第18話 謀反
誰もいない厚生棟二階。カフェテリアでアイスコーヒーを飲みながら、小宮サーヤは窓から夜明けの空を見ていた。
さらにもう一口、厨房から勝手に持ってきたグラスを口に含んで、どうしても熱くなってしまう身体と心を冷やす。
意気と興奮と、それから恐怖と。そんなものに駆られながら、落ち着け落ち着けと夜通し自分に言い聞かせてきた。
私は、実は逆境に弱い。学園の平穏な日々では自他ともに認める軽いギャルで、理性じゃなくて気分で動くと思われがちなんだけど、何も考えてないわけじゃない。けっこう慎重で、臆病で、そして追い詰められるのが苦手。
でも……。今回の事態は前からわかってたことで、その為の対策というか回避方法は考えていて、ずっと前から動いてきた。その延長線上にこれからのことがあるだけだ。
さらにごくりと冷たい液体を喉に入れる。グラスは空になった。
昔の事を思い出していた。
たった三年前の話なんだけど、遥か遠い昔の事に思える。
サーヤは目をつむり、自由で楽しくてそれでいて危うかった懐かしい過去に想いを馳せた。
◇◇◇◇◇◇
十三才のとき。本来ならJCの年なんだけど、ナイトメアで戸籍も住民票もない私は、学校には行かずにダークワールドの高級会員制クラブで働いていた。
ダークワールドというのは、ナイトメアと裏社会の人間たちが作り上げていた経済社会の総体名称だ。酒やドラッグに売春、人身売買から臓器密売まで。ありとあらゆる脱法行為が秘密裏に行われている無法地帯の総称でもあった。
上は上場企業のCEOから下はホームレスの転売ヤーまで。地位を得たものが自分の欲望を満たすため、あるいは社会からあぶれた者がその日の食い扶持を得る為に闇の中を徘徊して……。
こんなことを言うと、まとめて政府に綱紀粛正されそうな感じなんだけど、そこは水清ければ魚棲まず。ダークワールドはクモの巣の様に裏社会に巣くっていて全貌は見えないし、議員にも多額の献金が行われているので、警察が本腰を入れて動くことはなかった。
ちなみに、私の勤めていたクラブのガールはみんなナイトメア。それが売りであり、人間ではなくナイトメアを好む地位の高い好事家が客のほぼ全員だった。
密かにやってくるナイトメアフィリアの企業CEOや政府高官に、まだJCほどの私は引っ張りだこで、若干十三才ながらも店のナンバーワンだった。
大金を積まれ、あるいは便宜を図ってもらうために、場合によっては身体の関係も持った。でも、それほど嫌じゃなかった。苦しいとも思わなかった。
嘘と暴力にまみれた弱肉強食の世界だけど、でも自由があったからで、それがダークワールドを生き抜く術だとわかっていたから秘密はちゃんと厳守した。そんなとき、店の店長がエデンに目を付けられた。
エデンは、表向きはナイトメア同士で助け合う互助会みたいな保護団体。でもその本質はカルトやマフィアと違いはないってみんな知っていて、言葉にも出さないし触れないし逆らわないしで、ようは陰謀論的なうさん臭い話になっちゃうんだけど、闇の組織なんだって知っていた。
店長が、朝になって閉めた店で、一人椅子に座ってぽつりとつぶやいたのが印象に残っている。
「俺もこの店ももう……。どこかに逃げるしか……」
それを見て、込み上げてくるものがあった。
店長には恩義があった。感謝があった。両親に捨てられたナイトメアの私を、半グレなんだけどでもまだ若い人間なのに拾ってくれて育ててくれた感謝があった。だから……。
「だいじょぶだよ! 私がなんとかするって! 私、すごく若くて美少女だから人気あるし! 私がエデンに入るって! そうすれば向こうさんだって黙るっしょ!」
そう言って、店長を力付けた。
エデンに入ったらどうなるか、どう扱われるかわからない。売られるのか、奴隷にされるのか。先が見えない怖さはあったけど、でも私は店長を見捨てることが出来なかった。その結果私はエデンに加入し、訓練されパルチザンの尖兵としてこの学園に潜入して、一般JKとして生活することになった。
一般の学生。表向きとはいえJK。そんな学園生活を一時は楽しんだんだけど、でも徐々に不満が募っていった。大人に媚びを売ったり、望まないウリをする必要はなくなったんだけど、なんというか籠の中の鳥っていうか、決められたことを決められたとおりにするだけの自由のない存在。
そう。自由じゃなかったんだって、その自由を失ってから初めてそれが自分にとってどれほど大切なモノか気づいた。
だから、政府の手下の神楽蒼樹に近づいて、いつかくる時の為に準備して計画を立てて、そして今日。そこまで思い起こしてから、目を開いた。
◇◇◇◇◇◇
サーヤは、窓から外を見る。空は白んで、朝の陽光が差し込んでいる。ふうと、大きく吐息して心を整えた。
さて、時間だ。行動に移すのに恐怖はあるけど、事前に決めている事で、私自身の為に必要なことだ。危ない橋だけど、渡るしかない。
横の席に置いてあったショットガンを手に取り、ガチャリと弾倉を開け中を確認する。それからリロード用のシェルホルダーを腰に巻き、「よしっ!」と気合を入れる。
立ち上がって、カフェテリアを出て階段を降り厚生棟を出る。まずは、第二校舎の一階から。私は、状況を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます