第20話 脱出

 閉じ込められて、睡眠をとって、それからまた起きて。二人で休んでいるだけの落ち着いた時間が流れていたけど……。テーブルの照明、スマホの明かりがいきなり消えて、部屋が真っ暗になった。


「え?」


 驚く僕に、明莉の落ち着いた声が返ってきた。


「バッテリーが切れたみたいね。もう丸一日経つから」

「うーん。困ったね」

「そうね。でも、ちょっとこれだけはどうしようもない」


 そのあきらめ声の明莉の顔が見えなくなったのは、思いのほか気持ちに影響を与えたみたいで、ちょっとだけ心の中に不安が芽生える。僕は、しばらくじっと座っていたんだけど、立ち上がって手探りで明莉の近くに行って聞いてみた。


「いい、ここ?」

「…………」


 即答は返ってこなかった。


「ごめん。真っ暗闇ってちょっとやだね」

「まあ、そうね。夜の闇とか慣れているつもりだったんだけど……」

「明莉でもそうなんだ」

「ええ。隣に座ってくれていいわ」


 明莉が促してくれた通りに、隣に座る。肩や脚が触れて、身体が接したのがわかる。明莉の体温。呼吸。うん。いつもの明莉だって思えて落ち着いてくる。心の中に芽生えた不安が、消えて行く感覚がある。


 その明莉が、少しだけ身を寄せてくる感覚があった。ちょっと驚きもあったんだけど、今はそれも自然だと思える。


「近いわ」


 明莉が、僕を叱る様な声音を出してきた。


「え? でも明莉から……」

「そんなことあるわけないでしょ。あまりくっつかないで」

「酷いよ」


 僕が不平を述べると、明莉は、ふふっと吐息を漏らした。


「近いわ。昔一緒に過ごした時も、こんなに近いことなかったのに」

「そうだね。ずっと知り合いみたいな感じで、男女の友達みたいに仲が近いの、記憶にないね」

「私が拒んでいたから」

「明莉は、そういうの、嫌いだったからね」

「どうせ優也は弱気なんだから、私のことを女の子としてなんて扱えなかったでしょ」


 言いながら、明莉はもうちょっとだけ、僕に身体を寄せてきた。不安は消えたと言ったけど、なんというか、ちょっとドキドキしてきた。


 怖さは完全に消えていた。暗闇が生み出す不安と、ナイトメアという正体不明の存在である明莉に対する恐怖は、もう僕の中にはない。明莉の声が、触感が、温度が、それを消してくれたんだと思う。


 と、そんなタイミングで目端に入った「モノ」に「え?」っと思う。微かに見えるあれは……。僕は立ち上がった。


「優也?」


 疑問の声を発した明莉を置いて、部屋の隅にまで行って確認する。間違いない。僅かな光が、壁のひび割れから部屋に入り込んでいた。


「ここ。壊れてる」


 明莉も隣に来て確認する。


「そう……ね。脆くなってたのね。ちょっと離れていて」


 言ってから、明莉は、勢いをつけて壁に足裏を叩きつけた。「バアンッ」と大きな音がして、入り込んでいた微かな光がはっきりした線になった。


 その後、二度、三度と、明莉はカッコイイ格闘家のキックで壁を蹴飛ばす。そして壁はついに崩れて、人が出入りできるだけの穴が開いたのだった。





 穴から外が見える。明るくて、もう日は昇っている。眺めながら下を見る。ちょっと、僕には飛び降りられそうにない高さだけど、でもこの部屋でじっとしているわけにもいかない。


「私には問題ない高さだけど……」


 と、明莉が僕を見る。


「私に抱き付いて」

「え?」

「だから、私にしがみついて。一緒に飛び降りるから」

「ここ、三階だよっ!」

「大丈夫。ナイトメアの私の能力を信じて」

「明莉だけ飛び降りて助けを呼んできてくれれば……」

「もうここまで来たら一蓮托生でしょ。男なら私にしがみつきなさい」


 有無を言わせない明莉の口調。僕は、その僕より体格が小さい明莉にしがみつき、抱えられるようにお姫様抱っこされる。


「いくわよ」

「ちょっとまだ心の準備が……」

「不要」


 言い放ってから、明莉は僕を抱えて宙に跳んだ。





 すとんと、何事もない感じで着地が決まった。十点満点。明莉が、僕を地面に下ろす。


「ナイトメアってすごいね。改めて」

「嫌な想いもいっぱいしてきたけど、役に立つこともあるのね」

「いやホント、すごいね。カッコいいって思った」

「そう? こんな私、怖くない?」

「え? なんで?」


 明莉の質問に素直な疑問をぶつけた僕を、明莉はじっと見つめた後、短く返してきた。


「ありがと」


 柔らかく、事変以前の様に笑う。と、その明莉が何かに気づいたという様子。耳に手を当てて遠くを聞いているふう。何か聞こえているのだろうか。


 そんな僕にも音が聞こえた。かなり遠くの、でもたぶん学園内から、ぱんっ、ぱんっ、という乾いた音が連続して耳に届く。


「銃声……?」


 明莉が短くつぶやき、その銃声? っぽい音は続いている。


「どうしようか?」


 僕が問いかけると、明莉はこちらを見て迷うような表情を浮かべた。僕は、その明莉を促す。


「行ってみよう。危険かもしれないけど、もう僕らは一蓮托生だから」


 明莉と顔を合わせうなずく。そして僕らは駆け出した。

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