第三五話 格の違い

 それから俺たちはゲーセンの外に出ると、すぐ近くの自販機とベンチの並んだ休憩エリアで各々に写真を撮り合った。

 ハルナちゃんもサキちゃんも雑誌に載っていたときと比べると服装も化粧も決して気合の入ったものではなかったが、その分、表情やポーズなどは溌剌として見えた。

 最終的には何故か俺もその輪に入ることになってしまい、有紗が何処からともなく取り出した自撮り棒を使って七人全員での写真を撮ることになってしまった。


「そういえば、キミたち二人って、ひょっとして前の公開撮影のときに来てた?」


 写真撮影が終わったあと、思い出したようにサキちゃんが言った。


「覚えててくれたの!? 嬉しい!」


 深雪は素直に喜んでいるようだ。


「カップルでチェキ撮りにくる子って珍しかったからさ。それに、カレ、ちょっとわたしのピに雰囲気似てるんだよね」


 サキちゃんがじっと俺の顔を見つめてくる。

 というか、マジで美人だな。

 こんな美人と釣り合う男とか、どんなハイスペックなんだ。

 俺と雰囲気が似てるってことは、中身はともかく見た目は地味とかなんだろうか。


「サキちゃんの彼氏じゃないし」


 何故かハルナちゃんが半眼でサキちゃんを睨んでいる。

 なんだなんだ? 俺は別に関係ない――よな?


「そうだ! 二人とも、できたらでいいんだけど、レックスとインストでそれぞれカスミちゃんにメンション飛ばしといてもらうことってできるかなぁ?」


 深雪が何やら二人にお願いをしている。

 そうか。写真を撮るだけでなく、二人から香澄のアカウントにメンションを飛ばしてもらうことで繋がりを示唆することができれば、それもまた謂れのない誹謗中傷の流れを変えるきっかけになる可能性はあるな。


「いいよー! ていうか、カスミちゃんだっけ? どうせなら、カスミちゃんも読モやってみたら? そんなにキレイなら、オーデ受ければすぐに合格できると思うよ」

「え? ……ええっ!? わ、わたし……が、ですか?」


 なんか誘われておる。

 これは面白い展開になってきたかもしれないな。


「ハルナもいけると思うよね?」

「うん、カスミちゃん、キレイ。お化粧のやりかた、教えてほしい」


 ハルナちゃんも頷いている。

 というか、相変わらずロボットみたいな喋りかただな。


「あ、えと、け、化粧は繭佳が……こっちの子がやってくれてて」

「うぇあ!? ま、マユ!?」


 いきなり話を振られて、繭佳が目を白黒させた。


「えー、そうなんだ! わたしたち、読モだから化粧とかも自前でさー。今度、良かったらちゃんとしたお化粧の仕方とか教えてよ!」

「ま、マユが、サキちゃんとハルナちゃんに化粧を教えるの……!?」


 こっちも急展開だな。

 まあ、繭佳はメイクアップアーティストになりたいと言っていたわけだから、ある意味では良い経験になるのではなかろうか。


「ね、なんだかすごく良い方向に話が転がってると思わない?」


 深雪が傍らまで歩み寄ってきて、肘で俺の脇腹を小突いてきた。

 コイツ、自分の手柄だとでも言いたそうだな……。


「お礼はエッチなことで良いからね!」


 マジでずっとそればっかりじゃねえか。


「わたしも早くトイレに連れて行ってほしいのですが……」


 おまえはもう一人で行け。


「まだお昼ですし、帰ったらまたみんなでセックスをいたしましょうか」


 優那も公衆の面前でそういうことを言うな。

 というか、そもそもソレはみんなですることではないんよ……。


 ――と、頭を抱えていたら、視界の端に大きなピンク色の丸い人形を抱えてこちらの様子を伺っている男の子の姿が見えた。

 中学生くらいだろうか。こちらに声をかけようか悩んでいるようにも見える。


「あ、ゴメン。ピが来ちゃったみたいだから、そろそろ行くね!」

「サキちゃんの彼氏じゃないから」


 俺が男の子のほうに気を取られていると、女子たちは女子たちで解散の流れになっているようだった。

 サキちゃんとハルナちゃんが慌ただしく去っていき――あれ、あの男の子と合流しているみたいだな。

 どちらかの弟か? いやでも、彼氏とか言っていたような……。

 ――まあ、他人のプライベートについてアレやコレや詮索しても仕方がないか。


 俺は考えるのをやめると、自分のスマホでレックスのアプリを起動した。

 サキちゃんもハルナちゃんも、あのやりとりのすぐあとに香澄のアカウントに向けて画像つきの投稿をメンションしてくれたみたいだ。

 これで少しでも流れが変わってくれれば良いが……。


「どどど、どうする、カスミ? ほんとにモデルオーデ出ちゃう?」

「わ、わたしがモデルとか、そんな、ほ、本当に……?」


 香澄と繭佳のペアは先ほどからずっとアワアワとしている。

 このまま二人でモデル業界に進出とかなったら、それはそれで面白いかもしれない。


「あたしはセッちゃん専属でいてあげるからね!」


 ――と、深雪がこれみよがしに抱きついてきた。

 まあ、深雪の身長では一般的なモデルは難しいだろうしな。


「はぁ!? なんでそういうこと言うの!? あたしを怒らせて楽しんでる!?」


 実はちょっとそういう部分もあることは俺だけの秘密にしておこう。


     ※


 その後、レックスの香澄に対する風当たりは面白いほどに変わった。

 これまで香澄に大して攻撃的な投稿をしていたアカウントのほとんどが『こっちのほうが可愛いじゃん』『これはミスコン優勝不可避』といった感じで掌を返していた。

 もちろん、もともと高橋咲彩の熱烈なファンだった者たちはそのかぎりではないが、数としては気にするほどのものではなさそうだ。


 それに、ハルナちゃんサキちゃんとの邂逅を経てから、香澄はもうレックスでの誹謗中傷のことなど頭から消えてしまっていたのではないかと思う。

 香澄の気持ちはもうすっかり前に向いていた。

 今度はハルナちゃんやサキちゃんによって、その背中を押されたのだ。

 香澄と繭佳がこれからどういった道を歩んでいくのかはまだ分からないが、二人が新しい道へその足を踏み出しつつあることだけは確かなような気がした。


 ちなみにみんなで揃って自宅に戻ったあと、俺はしっかり搾り取られた。

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