエル。この朝早い事態に対応とはな」

「当然のことまでです」

 ノエルは頭を頷いた。ここだけを切り取ると、王と忠誠心が高い立派な側近と絵になる光景である。カーテンに差し込む陽光が、一層引き立たせる。

 最もノエルは見られないよう素早くしただけだが。

(王女様が来るなんて聞いてないよ!?)

フェリシアはお転婆を具現化したような子で、よく外で駆け出している。冒険好きな一面も持ち、洞窟探検など幾つもの冒険をしていた記憶があった。

可憐な見た目に反して中身は豪快そのもので、『獅子の少女レオ・フィーユ』と言われてもいる。

 お転婆姫への動揺を隠しつつ、挨拶した。

「おはようございます、王女様」

 気品に満ちており、王族相手に失礼のないものだ。側近として仕えた経験故に、立ち振る舞いは身に覚えている。貴公子の名に相応しい。

 目の前で挨拶を受けるフェリシア。

「……おはようございます!」

フェリシアが、犬の如く駆け出す。瞳は星のように輝き、色は名の由来になった花を思わせる。深い青紫は、爽やかな春の季節を告げているようだ。

「ノエル様〜!!」

「王女様!」

 フェリシアがノエルに突進した。勢いくる幼体が当たり、「グエッ」と溢れそうになる。地味に痛いものであり、直撃系である。お転婆を通り越した落ち着きのない妹に対し、クロードは妹の首元を掴んだ。鮮やかな軽技で、筋力の高さを示す。

「こら、フェリシア…ノエルが困っているだろう。ノエルのことが好きだからって、迷惑かけるなよ」

「良いではありませんか!わたくしはノエル様に1週間会えてませんの。お兄様が羨ましくてしょうがないですわ!」

「はっ…!羨ましいだと?」

 兄妹同士の会話の応酬が始まる。ノエルは唖然となる他ない。

 「え…?」

 フェリシアはノエルを一人の男として尊敬しており、「尊敬する人」に上げるレベルだ。加えて、好きオーラを出しており、恋愛関係かと推測されている。ただし、本人の年齢からして偶像的な“好き”だろうか。

 クロードに対して羨ましいと訴えており、その熱意は凄まじい。対するクロードも同様で、似た者兄妹だ。

「俺はノエルと一緒にいるが?何なら俺の方が、ノエルの素晴らしい所を言える」

「わたくしも言えます!」

 ああ、キリがない。ノエルは咄嗟に二人に声をかける。本来なら不敬ものだが、最終手段に近い。

「お二人とも、今はそう言い争っている場合ではありません!」

「「……」」

 ノエルの警告に沈静化する兄妹。威厳ある王族が叱られることは、珍しい光景だ。今の状況における、上下関係が窺える。今、争っている場合ではないことは理解しているのだろう。

 ヒートアップしていた口論は止み、言葉は落ち着きを取り戻す。クロードは深呼吸し、謝る。

「熱が入ってしまったすまない」

「申し訳ありませんノエル様」

「いえいえ大丈夫ですよ」

 そう言っているも、ノエルの心は穏やかではない。自身のことが思ったよりも信頼が厚いことを再認識したからだ。クロードの婚約を機に、領へ戻る計画が遠のいてしまう。フェリシアも優秀な自身を離したがらないことは予想がついている。

 現状維持は危なく、自身もクロードのことが言えない。

(こうなったら、同性を探すしかないのか…!?)

 考えるも、非常に厳しい条件が待ち受けている。秘密を守れる相手かということであり、理解をしてくれる存在かだ。秘密が秘密なので、相手は慎重に選ばなければいけない。男が裏切って、暴露されたらごめんである。

 そんな心境を隠すノエルに、クロードが声をかけた。

「ノエル。フェリシアの話を聞く前に俺から一言良いか?」

「はいどうぞ」

 ノエルは確認と考え、応じた。クロードが息を吸ってやや怒った声音で、フェリシアへ口にする。乱暴に叩き起こされたようなものだから当然だ。

「改めて言いたいが…こんな朝早くに来るなんてどういうことだ。どうやって入ったのかは想像つくが」

クロードの顔は魔王を想起させるように怖く、一般の人ならすぐに逃げたくなる。また、身長も高いので威圧感は凄まじい。しかし、フェリシアはスルーして話した。肝が強いに尽きる。

