婚約問題に*
俺、クロード・ラメティスト・ベルラックには大事な側近がいる。彼の名前は、ノエル・ド・サヴィニーだ。
俺が16の春から仕えており、もう4年も経つ。すっかり時は早いもので、光陰矢の如し(東洋の古語)と言えた。俺ほどではないが、ノエルも身長が数cm伸び、成長した。…合わせて、中性的な顔立ちが産む妖艶さも増している。
(一段と磨きがかかっているな)
長いまつ毛に涼しげな目元、オーラが一例に挙げられた。微笑まれたら、心を射抜かれたようになる。出会った時は控え目なあとげない少年だったので、変貌が激しい。サヴィニー領から、王都へ移住した影響だろう。
(王都で目を輝かせていたのは、懐かしいな)
ノエルは、王都ベルラックの街並み、施設に好奇心を滲ませていた。北の方にあるサヴィニー領とは違い温暖で、建築の違いがあったからか。
王都の名所『
『殿下、こちらの池は美しいですね』
『ああ、ここは有名な画家も題材にしているからな』
『そうなんですね、流石博識です』
この会話をきっかけに、俺たちの間で少しずつ我がだまりが溶けた。ノエルは俺を仕える主君兼良き相棒と捉え、信頼関係が構築された。
それから、4年もこの主従関係は続いている。
___だが、アイツがまさかそうするとは思っていなかった。
_あの偵察から2日後。
朱色の高貴な内装が特徴の部屋で、俺とノエルは作業していた。いつもの事務作業に、情勢確認である。
「殿下、こちらの書類確認お願いします」
「ああ」
王族たる者、常に国の動きを早く掴まなければならない。もし不満の種に気づくのが、遅れてしまったら、この国は破滅してしまう。
父上の即位時と同じ状況は、繰り返したくない。
そう思いを抱きながら、書類作業を進める。
暫くして、作業を終えたノエルが腕を伸ばした。
「うーん」
「働き振りは相変わらず立派だな」
「ええ、僕は殿下の側近ですから」
えっへんと胸を張るノエル。空色の瞳には、作業について来れたという自負が込められている。彼の心境に沿うように、外の天気は晴天だ。
ノエルは、和らげた後引き出しから、書類を取り出した。
「殿下、渡したいものがあります」
「渡したいものだと」
この時点で俺に嫌な予感が走る。貼り付けたような笑顔で、怒らせたら危ないサインがあった。
「ええ、その通りです」
そう表すように、アイツが良い顔でとんでもないことを言い放つ。ガラス細工を想起させる美貌が、ほんの少しだけ強固に見えた。
「殿下の婚姻に相応しい相手をリストアップしました」
「またか」
「今日では1回目かと。あと結婚可能年齢にたどり着いた者も含めてです」
手元に握られている書類の厚さからして、膨大な数だと分かった。机に置かれた際、ドンッと貫くような音を轟かせている。どんな重さだ。
(前にもあったぞこれ)
このやり取りは一年前にもあったが、多い。どれだけの令嬢を、書庫から拾ってピックアップしたのか。必要な工程を想像し、背筋が走る。
「……分かった。目を通そう」
「承知しました」
捨てるのも失礼な為、さっと一通り目を通した。
厄介なことにプロフィールもしっかりと纏めてある。基本的な誕生日、身長と合わせて家職、その状況も細かく載ってあった。膨大な情報を丁寧に収めている腕前は立派だ。
ただ、今の俺にその掲載している令嬢は響かない。
「却下だ。リストを見ていても俺の心に響かせる令嬢はいない」
「響かないって感情論ですよね?コチラのミーナ嬢、特技は速読ですよ」
「速読でもその内容を理解して、行動できなければ意味がないだろう」
物事は、行動してこそ成立する。空上の理論では意味がなく、政治は理想を描くだけではない。大幅で多様な動きが求められるものだ。
「その通りですけど……ね!」
俺の指摘にノエルは、ぐうの音も出なかった。良い婚姻相手が、振られたショックもあるのだろう。
それにしても、ノエルのやつ、なぜ俺に婚姻を進めてくるのか。何かあったのか?
「俺は婚姻を急ごうとは今考えていない」
「けれど、王女殿下に『お兄様結婚しないの?』と心配されますよ」
「……」
しかし、否定は出来ない。愛すべき妹フェリシアも俺の婚姻を心配している。あいつの場合は純粋な目でむけてくるから、心に来るのだ。
頭では分かってはいるが、どうしても条件が過ぎってしまう。
「…いいかノエル。俺の求める条件は、書類技能が高くて国際情勢に詳しい者だ。加えて、国への忠誠心と覚悟を持つ者もだ」
「国を背負うからか、理解してましたけど、改めて見ると厳しいですよねぇ…」
そもそも、王妃は、国王と共に国を支えて国民を導く存在である。運任せで簡単に選んで良いものではない。
(慎重に考えるものなんだそれは)
恋愛小説に出てくる婚約破棄で、真実の愛を優先することなど以ての外。かと言って関係が冷えても良い訳ではない為、信頼できる相手が良い。
加えて、外戚問題だ。東洋の某国では名家が王家と外戚を結んだことで、皇位継承問題を牛耳った歴史がある。要は自分らに都合の良いように、婚姻で仕掛けたのだ。
父上の代も、外戚問題で婚約者決めに一悶着あったと聞く。最終的に、教育に関わる家の出身で、留学経験を持つ母上に決まったが。
(あの時は一歩間違えれば、滅亡の危機と母上は仰っていたな)
母上はかなり苦労した。婚姻までには、妨害等幾つもの困難に遭っている。そう先生から教えられた。先生は元気にしているのだろうか。
このように、父上の即位時には混乱や騒動が相次いだ。父上や母上の努力で無事収まり、国を偉大に纏めている。俺は今の状況を維持しなければならない。
「そうだ。だからこそ婚姻は慎重にしないといけないものだノエル」
「理由は分かりましたけれど。……じゃあ今は相応しい相手を探すよりも現状維持ですか?」
刃のような鋭い質問が返される。現状維持は望んでおらず、今のままでは良くないことを認識していた。俺はいずれ王に就く者として、婚約者探しも行わければならない。即位の時期は迫っている。
しかし、俺はもしもの可能性があれば、即決まっていたのだ。砕けた口調で、俺は吐露する。
「あのな…お前が女だったら求めていた」
ノエルが女だったら、相応しいのに。
あいつは、俺の求めている条件とぴったり合っている。国際情勢に詳しく、書類を扱う技能が高い。
同性婚が公に認められていたら、俺はすぐにプロポーズを打算込みで申し込む程だ。
ノエルは、信じられないものを見る視線を俺に向ける。そんなに予想外だったのか。
「嘘でしょう?」
「いや本当だ。俺はノエルを信頼している」
「信頼って」
王家の人間たるもの人付き合いは慎重に。そう認識してきた俺にとってノエルは、身内以外で心から信頼できる数少ない人だ。尚、身内は旧臣を含む。
打算除きで色眼鏡を向けず、一人の主君として純粋に俺へ仕えている。俺はノエルのことを。
そんな想いが、雫のようにこぼれ落ちた。
「俺はノエルと一緒にいられたらそれで良いのだが」
「それをサラリと言わないでくれますか!?」
ノエルが林檎の如く、顔を染めて、叫ぶ。はは、やはりこう崩した姿が好きだ。何故かノエルは、満更でもない顔を浮かべていた。
見ていて飽きないし、面白い。
しかし、ノエルが拗ねて夕飯後までまともに会話できなかったのは自業自得である。
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