第12話 青葉祭一日目 ①

 俺、渡里 悠哉は考える。

 過去とは切り離すべきものであり、そこに縋っても何もいいことはないのだと。

 この世には懐古厨なる言葉が存在するが、彼らはいつも忌み嫌われてきた。現在から目を背け、自らの生きてきた過去が最も良い時代だと考えているからだ。「昔はよかった」などと事あるごとに彼らは口にするが、その時代を生きていなかった俺たちにとっては心底どうでもいいことであり無関係なのである。

 にもかかわらず、彼らはかつての時代のすばらしさを高らかに誇り昔を懐かしむ。あるいは現実逃避のような行為なのかもしれないが、経験談からしてみると過去には何一つとしていい思い出などはなく、ただ新たな学びを得るための失敗例としてしかとらえられていない。

 そうしてそこから何か学びを得ようにも、自分の黒歴史や恥ずかしい失敗と向き合うことになり目も当てられない。そんなものは二度と掘り起こすことなく静かに忘れ去られ、ふとした瞬間にちらついては自戒の念に駆られる、というような立ち位置が適任なのである。

 よって、過去は切り捨てるべきである。

 Q.E.D


 それはそれとして、俺は今、どうしようもなく過去と向き合わなくてはいけない状況に立たされていた。

 なぜこんなことになったのか、などときかれても俺自身さっぱりわかっておらず、何か対策ができたか、と問いかけてみても、その手段は全くなかったといって差し支えないだろう。

 それほどにイレギュラーで、不可解な状況なのだった。


 ことの発端は文化祭当日の朝、すなわち今日の朝までさかのぼる。

 兼ねてからの準備を無事にすべて終了させ、文化祭本番への確かな胸の高鳴りとともに眠りについた昨夜の興奮を引きずるようにして迎えた本番。

 俺はこれまでの準備期間の苦労や失敗を思い返しながらもそれを良い思い出として胸の内に保管しようとしていた。

 いろいろなトラブルはあったものの、目立った問題もなく当日を迎えられた、そのことに少なからず自信を持っているようだった。以前であればその感情もつまらないと切り捨てていたのだろうけれど、人並みに青春を謳歌できていることになんだか自身の成長を感じ誇らしくなった。

 なんだか今日はいい日になりそうだな。早くも浮足立つ空気に包まれ始めた生徒たちを、実行委員として一足先に集まっていた俺は教室から校門の様子を見下ろしてそんなことを思った。

 「おはようございます、ゆーや先輩」

 いつもの甘ったるさに二割程度の眠気を混ぜながら、蒲谷が声をかけてきた。いつもからは想像もできないような大きな口を開けて、隠そうともせずに欠伸をする蒲谷は、しかしいつものように緩く巻いたツインテールを揺らしていた。

 「おう、おはよう」

 先日の一件で勝手に蒲谷に対して一抹の気まずさを抱いていた俺は、声をかけてきた蒲谷とろくに目も合わせずにそう返した。

 蒲谷はそんな様子に気が付かなかったのか、それとも気が付いたうえで眠気のほうが勝ったのかは定かではないが、俺の返事を聞くなり何も言わずに席に着いた。

 そんな蒲谷を見て俺の隣に音もなくたった美鈴が口を開いた。

 「まったく。どうしてあの子はああもだらしないのかしら。私を見習ってほしいものだわ、本当に」

 なぜか口調まで引っ張られてお嬢様のようになっている美鈴は放っておくとして、蒲谷があそこまで寝不足を隠せずにいる原因に俺は心当たりがあった。

 そう、昨日は楽しみで寝られなかったのである。

 いやいや、高校生になってまで遠足が楽しみな小学生みたいな現象にさいなまれるか?と思うかもしれないが、この説の信ぴょう性は意外にも高い。ソースは俺だ。かくいう俺も、昨日は文化祭のことが気になって遅くまで眠りにつくことができなかったのだ。

 「ま、美鈴にはわからんさ。あと寝癖ついてるぞ」

 俺はそれだけを言い残し指定された席に着いた。

 そんな俺の後をついてきた美鈴は席に着くなり手鏡を取り出してすました顔で寝癖を整えていた。

 誰だって、何歳になっても楽しみなことが翌日にあれば眠れないものなのだ。

 俺がそんなことを考えていると、教室の前方の扉が勢いよく開かれた。そしてそこから生徒会長である湖崎と副会長である岸見が入ってきた。すらりとしたロングヘアを寸分も乱すことなく流麗な入場を決めた彼女に思わず感嘆の息が漏れた。

なるほど、生徒会長レベルにもなるとやはり髪型にも気を遣うらしい。少し遅れて入ってきた岸見も同様で、ゆるふわとした栗色の髪が朝日を受けて煌々と輝いていた。

そんな俺の称賛も露知らず、湖崎は教卓に立ち口を開いた。

 「本日は、待ちに待った『青葉祭』本番だ。私たちは今日のため、自身の時間を捨ててまでも準備に取り組んできた。それもすべて今日を成功で終わらすためであり、今日にミスをしてしまっては今までの時間全てが否定される。そのことを胸に刻み、最終日まで全力で成功に向けて取り組むように。私からは以上だ」

