第三七話 コマじゃねえぞ

 山都河高校には文化祭後の振替休日がないらしい。

 といっても、本当にないわけではなく、七月の末に夏休みの一日として振り返られる体裁を取っているようだ。

 多くの山都河校生とっては不満な仕組みかもしれないが、俺はこれによって幾ばくか命を繋いでもらえた気がする。ありがとう、ありがとう……。


 そんなわけで、月曜日の昼休みである。

 俺はいつもの面々に先に屋上に行っているよう伝え、一人で学食に来ていた。

 もともとは1-2の教室に赴いていたのだが、用件のあった人物は不在だったため、教室に残っていた生徒に訊いてここにやってきたのだ。


 学食は校舎のはずれにあり、少し前に改装があったばかりらしくそこだけが他と比べて少し小奇麗な感じがした。

 目的の人物は学食の隅のほうにある席に二人で座って楽しそうに昼食を摂っていた。


「よう、邪魔するぞ」


 俺は敢えて気さくな感じで声をかけた。

 その人物――芦田は、俺の姿を見るなり露骨に面倒くさそうに舌打ちをした。


「ちっ……テメェ、こんなところにまでなんの用だ」


 芦田は学食のカツ丼を食べながら、本気で嫌そうに俺を睨みつけていた。

 向かいには柳川が座っており、怪訝な顔で俺を見上げながらキツネうどんを啜っている。


「飯を食い終わったらでいいから、顔を貸してくれ」

「……あんた、なんなのよ?」


 俺の言葉に、芦田ではなく何故か柳川が反応した。

 その場で立ち上がり、威嚇するように俺の顔を睨みつけている。

 ただ、そうしながらも瞳の奥にはまだかすかに恐怖が宿っているように見えた。


「あたしもケンゴももう何もしてないでしょ? 今さらなんだっていうのよ」


 柳川が捲くし立ててくる。

 とりあえず席に座ってほしい。学食内の視線が集まってきている。

 俺は肩をすくめてため息をつくと、柳川の顔を見つめ返した。


「おまえ、それで自分のやったことがなかったことになるとでも思ってるのか?」


 俺の言葉に、柳川の瞳に宿る恐怖がその色を深くする。

 すると、今度は芦田がその場に立ち上がり、剣呑な目つきで俺を睨んできた。


「俺が行けばいいんだろ。ヒヨリのことは放っておけ」


 おお、すっかり良い彼氏をやってるようじゃないか。

 そういう態度、嫌いじゃないぜ。

 俺は芦田に中庭で待つとだけ告げると、いったんその場をあとにした。


 あれ以来、柳川も芦田もすっかり牙が抜けてしまったようで、尖り散らしていたのも今は昔の話――最近はすっかりごく普通の青春を送っているらしい。

 ただ、誠に申し訳ないが、芦田にはまだまだ使い道がある。開放はしてあげられない。


 俺がぼんやりと中庭で花壇に植え替えたばかりのベゴニアを観察していると、ほどなくして芦田が姿を見せた。


「これ以上、俺に何をさせようってんだ」


 芦田は面倒くさそうにそう言うが、食堂で見せていたときほど敵意を剥き出しにしているわけではなさそうだ。

 コイツ、なんだかんだでこの前のことにしっかり恩義を感じてやがるな。

 見た目はもう完全にヤンキーだが、柳川に対する謎の面倒見の良さといい、実はそこまで悪いやつではないのかもしれない。

 ともあれ、それならそれで好都合だ。


「頼みたいことがある」


 どのみち断られようが言うことを聞かせるつもりではあったが、芦田がもし本当に俺に恩義を感じてくれているなら、幾分かこれからの計画を遂行しやすくなる。


「俺はテメェのコマじゃねぇぞ……」


 芦田はうんざりと肩をすくめるが、その目は『さっさと続きを話せ』と言っている。

 そうこなくては。話の分かる男は好きだぜ。


「3-3にいる富川という男と話がしたい。放課後、俺の代わりに呼び出しに行ってくれ」

「はぁ? なんで俺が……」


 芦田の目は『自分で行けばいいだろ』と告げている。

 いちいち目で語る男だな。まあ、聞けよ。


「おまえ、仮に初対面だとして、俺が急にツラを貸せと言って相手にするか?」

「……しねぇな」


 そうだろうよ。


「けど、おまえなら違う。二年生も三年生もヤンチャやってるやつはみんなおまえにビビってるらしいからな。おまえが呼び出せば、少なくとも俺がやるよりは相手をしてくれる可能性がある」

「その富川ってやつになにをする気だ?」

「知りたいか?」


 芦田の質問に俺が問い返すと、芦田は肩をすくめて首を振った。


「どうせ碌でもねぇことだろ」


 よく分かってるじゃないか。

 お前とは良い友達になれそうな気がするよ。


「勘弁してくれ……」


 芦田は重いため息をつくが、俺はそんな芦田の肩に自分の肩をぶつけながら思わず悪い笑みを浮かべてしまった。

 コイツは話の分かる男だ。物事を善悪で判断しない。自分の行動規範と損得だけで物事を考えられる男だ。

 そして、俺にないものもある。

 いるだけで周りを威圧できる雰囲気と、良くも悪くも悪名高い中学時代の逸話——これらは今後、俺が学祭生活で今回のようなトラブルに立ち会う際に大いに役に立つ。


「くそ、面倒なやつに借りを作っちまったな……」


 芦田が疲れたように食堂のほうへと歩き出した。

 まあそう言うな。今後とも仲良くしようぜ。

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