「お兄さま、お父様から来る許可は貰っていますの」

きっぱり返す姿勢に、ノエルは見ていてハラハラした。恐ろしい兄に畏怖しないのか。王族は、周りだけでなく身内相手にでも肝が据わっている。回答をすぐに引き出しているフェリシアは流石だ。ノエルはそう思った。

(王女様は、政治家の素質がある)

 ヤンチャ姫と扱われているが、洞察力は鋭い。普段の冒険も季節に合わせた植物の状態から、周りの状況を推測している。また、難易度の高い推理遊戯ではヒントを見ずに、犯人も当てていた。その洞察力は現国王が舌を巻く位だ。

(そういえば)

 ノエルは、『兄様を支えたい!』と口にしていたフェリシアを思い出す。ノエルに憧れるのも、政治家及び兄を支えようと目指す心の延長線か。

しかし、女性が本格的に政治に関わることは避けられている風潮の為、分からない。その点では、自身と重なって見えた。

(王女様………)

姫様は、自身と同じなのだ。

「許可か、父上こんな大胆なことをするなんてな」

「ええ。鍵は、トーマからもらっております故に」

トーマは、家内を纏める執事長を指している。今回の起こしには、一件踏んでいた。フェリシアが、確認して、意を決するように口にした。

「あのね兄様。お父様、今すぐ来て欲しいと呼んでいたの」

「父上が?」

「ええ」

「その報告に母上は……。今は公務だからいないか」

尚、セシリア王妃は公務で数日離れている。各地の教会や孤児院を巡って、視察しているのだ。フェリシアもそのことを知っているので、驚くそぶりはない。フェリシアは内容を伝達する。

「要件は大事な話ですって」

二人は息合うばかりに、言葉を一致させた。

「「大事な話?」」

「内容は分かりませんけれど、おそらくお兄様のことで…」

「俺の即位のことだろうな」

 来年の春、クロードは即位することになっている。即位は記念式典含めて準備が多く、時間はかかるものだ。無論、立場上側近も関わってくる。

「なら僕も一緒ですね。打ち合わせでしょうか?」

「父上ならあり得るな」

父クロヴィスは即位の経緯が波乱な為、息子の代はしっかりとさせたいのだろう。打ち合わせと呼び出しから、さりげない親心と読める。

フェリシアが、うんうんと頷く。年なりに、父の考えを解釈しているようだ。

「そうですわ。わたくしも、そう考えていますわ」

「フェリシアも同じなら、行くしかないな」

「はい」

どっちみち命令なので、行く他ない。 また、フェリシアからの伝達というのも、一層正当性を滲ませる。現国王は「可愛い妹からの伝言も断るのか?」と威圧をかけているのだ。おそらく、クロードが王として相応しいかの確認だろうか。

クロードは腕を上げる。

「ノエル、俺は今から着替えるからその間は、フェリシアと会話をしてくれ」

「分かりました」

「やった〜!」

フェリシアは、お祭りのように歓喜の声を上げた。ノエルと会話できる嬉しさから来ている。ノエルも、数少ない同性同士、話せるのは僥倖だ。

そうして、クロードの着替えを待ち30分後__。

「終わった行くぞ」

「分かりました」

「わたくしは、食事へ行きますわね」

「お気をつけてください王女様、お話が楽しかったです」

「わたくしもです」

フェリシアが頭を下げ挨拶した後、ぴゅーっと食事室へ向かう。食事室は名の通り、食事をする所であり、基本的にそれぞれで食べることが多い。最も、仕事の差から来ているとは言え、良い行動ではないが。

「…要件を終わらせたら、食事へ行くか」

「そうですね」

何せ、現時刻は朝の6時なのだから。要件が済んだら、今すぐに食べたいものである。お互い、頷き、王のいる玉座室に進んでいく。

「そういえば、即位の準備って多いですからやる気が出ますね」

「お前のその姿は想像つくぞ」

軽口を叩くのは相互に信頼し合っている証だ。

事実、クロードは笑顔で、ピリピリオーラも出ておらず、親しみやすい印象を与えさせる。二人で、を予想し合う。

「どんな内容なのだろうな…。父上のことだから、即位における礼儀だろう」

「礼儀は身を表すものですしね」

 しかし、告げられたものはその予想を裏切るものだったことを二人はまだ知らない。

それどころか、距離が縮まって、“恋”を招くことも__。

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