 決して声が大きかったわけでもないし彼女の声が特別通りやすかったわけでもない。にもかかわらず彼女の言葉は俺の心に重くのししかかり、彼女が責任者としてどのような覚悟でここに立っているのかを再認識させられた。

 それは俺だけではなかったようで、さっきほどまでは眠そうに目をこすっていた生徒たちも、今では卒業式ぶりの背筋を見せていた。

 そんな空気を感じ取ったのか、岸見がひょっこりと顔をのぞかせる。

 「今の言葉を翻訳すると、『私も寝不足で辛いけど頑張ろう!』ってところですね」

 その言葉を聞くなり湖崎は顔を赤く染め始めたので恐らく正確な翻訳だったのだろう。そんな様子を見て思わず吹き出してしまうと、湖崎は「そこ、笑うな!」と指をさしてきたが、その行動がより笑いを生んだようだった。

 幾分か空気が和らいだのを確認すると、岸見が再度口を開く。

 「私も、だいたいは美咲ちゃんと同じ気持ちです。今日のために頑張ってきたんだから、精いっぱい楽しみましょう。何かあっても、どうせ責任を取るのは美咲ちゃんと私です」

 やれやれ、といった感じで肩を竦める彼女。「ここ、笑うところですよ」といって話を続ける。

 「一生に何度かしかない機会を、自分たちの手で運営できることを誇りに思いましょう」

 彼女がそう言ってにこりと笑うと、聴衆からは自然と拍手が漏れていた。

 そのカリスマ性と真剣さにあてられて、こちらまで特別な人間になれたような気がした。

 会長は顔の熱を冷ましてからコホン、と咳払いをすると、仕切り直しと言わんばかりに手を叩いた。

 「さて、もうそろそろ開会式が迫っている。我々も会場へ向かうとしようか」

 その言葉に俺たちは一斉に立ち上がり、体育館へと向けて歩き始めた。

 各々が自分のペースでそこへ向かう中、いきなり背後から勢いよく飛びつかれた。

 そんなことをするやつは一人しか思い当たらないので俺は振り向くこともなくそいつに声をかける。

 「なんだよ蒲谷。朝からテンション高いじゃねーか」

 「私はいつも通りですよ?先輩こそワクワクしちゃってるんじゃないですか?」

 人の心を見透かしたようにニヤニヤと笑うこいつを前にして、俺は何も言うことができなくなってしまった。

 「そんなことより!先輩にお礼を言いたいって子がいまして......!」

 俺の心が読まれたことを「そんなこと」として片付けられたことに少々の不満はあるものの、自分に礼を言いたいなんて人間がいるとは思えず首を捻っていたのだが、このままでは答えが出ることはないだろうと察した蒲谷がため息をつく。

 少し頬を膨らましながら

 「ゆーや先輩、そうやって他人に恩を貸してなんでもないような顔するのやめた方がいいと思いますよ」

 なんて言ってきた。

 誰かの助けになって驕り高ぶらないことは美徳なのではないか?とは思いつつも、意識的にそうして振舞っているわけではないので返す言葉が見つからない。

 「別にそういうつもりはないんだが。それで、なんの礼?」

 俺がそう聞くと、蒲谷の背後から何やら見覚えのある小動物のような子が顔を出した。

 どこかで見たような......とは思うものの、具体的にどこで会って何をしたのかも思い出せないので本当に大したことではないのだろう。

 「この前はありがとうございました!平良先輩の相談乗ってもらって......!」

 そこまで言われてようやく思い出した。

 たしかあの爽やかイケメンと仲良くなりたいとかいうマネージャーの子だ。

 「あー、あの時の!ごめんね先帰っちゃって。あの後どうなったの?」

 「えと、特に問題はなく」

 照れたように下を向き、もじもじとしながらそう答える。

その反応を見る限りはなにか進展があったのだろうと思いなんだか嬉しくなった。

 「そっか、よかった。力になれることは少ないけど、また何かあったら言ってね」

 俺がそういうと、彼女は目を輝かせながら勢いよく頷いた。

 そんな小豆嶋の横で、蒲谷が不服そうな目でこちらを見ていた。

 俺はその目に気がつくと少しの罪悪感を覚えながらもジト目で対抗する。

 「なんだよ......」

 「ゆーや先輩、そうやって人によって態度変えるのよくないと思います」

 またもツインテールを揺らしながらプンスカと怒る蒲谷。

 「変えてねーよ!ふつーだよこれが!」

 「ほらー!やっぱり違うじゃん!あかねちゃんには怒鳴ったりしないじゃん!」

 そこかよ!?絶対気にするところじゃないだろそこ!

 「それはほら、経験値的なもんだろ!ほぼ初対面なんだから猫くらい被るっつーの!」

 その後もギャーギャーと言い合い、美鈴に冷めた目で見られながら、小豆嶋にケラケラと笑われながら、解れきった緊張感とともに俺たちは最後の仕事の一部へと足を踏み入れるのだった。

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