第19話 旅立ちの前に

 冬が本格的に訪れ、冷たい風が吹き始めた。街の風景も、年末が近づくにつれて少しずつ変わり、藤原直人の心もまた、新たな未来へ向けて大きく変わろうとしていた。


 詩織は京都の神職の学校に進む準備を着々と進めており、直人はその日々を見守りながら、自分自身の進むべき道を模索していた。彼女との時間はこれまでと変わらず静かで穏やかだったが、その静けさの裏には別れの寂しさが忍び寄っていた。


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 ある日の放課後、直人は詩織に呼ばれ、いつもの神社を訪れた。詩織は境内で掃除を終えた後、直人を茶室へと案内した。そこには、心地よい香りのするお茶が準備されていた。


「藤原さん、今日は一緒にお茶を飲みませんか?あなたとこうして過ごす時間も、残り少なくなってきましたから。」


 詩織の言葉には、彼女の思いが込められていた。直人は少し寂しさを感じつつも、彼女の誘いを心から嬉しく思い、素直に頷いた。


「うん、ありがとう。君とこうして過ごす時間は、僕にとっても大切なものだよ。」


 二人は静かにお茶を飲みながら、しばらくの間、言葉を交わすことなく過ごしていた。直人は、この穏やかな時間が永遠に続けばいいと思う反面、詩織が新しい未来へ旅立つことを応援しなければならないという責任感も感じていた。


 やがて、詩織がゆっくりと口を開いた。


「藤原さん、私たちは別々の道を歩むことになりますが、それでも私たちの絆は決して途切れないと思っています。あなたとの出会いが、私にとってどれほど大切なものであったか、これからも忘れません。」


 その言葉に、直人の胸が熱くなった。詩織がこんなにも真剣に自分との時間を大切に思ってくれていることを改めて感じたのだ。


「僕も、詩織さんとの出会いがなければ、きっとここまで自分のことを見つめ直すことができなかったと思う。君のおかげで、僕も少しずつ前に進めるようになったんだ。」


 直人は、自分の感謝の気持ちを伝えながら、詩織の顔をじっと見つめた。詩織は静かに微笑み、直人の言葉を受け入れてくれた。


「ありがとうございます、藤原さん。これからも、自分の夢に向かって歩んでいってください。あなたならきっと、大丈夫です。」


 詩織のその言葉には、深い信頼が込められていた。直人はその信頼に応えるためにも、自分の夢に向かってもっと努力しなければならないと感じた。


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 その帰り道、直人は冷たい風に吹かれながら、これまでの出来事を振り返っていた。詩織との出会い、優奈との出会い、そして二人と過ごした時間。それらすべてが、今の自分を形作ってくれたのだと思うと、感謝の気持ちが溢れた。


 しかし、別れは近づいている。詩織は春には京都へ旅立ち、自分との距離は少しずつ広がっていく。それでも、直人はその別れを悲しむのではなく、彼女の新しい未来を祝福する気持ちでいっぱいだった。


「それぞれが、自分の道を進んでいくんだな…」


 直人はそうつぶやきながら、これからの自分の人生に向き合う覚悟を再確認した。


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 年末が近づくと、街の風景はすっかり冬の装いに変わっていた。直人は、自分の夢に向けて具体的な計画を立て始めていた。詩織との別れは近いが、その別れが自分にとって成長のきっかけになると感じていた。


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 数日後、直人は優奈から手紙を受け取った。彼女は新しい生活にすっかり慣れ、ますます自分の夢に向けて頑張っている様子が伝わってきた。


「藤原くん、私、今すごく充実してるよ。新しい友達もできて、先生もすごく優しくて、毎日が楽しいんだ。」


 その明るい言葉に、直人は優奈が自分の道をしっかりと歩んでいることを感じ、彼女の成長に心から嬉しく思った。


「優奈さんも、頑張ってるんだな…」


 直人は手紙を読み終えた後、深呼吸をして自分も負けないように努力し続ける決意を新たにした。


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 冬休みが始まり、年が明けた頃、直人は詩織に最後の挨拶をするため、再び神社を訪れた。境内に入ると、詩織は鳥居の前に立ち、静かにお参りをしていた。


「詩織さん、来たよ。」


 直人の声に気づいた詩織は、振り返って微笑んだ。


「藤原さん、来てくれてありがとうございます。」


 二人はしばらく境内で並んで立ち、静かな時間を過ごした。冷たい風が木々を揺らし、冬の空気が二人を包んでいた。


「これで本当に最後なんだね…」


 直人は少し寂しそうに言ったが、詩織は優しく微笑んで答えた。


「はい。でも、別れは新しい始まりです。これからも、私たちはそれぞれの道を歩んでいきます。」


 直人はその言葉に頷き、詩織に別れの挨拶をした。


「詩織さん、ありがとう。本当に、君との時間は僕にとって大切なものだった。これからも、君のことを応援してるよ。」


詩織は静かに頷き、直人の手をそっと握った。


「私も、藤原さんがどんな未来を歩んでいくのか楽しみにしています。お互いに頑張りましょうね。」


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 その日、直人は詩織に別れを告げ、神社を後にした。彼の心の中には寂しさが残っていたが、それ以上に大きな希望が広がっていた。


 詩織、優奈、そして自分――それぞれが自分の道を歩み続ける。これから先、何が待っているのかは分からないが、直人は彼女たちとの思い出を胸に、未来へ向かって進むことを決意した。

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